管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
シーズン2はよりわかりやすくするため、「オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ」と題した対話形式となっています。
今回は第3回。
前回に続き、「動機」についてより深く掘り下げていきます。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(39)
「ガクシキ(学指揮)」のための「ガクシキ(楽式)」論(4)
『オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ』(第3講)
ここは東京郊外、自然豊かな丘陵にある私立総合大学。その一角にあるオカヤン先生の研究室では、オカヤン先生と2人の学生によるゼミ形式の講座が開かれている。学指揮に必要な音楽のことを中心に学んでいくのが、この研究室の目的である。
【登場人物紹介】
・オカヤン先生(男性)・・・このラボ(研究室)の教授。プロの指揮者としてオーケストラや吹奏楽の指揮をしながら、悩める学生指揮者のためのゼミを開講している。
・野々花(ののか・女性)・・大学3年生(文学部)。大学吹奏楽部で学生指揮を担当している。作曲などにも関心を持っていて、音楽理論にも詳しい。音楽への情熱も人一倍強い。音楽に没頭するあまり、周りが見えなくなることも。彼女の所属している吹奏楽部は通常、4年生が正学生指揮を務めるが、ひとつ上の学生指揮者の先輩が退部したため、3年生から正学生指揮者を務めている。担当楽器は打楽器だが、必要に応じてピアノも担当する。部員には知られていないのだが、実はハープを演奏できる。
・隆(たかし・男性)・・・大学2年生(法学部)。野々花の後輩で、大学吹奏楽部では副学生指揮者として野々花と協力しながら活動している。音楽がとにかく大好きで、指揮することの魅力に取り憑かれている。野々花ほど音楽に詳しくはないが、人望が厚くみんなから慕われている。若い頃はサッカーを本格的にやっていたようなスポーツマンでもある。担当楽器は大柄な体格であることと、実は幼少期にヴァイオリンを習っていたという理由だけで、同じ弦楽器であるコントラバスを担当している。
彼らが所属している吹奏楽部は、演奏会やコンクールといった本番も学生が指揮を担当しており、オカヤン先生は直接彼らの吹奏楽部の活動には関わっていない。学生指揮者としての音楽作りや指揮法などについてのレッスンを受けようと、専門家であるオカヤン先生が開講するラボに参加することにした。
本日のテーマ=「動機」にはたくさんの種類がある!
オカヤン:さぁ、今日もゼミを始めていくことにしよう。
2人:よろしくお願いします!
オカヤン:季節も秋めいてきたね!2人の部活動、現在はどのような活動をしているのかな?
野々花:現在はなかなか活動ができない状況が続いていますが、年末の定期演奏会やアンサンブルコンテストのための練習をしています。
オカヤン:僕はプロの団体もアマチュアの団体も区別なく、定期演奏会というものが、その団体の活動の中で最も「自分たちのこと」を知ってもらうために重要な演奏会だと思っているよ。選曲や演出など全てのことがその団体の「キャラクター」を表すものになってくるからね。
コンクールのように少ない曲を長い時間をかけて練習するのとは違い、たくさんの曲を指揮しなくてはいけないのは大変なことだけど、その中から多くのことが発見できるはずだよ。音楽的にも成長できるから、丁寧に合奏を続けていく姿勢が指揮者には必要だね。そのための「基礎力」をこのラボで学んでいこう。
野々花:はい。今年の活動の集大成として、たくさんのお客様に喜んでいただけるものにしたいと思っています!
オカヤン:これは僕の専門外のことではあるけど、演奏会を成功させるには演奏の質を上げるだけではなく、集客のための工夫も大事だよね。演奏会の広報を例にとってみても、その方法や媒体もたくさんある。そのことについても意識しながら演奏会に向かっていって欲しいな。満席のお客さんで埋まったホールで指揮台に立った時に見える景色は格別だよ!そのための情報収集もしていくといいね!
隆:僕はこの定期演奏会が指揮者としてのデビューなので、そのような景色があるのかと思うとワクワクしてきました!
オカヤン:隆くんのデビューが素晴らしいものになるように、僕もしっかりサポートしていきたいと思っているよ。今日も一緒に学んでいこう!
隆:はい!先生、今日のテーマは何でしょうか?
オカヤン:お、隆くんの「やる気の導火線」に火がついたようだね!今回は、前回学んだ「動機」についてもう少し深く掘り下げていくよ。実は「動機」と言っても、それは様々な「種類」があるんだよ。
野々花:そうなんですね!2音以上の音で作られる「音楽として聞こえる最小単位」のものだと思っていました。
オカヤン:基本的にはそういうことだけど、それが実は「メロディー」だけに限ったことではないということを知っていくことにしよう。
(オカヤン先生、ホワイトボードに楽譜を書く)
オカヤン:野々花ちゃん、この楽譜に書かれているものは「動機」かな?
