管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラムを始めます。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて「指揮者、指導者としての心構え」「現場で使える実践的な指導法」「初心者として何からまたは何をどう取り組めばよいのかのガイド」のようなものを書いて頂けるはずです!
第1回は「学生指揮者になったあなたが最初にするべきこと」。さっそく読んでみましょう!
「学生指揮者になったあなたが最初にするべきこと」第1回・「学指揮」概論
皆さん初めまして!指揮者の岡田友弘です。僕はオーケストラや吹奏楽の指揮を仕事にしています(詳しくはネットで調べてください。自分で経歴を書くのは面映いので・・・)。
あなたの近くにいる指揮者の方は恐らく、学校の先生であるとか地域の音楽活動をされている方、もしかしたら何かの楽器の専門家の方かもしれませんね。僕はそのような方とは少し違います。「指揮者」というのがメインかつ唯一の仕事なのです。
最近はあまり聞かれることはなくなってきたのですが、よく初めてお会いする団体や保護者の方に「オカダ さんは普段はどんな仕事をされているのですか?」と聞かれます。その時に「指揮者が僕の職業です。」というと少なからず驚かれる方が多いことに僕自身がまた驚いたものでした。身近にプロの指揮者なんて普通の人だったらいないでしょうから仕方ないことですね。今ではすっかり慣れました。
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ということで、僕の普段の仕事は全国各地のオーケストラや吹奏楽団での指揮や、学校の吹奏楽部などにお伺いしての合奏の指導がメインになります。新型コロナウイルスの影響で、各種演奏会や吹奏楽コンクールなども中止になり、今年の夏は特別な夏を過ごしています。このコラムを読んでいるあなたもきっとそうですよね。
加えて合奏を指揮することの他には、指揮を学びたい学生や社会人愛好家の方のための指揮の個人レッスンやワークショップなどもしています。
そのような仕事をしていく中で、様々な「指揮者」の皆さんと出会います。それは吹奏楽部の顧問の先生であったり、学生指揮者の方であったり、一般団体の団員指揮者の方であったり・・・。皆さん情熱とやる気を持って頑張っています。音楽がとっても大好きだということが伝わってきます。
そのような方々の指揮や指導法というものは大きく分けて二つの入り口があるように思っています。
まず一つは音楽専門書などを読んで知ったことを指揮や合奏に活かす、というものです。難しい音楽の専門書を読んで一生懸命勉強してそれを自らの活動に活かしていこうと頑張っている方は非常に多いと思います。今は書物だけでなくDVDやネット動画などでもそのような「ハウツー」を学ぶことができる時代になりましたね。
そして二つ目は今まで指導を受けてきた指導者の先生(や先輩)のやり方を踏襲してそれを自分の合奏指揮でも行うというものです。
かくいう自分も約四半世紀前までは皆さんと同じ「学生指揮者」の一人でした。つまり僕は「ガクシキ経験者」というわけです。その後いろいろあって職業音楽家になりましたが、誰にでも「初心者時代」はありますから、決して現在の自分に絶望することはありません。
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「学ぶ」という言葉の語源は「まねぶ」ということですので、そのアプローチは決して誤ったものではありません。我流でやって周りに迷惑をかけるよりはマシではあると思います。しかし「それだけでは何かが足りないのではないか?」とずっと思っていました。
そして悩める指揮者の人の助けになるようなことができないだろうかと考えるようになっていたのですが、そのような時にこのコラムを書く機会をいただいたことはこのコロナ禍における「運命」のようなものだったのではないかと思っています。
思うように活動ができないこの時期だからこそ、学生指揮者の役割について理解を深め、実践につなげていけるようなお話ができたらと思っております。あっという間に終わってしまうかもしれませんし、もしかしたら壮大なお話になるかもしれません。この先どうなるか神のみぞ知るのかもしれませんが、長くお付き合いいただけたら嬉しいです。
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第一回目は「学生指揮者になったあなたが最初にするべきことは?」というテーマにしました。二回目以降はコラムを読んでくださっているあなたの知りたいことや質問に答えながら学生指揮者の役割と仕事の内容や楽譜との向き合い方、合奏全般に関するいろいろなことに広げていきたいと思っています。
初期のコラムの対象となるのは学生指揮者もしくは吹奏楽部の顧問としての「初学者」の方を想定しています。回を進めていく中でそのような初学者の方の成長とともに中級者や上級者の方々にも参考になるものをお話できたらと思っておりますので、自分が思うところの「レベル」に合わせて読んでいただけたらと思います。
ですのでどんな小さいことでも質問を下さいね!学指揮初心者の皆さんと一緒に考えながら成長していくような「道場」にできたらと思っています。指揮台に立つものは自らを見つめ、自ら考えて、自ら切り開いていかなくてはいけません。ですから受け身ではいけないのです。その訓練としてこの場を活用してほしいという考えもあります。さあ、勇気を出して前に進んでいきましょう!
