こんにちは!石原勇太郎です。
この連載も、ついに最終回となりました。
これまで7回かけて「曲目解説」について、皆さんと一緒に考えてきました。
そんな中で、執筆している私自身も、「曲目解説」の難しさ、
そして素晴らしさを改めて感じてきました。
それを踏まえて、最後に皆さんと一緒に改めて「曲目解説」とは何か、
そして、「演奏の引き立て役」となる「曲目解説」はどのようなものかを考えてゆきたいと思います。
最終回:曲目解説再考
これまでの連載の中で、何度も曲目解説の役割について考えてきたので、
皆さん自身、「曲目解説とはこういうものだ」という考えが出来てきたのではないでしょうか。
自分なりの曲目解説に対する考え方を持つことは、
自分なりの曲目解説の書き方へと続く第一歩となる、とても大切なことです。
しかし、それは同時に、いわゆる「曲目解説とはこうであるべき!」というような、
固定観念を生み出してしまう危険性も持ち合わせています。
ここでは、もう一度頭を柔らかくして、曲目解説の様々な可能性を見てみることにしましょう。
- 曲目解説の可能性
曲目解説は、演奏する曲の歴史や、曲の進行を説明するだけではないことは、
このコラムを読んできてくださった皆さんは、十分にお分かりかと思います。
曲目解説には、本当に様々な可能性がありますが、
ここでは以下の3つの可能性について考えてみましょう。
・聴き手へのヒント
・作品をより深く理解する助け
・演奏の引き立て役
まず「聴き手へのヒント」として機能する曲目解説についてです。
熱心な吹奏楽ファンやクラシック音楽ファンであれば、
演奏会に来る前に、当日演奏される曲をCDなどであらかじめ聴いているかもしれません。
しかし、特に中学や高校の吹奏楽部による演奏会にいらっしゃるお客様は、
曲を予習してくる方は、どちらかと言えば少ないように思います。
(それは、部員の保護者や友人が多いためです)
そのように、当日演奏する曲に詳しくない方も想定して書かれた曲目解説があれば、
全てのお客様が、演奏を楽しめる状況に一歩近づくことができますよね。
内容や背景を全くしらない曲を聴くというのは、意外と恐ろしいものです。
見たこともないような記号の並ぶ数学の問題や、複雑な漢字が連なる漢文、
あまりにも文字数の多い長大な英文など、初めて見た時はどこか恐ろしさを感じる気がしませんか?
しかし、公式の使い方や、漢文のルール、英単語の意味など、少しでもヒントがあるだけで、
気持ちが楽になるばかりか、場合によってはその問題を解くことができるかもしれません。
曲目解説には、そういう役割を担わせることもできます。
難解な曲や、長い曲、初めて聴く人にはイメージがわきにくい曲でも、
丁寧に書かれた曲目解説ならば、それらを聴くためのヒントとなるでしょう。
「作品をより深く理解する助け」というのも、「聴き手へのヒント」と似ています。
ただ初めて聴く人のことだけを考えた曲目解説では、音楽に詳しい方を満足させることはできません。
そこで、ひとつでも、演奏する作品に対する興味深い点を曲目解説の中で取り上げてみてはどうでしょうか。
全てを難しく書く必要は全くありません。
ひとつでも、本やインターネットから集めた情報にはなかった、新しい情報(もちろん、それは実際に演奏する音楽の中に、はっきりとした証拠があるものでなくてはなりません)を入れてみましょう。
そうすることで、お客様はこれまでと違った作品の聴き方ができるようになります。
いわば、お客様の「耳を啓く」ことになります。
そして、曲目解説の最も重要な可能性が「演奏の引き立て役」になりうることです。
これまで見てきたように「演奏の引き立て役」になる曲目解説を書くのは、一筋縄ではいきません。
「演奏の引き立て役」となる曲目解説は、「聴き手へのヒント」や「作品をより深く理解する助け」のような要素を全て含んでいる必要があるのです。
それに加え、「皆さん自身の言葉」という、とても大切な素材が必要となってきます。
- 皆さん自身の言葉で…
これまでの連載を通して、私は何度も「自分自身の言葉」で曲目解説を書くことが大切だと主張してきたつもりです。
「主観的過ぎる解説は良くない」と言ってきたのとは矛盾するかもしれませんが、
演奏する曲の情報や、進行がほとんど書いておらず、ただ曲に対する熱い想いが綴られている曲目解説が、効果的な場合があります。
そのような曲目解説は、演奏に携わっている皆さんにしか書くことのできないものだからです。
しかし、勘違いしてほしくないことは、そのような曲目解説を書く場合も、
これまで見てきたように、情報をしっかりと集め、演奏する曲と真摯に向き合わなくてはなりません。
そのような、揺らぐことのない基礎の上で、曲に対する想いを綴ったとき、初めてお客様にその想いが感動として伝わります。
どのような解説を書くにしろ「皆さん自身の言葉」を大切にしてください。
かっこいい文章を書く人や、わかりやすい文章を書く人が、世の中にはたくさんいます。
そういう人たちに憧れを抱いて、自分の文章のスタイルを寄せてゆく…
それは悪いことではありません。
そのような経験を通して、皆さん自身の言葉が生み出されてゆくのは、私にもよくわかります。
しかし、「憧れのあの人がこう書いていたから」とか、「あの小説家はこういう風に書く」というように曲目解説を書くのは避けましょう。
誰かの影響があまりにも明らかな文章は、実は読みにくいものになってしまいます。
少しおかしな文章を書いて恥をかいても、読みにくい文章を書いてしまって悔しい思いをしても問題ありません。
曲目解説を書く上で、なによりも大切なのは、皆さんが考え抜いた言葉で音楽を語ることです。
- 良い曲目解説への近道
さて、そろそろ終わりが近づいてきました。
ここで、良い曲目解説を書くための近道を紹介します。
それは音楽をたくさん聴くことです。
「全然近道じゃない!」
という声が聞こえてきそうですが…
いえいえ、これが一番近道だと、少なくとも私はそう考えています。
実際に書くことも重要ですが、「音楽を聴くこと」も大切です。
本当に良い曲目解説は、その文章の中に解説している曲と同じような流れがあります。
文章のスタイルもそうです。
「あ、この文章リードっぽい!」「これはドビュッシーの音楽のような雰囲気だな」
というように、曲目解説自体が実際の曲とリンクしているかのように思うことがあります。
そんな曲目解説を書くためには、たくさんの音楽を聴く必要があります。
そして、曲目解説を書くためには、対象となる曲が好きでなくては上手く書くことができません。
もちろん、プロの音楽評論家や音楽ライターは、あまり好きではない曲についてでも、
見事な文章で解説を書くことができるでしょう。
しかし、大切なのは、やはり曲に対する愛なのだと思います。
私自身、あまり馴染みのない曲の解説を書く場合は、原稿の締切まで何度でも繰り返し曲を聴きます。
好きな曲だからこそ、その曲の素晴らしさを、曲目解説を読んでくださる方に伝えたい。
その想いこそが、曲目解説を書く上で最も大切な要素のひとつです。
そのためには、やはり日頃から色々な音楽に親しみ、
その良さを見出していくことが大切になってきます。
1日1曲でも、自分の知らない曲を聴いてみてください。
あるいは、曲目解説を書かなくてはならない曲を、何度も聴いてみてください。
ある日突然、音楽が言葉となる日がくるはずです。
- 最後は自由に!