野々花:複数の音が並んでいますが、音の長さも4分音符だけだし、音の高さも同じ「C」ですので、「音楽」として感じるのが少し難しいです・・・。
オカヤン:そうだね。確かに同じ4分音符の連続はそこに一定の法則は感じるけど、音楽として魅力を感じるものではないね。では、これはどうだろう?
野々花:これだと「タン・タ・タ・タン・タン」というリズムが感じられます!
オカヤン;このように音符が分割されたりしてリズムが変わると、それがとても「特徴的」にものになるよね?このようにして音価(音の長さ)を変えることによって生まれる「リズム動機」というものが、動機としては最も原始的なものといえるね。そのような動機を使用している楽曲で最も有名なのはこの曲だよ。
ベートーヴェン「交響曲第7番」(ブライトコップフ&ヘルテル社版)より引用
これはベートーヴェンの《交響曲第7番》の第2楽章の冒頭部分だよ。リズムを変化させた同音の動機があるのがわかるね。実際の曲ではこのように使用されているんだよ。この第2楽章は「緩徐楽章(かんじょ・がくしょう)」と言って、交響曲などでは主に「中間楽章」と言われるものだ。1楽章と最終楽章に挟まれて配置される楽章に用いられる「テンポが比較的ゆっくりしている」楽章にあたるんだよ。
野々花:この楽章は聴いたことがありますが、悲しい感じの楽章だな・・・という印象しかありませんでしたが、動機に着目すると一層魅力的に感じます。
オカヤン:まさにその通り。この交響曲は「舞踏の神格化」とよばれる作品で、全曲を通じて「リズム」の印象的な動機が曲を構成しているんだ。この言葉を残したのは、ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーだよ。ワーグナーは「楽劇」などの舞台総合芸術の分野に大きな足跡を残した作曲家だ。
次にこの楽譜を見てみよう。
ベートーヴェン「交響曲第7番」(ブライトコップフ&ヘルテル社版)より引用
これは同じ交響曲第7番の第1楽章の主題部分なんだけど、特徴のある「ターンタタン」というリズムが動機となっていて、そのリズムが楽章全体を支配しているんだよ。
では、今度はこの楽譜を見てみよう。
マーラー「交響曲第1番」(ユニヴァーサル社版)」より引用
これはマーラーという作曲家の《交響曲第1番》の第1楽章冒頭部分だよ。のちに「巨人」というタイトルが付けられた作品だ。この赤く囲った部分に4度の音程があるけど、この曲ではこの4度の音程がとても重要な動機となっていて、曲中の色々な部分に登場するんだ。このように「2音の音程の隔たり」が大切な動機となっている曲もたくさんある。
ちなみにこの4度音程を、マーラーは「カッコウの鳴き声」の描写としても使用しているんだけど、マーラー以前の作品でカッコウの鳴き声を描写するときは「3度」の音程で描かれることが多く、有名な作品では、ベートーヴェンの《田園》という6番目の交響曲にカッコウの鳴き声が3度で登場するよ。スコア上ではクラリネットがその鳴き声を担当している。
ベートーヴェン「交響曲第6番」(ブライトコップフ&ヘルテル社版)より引用
隆:本当だ!カッコウの鳴き声が3度に!
オカヤン:このように「リズム」と「音程」の要素が大事な動機になっているものを紹介してきたけど、ほとんどの作品はそれが両方含まれたものが「動機」として登場するんだよ。その中で特に有名なものを紹介しよう。
ベートーヴェン「交響曲第5番」(ブライトコップフ&ヘルテル社版)より引用
これはベートーヴェンの《運命》。ベートーヴェンの5番目の交響曲だよ。もちろん聴いたことはあるよね?この曲はさっき登場した《田園》と同時期に作曲された双子のような交響曲なんだ。この2曲は対照的な雰囲気を持つ交響曲になっている。
隆:「ジャジャジャジャーン!」ですね!
オカヤン:そうだね!(笑)この「ジャジャジャジャーン」という冒頭の動機は1楽章だけでも200回以上登場するんだ!それが積み重なって一つの大きな作品を作っている。小さな動機が積み重なり大きな作品になっている代表的な名曲だよ。そしてこの動機は全曲にわたって形を変化させながら登場し、全体的な統一感を出すことに成功している。動機が音楽を形作っていることを理解するのにとても良い作品となっているんだよ。
それではもう1曲、特徴的な動機を持つ曲を紹介しょう。
フランク「交響曲二短調」(ハメル社版)より引用
これは、ベルギーで生まれ、フランスで活躍した作曲家、セザール・フランクの「交響曲ニ短調」の冒頭部分だよ。この低音弦楽器に登場する動機は全曲を通じて、この曲の随所に登場するんだ。それがそのまま登場したり、形を少し変えて登場したりするんだよ。このように共通の主題が全体に登場するような形式を「循環形式」というのだけど、それはまた別の機会に詳しく話せたらと考えている。
この動機は、フランクの作品だけではなく、他の作曲家のいくつかの作品にも使われる動機なんだ。ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲や、リストの交響詩《前奏曲(レ・プレリュード)》にも登場する。実はこの曲にはドイツ語の言葉が当てはめられるんだよ。
野々花:それはどんな言葉なのでしょうか?