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あなたはなぜ学生指揮をすることになったのでしょうか?自分の能力を最大限に評価して「自分がやるしかない!」と立候補したのでしょうか?それとも「本当はやりたくなかったのにやることになった・・・」のかもしれませんね。どちらにしてもこの役割をすることになったのですからまずは覚悟を決めて、最善を尽くすことを考えましょう。
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ヨーロッパ留学時代に指揮の先生に言われた言葉があります。それは「指揮者にはなりたい奴がなれるんじゃない、なれる奴がなるんだよ!」というもの。考えようによってはとても上から目線の自信満々な言葉にも見えますが、これは真理だと思います。
この「なれる奴」というのにはいろいろな意味があると思います。
指揮をするために情熱と愛情を持ち、勉強と研鑽を怠らない姿勢を持ち続けることができるか?ということも含まれてくるでしょうし、生まれながらにして指揮をすることに適性があるということかもしれません。
どんなに才能に溢れたギラギラのやり手であろうとも、逆にただ人のいい優しい人でもそれだけでは指揮をする立場につくことはできません。あなたには指揮台に立つべくして立つことになった「理由」があるのです。あなたはその最初の段階においての「指揮者になれる奴」なのです。
同時にこのような言葉もあります。「演奏家になれなかった奴が作曲家になり、作曲家になれなかった奴が指揮者になる。」と。「もしかしたら楽器を演奏していると邪魔になるから指揮者にしておけ」ということ・・・では決してないと思いますが・・・。
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それはともかくとして、最初にするべきこと。それは「自分の立場とその役割についての確認」です。大きく分けて二つあります。
1・学生指揮者は「エライ人」ではない。
2・学生指揮者は芸術家である前に「職人」である。
この二点です。学生指揮者に限らず「指揮者」という立場の人は上記の二点をまずは心に刻んでほしいと思います。
これを聞いて自分が抱いていたものとのギャップにショックを受けてしまった人もいるかもしれません。でもこの二点を受け入れられて初めて、結果的には良い意味で「伝説の学指揮」になることができるかもしれません。逆に言えば自然にこのことを受け入れられることができるのであれば、あなたやその周りの人の想像以上に適性があるかもしれないですね。
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学指揮として人前に立って合奏するために、必要な認識であるこの二点についてもう少し詳しく説明したいと思います。
1・学指揮は「エライ人」ではない。
これは読んで字の如くです。指揮者、特に学生指揮者は吹奏楽部員の上に立つ「リーダー」ではあるのですが、決して頂点に君臨する王様のような存在ではありません。吹奏楽部の仲間と同じ目線で、同じ立場なのです。命令して指示するのがあなたの役割ではありません。
役割としては「本番の指揮者と演奏者を繋ぐ役」であり、「演奏する部員の立場に立って問題を解決する努力をする役」なのです。
「どうしてできないのか?もっと練習してください!」というのではその役割を果たしているとはお世辞にも言えません。あなたが考え行動すべきは「できるようになるためには、どのような工夫をすればいいのか?」を考え、提案し、実践して改善することです。そして、裏方として本番の指揮者が音楽を表現しやすいように事前の準備やお膳立てをすること、現状を把握し指揮者と演奏者と共有できるように繋ぐことです。ですから音楽の知識や能力以上に、調整力や目配りが必要です。
加えて指揮者は「音を出さない音楽家」です。演奏者の力なしには何の能力も発揮できないのです。常に同じ立場で全ての部員とのコミュニケーションを保ち続けることが必要です。「あなたを信頼し任せる」と演奏者が常に思うような人間関係を築くことを忘れてはいけません。「俺が教えてやっている」とか「指導してやっている」という考えで向かい合っても、表向きは言うことを聞いて仲良くしているように見えても、きっと誰もあなたを信用はしないでしょう。
指揮者は孤独な存在です。孤高な存在でもありましょう。でもそれはもっともっと高い領域での話です。学生指揮者が「孤独」になってしまった時、そのバンドはもう機能しなくなるでしょう。僕たち指揮者は「サーカスの猛獣使い」ではありません。演奏者一人一人の個性と人格を尊重し最大限に引き出すことが一番大事なのです。
イメージとしては車などの機械の操縦やゲームのプレイヤーというよりは乗馬の騎手のような役割だと思っています。手綱を締めて鞭を打つだけでは生き物としての馬は上手に走ってくれません。馬との折り合いをつけながら馬の気持ちを感じ取りながら、手綱を締めたり緩めたりして馬と上手に対話して進んでいくような関係が理想です。
ですので信頼のおける仲間づくりを一番大事にしましょう。いろんな人とたくさん、色々な話題について話をできる関係を築けた人が、良い学指揮として仕事ができると思います。
あなたが音楽や吹奏楽を愛することと同じように、人を愛すること。愛すると言っても恋愛感情を持つということではありません。「人間愛」とでもいえばいいでしょうか。全ての人に分け隔てない心で接するようにしたいものです。シェイクスピアの劇作品中の言葉に「愛は万人に」というものがありますが、あなたも「愛は万人に」注いでください。