これまで、文章のルールや、良くない曲目解説の例などをいくつか出してきました。
それを見て、
「曲目解説ってやってはいけないことが多いなぁ…めんどうだな」
と思った方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。
しかし、最後にこれだけは言っておきたいと思います。
曲目解説に、絶対にやってはいけないことはありません!
これまでの連載を全て突き崩すような言葉ですが…
しかし、私が今まで書いてきたことは、
あくまで、皆さんの演奏の引き立て役となる「上手な曲目解説の書き方」です。
全てがルールというわけではありません。
もし、皆さんが絵を書くのが上手なのであれば、
曲目解説の中に、絵を取り入れても良いでしょう。
複雑な曲の進行を図で示すことができるのであれば、
文字ではなく、図で曲の進行を説明することも可能です。
さらに言えば、文章ではなく「トーク」で、曲目解説をするのも良いです。
(プログラムに文字で載っているのだけが「曲目解説」というわけではありません!)
皆さんが楽器を演奏する際に、色々な工夫を凝らすのと同じように、
曲目解説にも工夫を凝らしてみてください。
曲目解説も実は大変自由なものです!
形にとらわれず、皆さんの役に立つ方法で曲目解説を演奏会に取り入れてみましょう。
当初は、もう少し短い期間で連載を終わらせる予定でしたが、
書きたいことがたくさんありすぎて、8回に分けることになってしまいました。
まだまだ、曲目解説の世界は奥深いものですが、
この先は、皆さん自身の目で覗いてみてください。
この連載を読んできてくださった皆さんには、その力はすでに備わっているはずです。
皆さんが、曲目解説を書く上で困ったことがあれば、
必要に応じて、過去の記事の内容を参考にしてみてください。
皆さんが、演奏の引き立て役となる曲目解説を書くために、
この連載が役に立てたかは、私にはわかりません。
しかし、曲目解説というものが「ただのおまけ」ではないことが、
少しでも伝わっていれば嬉しいです。
そしてなにより、曲目解説を書かなくてはいけなくなった人が、
「めんどくさいものを押し付けられた」というのではなく、
「演奏を引き立てることができるかもしれないものを任された」という意識の下で、
楽しく曲目解説を書いて下さるようになれば、それ以上の喜びはありません。
毎回、文字数の多い記事を根気よく読み、最後までお付き合いしてくださった皆さま、
本当にありがとうございました。
吹奏楽の演奏会で、良い曲目解説と出会えることを、心から楽しみにしています!
それでは、またいつかお会いしましょう!
本コラムについて、ご質問やご感想等がございましたら、公式サイトのContactからお願いいたします。
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※この記事の著作権は石原勇太郎氏に帰属します。
石原 勇太郎 プロフィール
1991年生まれ、千葉県八千代市出身。12歳よりコントラバスを始める。2014年、東京音楽大学器楽専攻(コントラバス)卒業。同大音楽学課程修了。2016年、東京音楽大学大学院 修士課程音楽学研究領域修了。現在、同大大学院 博士後期課程(音楽学)在学中。平成28年度給費奨学生。専門は、A.ブルックナーを中心とするロマン派の交響曲。
2014年、《天空の旅―吹奏楽のための譚詩―》で第25回朝日作曲賞受賞。2015年度全日本吹奏楽コンクール課題曲として採用される。以降、吹奏楽を中心に作品を発表している。
これまでに、コントラバスを幕内弘司、永島義男、作曲を村田昌己、新垣隆、藤原豊、指揮を三原明人、尺八を柿堺香の各氏に師事、また大学4年次より藤田茂氏の下で音楽学の研究を進めている。日本音楽学会、千葉市音楽協会各会員。
作曲活動の他、曲目解説等の執筆、中学・高等学校の吹奏楽部指導やアマチュア・オーケストラのトレーナーを勤める等、幅広く活動している。
▼石原さんのコラム【演奏の引き立て役「曲目解説」の上手な書き方】全連載はこちらから
▼石原さんのエッセイ「Aus einem Winkel der Musikwissenschaft」これまでの記事はこちらから
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