オカヤン:そのドイツ語は・・・”Es muss sein“というドイツ語で、そのまま訳すと「そうでなければならない」という意味になる。そして文末に疑問符をつけると「そうでならなければならないのか?」という意味になるんだよ。この動機に関しては音程が下がってからまた上がっているけど、上がることにより「疑問文」のような語感になる。音楽を言葉として捉えると、これは「そうでなければならないのか?」という問いかけのように見える。
隆:なんとも「意味深」な言葉ですね・・・
オカヤン:この言葉はベートーヴェンの手書きの楽譜に書かれているもので、ベートーヴェンがどのような思いを込めてこの言葉を楽譜に書いたのか、それには諸説あるんだけど、とても哲学的な言葉にも思えるし、ベートーヴェンの創作の苦悩を見るようでもあるよね。
この「そうでなくてはいけないのか?」という問いを冒頭の動機に使うことにより、その先の音楽の展開が曲の最終部分に至った時に「そうでなくてはいけないのだ!」という確信に変わっていくドラマを表現することができるという効果も感じられるね。
この「そうでなくてはならないのか?」「そうでなくてはならないのだ!」という「問と答え」は、僕たちが音楽に取り組んでいくときに、とても大事になってくる姿勢なのではないかと強く思っているよ。楽譜の「譜読み」や「楽曲分析(アナリーゼ)」は、全てがその「問い」に自分なりの「答え」を出していくことなのかもしれないね。
野々花:はい!音楽に取り組む大切な姿勢として、胸に刻んでいきたいです!
オカヤン:動機を形成する要素として、もう一つ大切なものがあるんだよ。それは「和音」や「和音進行」に重きが置かれた動機だ。このような例があるよ。
ブラームス「交響曲第3番」(ブライトコップフ&ヘルテル社版)より引用
これはドイツの作曲家ブラームスの《交響曲第3番》の第1楽章冒頭部分だ。この1~3小節目のハーモニー(F~Ab~F)が全曲を支配する大切な動機となっている。この和音の動機のことをブラームスは「モットー」という言葉で説明している。その「モットー」を日本語にすると「基準」「規範」「理念」という意味に置き換えられる。つまり「モットー」とは、作品全体の「基準となるもの」「理念のようなもの」を示しているんだよ!
この「F~Ab~F」という音もドイツ語の”Frei aber froh”という言葉の各単語の頭文字を暗示していると言われているんだ。意味は「自由だが喜ばしく」という意味になるんだよ。音楽を演奏する際も「自由に喜ばしい」気持ちを大事にしたいね!
隆:もっと喜ばしく、自由に音楽を表現するためにも、それに必要な音楽の知識を深めていきたいです!
オカヤン:それでは今日の講義の最後に、この楽譜を見てほしい。
ブラームス「交響曲第1番」(ブライトコップフ&ヘルテル社版)より引用
これはブラームスの《交響曲第1番》の冒頭部分だ。野々花ちゃん、ティンパニはこの部分でどんなことをしている?
野々花:ずっと4分音符で「C(ド)」の音を叩いています。
オカヤン:そうだね!今日の講義の最初に示した譜例も4分音符で同じ音を連続させていたけど、あのときはその譜例に「音楽」は感じなかった。でも、このティンパニは楽曲の性格付けにとても大事な役割を果たしている。それはこの曲が「ハ短調」という調性で、その根音である『C』の音を演奏しているという意味でも重要なのだけど、それに加えて重々しく4分音符を演奏する動機はものすごく大切な動機になるんだよ。
このように動機には色々な形があって、それが絡み合って一つの作品ができている。だからこそ「動機」がどのように「反復」され、「変化」をしていきながら、大きな作品に成長していくのか?という事を探ることは、音楽を表現していく上でとても重要なことになってくる。
野々花:これからは色々な種類の「動機」を見つけて、それがどう展開していくかに注意を払い、合奏やその準備をしていきたいと思います!
隆:「動機」一つ取っても、音楽はとても奥が深いものですね。
オカヤン:次回は、この動機がどのようにして「メロディー」になっていくのか?ということと、その「メロディー」の様々な形式について学んでいこう。では、今日はこの辺で。今日の講義を活かしながら、自分たちの音楽を楽しんでね!
2人:はい!今日もありがとうございました!
(第4講へ続く)
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!(これまでの連載はこちらから)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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