2・学生指揮者は芸術家である前に「職人」である。
前の項目で少し触れましたが、学生指揮者は主に「裏方」の仕事です。実際のところ僕たち職業指揮者の仕事のうち、ステージ上で華やかに喝采を浴びるような姿は氷山の一角です。楽曲の勉強、練習計画づくり、様々な事務作業、それにはみんなが嫌がる雑用も多く含まれます。
しかし、本番のステージで演奏者やお客さんを満たされた気持ちにするためにはそれらのことが必要です。学生指揮者の日々の行動や活動の内容がそれを左右するのです。自分のやりたいことだけをやって、やりたくないことやできないことをやらないのは最悪な学指揮です。
事実そのような学指揮を多く見てきました。表向きはどうにか取り繕えるのでしょうが、そのような人物が学生指揮者として偉そうにしている団体に良い団体は一つもありませんでした。
ある建物の完成図(本番の目指すもの)に基づいて図面(楽譜)を見て、整地から基礎工事を監督し、骨組みを立てて、内装と外装を仕上げていくという建物を建てるように計画し実行する現場監督、それが学生指揮者なのです。
もちろん現場の基礎工事や色々なことを実際に行うこともし、また必要なことを必要な人に仕事を振り分け、円滑に完成に「ワンチーム」で進めていくための調整役であり、潤滑油であるのです。
まさに「職人集団の中の職人の親方(現場監督)」であり「職人の中の職人」であるのです。
気分やフィーリングだけで、自分の限られた経験や知識だけで勝手に建物を組み立てたとしても、だいたいの場合はすぐに崩壊したり、欠陥の建物になるでしょう。そのようなハリボテはすぐにそのメッキが剥がれます。音楽作りも同じです。
その職人の「技」をこのコラムではこれからお伝えしていきたいと思っています。
昔から「指揮者の右手はアルチザン(職人)、左手はアーティスト」という言葉があります。指揮者は本来「職人」と「芸術家」の両面を併せ持つ存在なのです。芸術家の側面に強く惹かれますし、魔力もあります。だからこそアルチザンの面を大切にできるかできないかで、その先のゴールが大きく変わってくるのです。
このコラムを見て、このことを第一の段階で知ることができたあなたは幸運だったと、近い将来わかる日が来てくれると嬉しいです。
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ここまで、学生指揮者としての立ち位置とその役割についてお話してきました。ここまで読んでくれたあなたは学生指揮者としてあなたの所属している場所で合奏を担当する「気持ちの準備」が整いました。今まで書いてきたことを忘れずに日々の合奏や練習に臨んでくれたらきっと良い結果が得られると思います。
しかし、心構えだけでは十分ではありません。実際に学指揮の仕事をどのように行い、どのように音楽や曲の研究や準備をし、実際にどのように合奏をしていくのか?次回から一緒に学んでいきましょう。
今後の予定としては以下のような項目を予定しています。その項目以外でも僕が必要と思った項目や皆さんが知りたいと思っていることを追加することもあると思いますので、どんどんメッセージを送ってください。
1・下振りに求められる役割について(どこまでどうしたらいいのか)
2・吹奏楽のスコアの読み方(基本的なスコアの読み方と移調楽器などの読み方など)
3・自分が演奏したことのない楽器について理解を深める方法
4・合奏中に何を聴くか(そもそも何をしたいのかの設計図の書き方から聴き分けの仕方まで)
5・合奏の計画の立て方と実際の合奏の進め方
6・部員(奏者)が反応できるような指示の出し方・伝え方
などです。順番が前後する可能性もありますし、複数の項目を統合してお話しすることもあるかもしれませんが、基本的なことから始めていき、徐々に応用的な実践的な分野にも広げていけたらと思います。個別の相談にもできる限りお答えしたいと思います。
コラムと並行してオンライン、オフラインでのワークショップや研究会でコラムの内容をより実際的に深く学ぶことができ、また情報の交換もできるような企画も予定しておりますので、今後のご案内も注目していただけたらと思います。
また実際に出張レッスンや客演指揮などのご依頼もお待ちしておりますので僕のWEBサイトや各種SNS等をご活用いただきアクセスをお待ちしております。これからのあなたの音楽活動、部活動が充実したものになりますように僕もできる限りのお手伝いをしたいと思います。あなたの良さを失うことなく、微笑みを忘れずに楽しみながら勉強していきましょう。
The Sky is the Limit!(可能性は無限大)
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けた第1回のコラムでした。
どれだけ演奏経験が豊富で知識があっても学生指揮者になってから何をすべきか?ということについてはわからないことも多いかと思います。ぜひこのコラム連載から何か得て頂ければ幸いです。
それでは次回をお楽しみに!
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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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