「ドリアの和音」プロの指揮者・岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第34回

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管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

コラムを通じて色々なことを学べるはずです!

第34回は「ドリアの和音」。

前半は前回の「ナポリの和音」に続き「ドリアの和音」のお話です。

後半のエッセイ的な部分は「本番までの合奏の組み立て方~後期段階編(その3)」です。

さっそく読んでみましょう!


合奏するためのスコアの読み方(28)
合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(15)

前回の「ナポリの6の和音」に続き、今回取り上げるのは「ドリアの和音」です。

このドリアの和音の概要は

・短調である
・iv度の和音(主音から数えて4番目の音上にできる和音)
・第3音を半音上げる=短3和音から長3和音になる
・必ずドミナント(V度)の和音に進行する
・引き上げられた第3音は「限定進行音」で、必ず導音に進む

です。

「ドリア」というとシーフードたっぷり、 熱々のライスグラタンや、ミートソースをライスの上に乗せて焼かれたファミリーレストランの格安人気メニューなど を思い浮かべると思いますが、もう一つ思い出すことはありませんか?

以前のコラムで「教会旋法」のお話をした際に「ドリア旋法」という旋法があったことを覚えているでしょうか。

ドリア旋法とはこのようなものです。

このように、調号が全くついていない調性で音階上の「D」の音から始まる音階です。現在一般的に使用されるハ長調(C-Dur)の長音階をD の音からスタートさせる旋法が「ドリア旋法」です。

従って従来の長音階、短音階とは半音の場所が異なります。

長音階と短音階(自然短音階)、そしてドリア旋法の半音の位置をみてみましょう。


小鍛冶邦隆「楽典 音楽の基礎から和声へ」(アルテスパブリッシング)より引用

長音階は「全音―全音―半音―全音―全音―全音―半音」
短音階は「全音―半音―全音―全音―半音―全音―全音」
ドリアは「全音ー半音―全音―全音―全音―半音―全音」

です。

ドリアの和音は短調にできる和音ですので、短音階とドリア旋法の比較をすることで、この和音の由来がわかってきます。

短音階には「自然短音階」のほかに「和声短音階」と「旋律短音階」がありましたね。

和声短音階

旋律短音階

小鍛冶邦隆「楽典 音楽の基礎から和声へ」(アルテスパブリッシング)より引用

和声短音階は第7音を半音上げることにより主音に引き寄せられる「導音」を強制的に作ってしまう短音階です。

そして旋律短音階は和声短音階で引き上げられた第7音と第6音の間の音間隔(音程)が「増2度」つまり「全音+半音」となってしまい旋律として歌いにくいものになってしまう問題を解決するために第7音だけでなく、さらに第6音も半音上げて作られた短音階です。

今度は「旋律短音階」と「ドリア旋法」の半音の位置を比較してみましょう。

自然短音階は「全音―半音全音―全音―半音―全音―全音」→短3和音
旋律短音階は「全音―半音全音―全音―全音―全音―半音」→長3和音
ドリア旋法は「全音―半音全音―全音―全音半音全音」→増3和音

赤字になっている部分はその音階のiv度上に作られる3和音です。共通点と違いは分かりますか?

旋律短音階になると、第3音はドリア旋法のiv度上に作られる第3音と同じになります。

つまり、ドリア旋法の音列を使うことで旋律短音階と根音、3度の音程差が同じになります。

この「旋律短音階作りの和音」のことを「ドリアの和音」と呼ぶ由来はここにあるのです。

このドリアの和音はクラシック、ポピュラー問わずたくさんの楽曲に登場します。

皆さんに馴染みのある楽曲でいえば、《宇宙戦艦ヤマト》(作曲・宮川泰)主題歌のAメロ部分「さらば~地球よ~」(作詞・阿久悠)の「よ~」の部分がドリアの和音です。

譜例は諸事情により掲載することができませんが、もし自分の所属している団体に楽譜がありましたら一度その部分を確認してみてはいかがでしょうか。


【ミニコーナー】合奏の時に気にして欲しいこと(第15回)

本番までの合奏の組み立て方~後期段階編(その3)

今回は僕自身の経験から、本番に向けた楽曲の仕上がり具合についてのお話をしたいと思います。これについては絶対的なものではなく、強制もしません。一つのヒントとして読んでください。

練習を積み重ね、徐々に仕上がっていき演奏会本番まで右肩上がりの状態を作ることができるのが理想形です。

しかし、長年演奏会や合奏に関わっていく中で、その理想形で演奏会を迎え、素晴らしいパフォーマンスで締め括ることは非常に稀で、難しいことです。

過去には 「本番は練習の8割程度しかできない」などという人もいましたが 、僕はそんな夢のないことを言うつもりはありません。

しかし、経験上ほとんどの団体で今までの練習ではできていたことができなくなったり、イマイチ一体感がなくなりだれてきたり、「もっと良くしよう!」と思うあまり、他のメンバーに厳しい言葉をぶつけたり・・・といったことが起きる時期があります。

そのような「停滞期」のパフォーマンス低下を最小限にして、本番で最高のパフォーマンスができるように調整していくことが指揮者としては大事な仕事になっていきます。

そのために停滞期からリカバーする時間的、心理的余裕を作ることが大事になってきます。

今までの練習の積み重ねで「本番で目指す最終形態」の状態を可能であれば演奏会の約2週間前に設定できると気持ち的にも楽になります。

実際によくあるのですが、本番前の通し練習やゲネプロを演奏会の直前に行う団体は多いと思います。しかし「本番を意識した練習」を直前に持ってきた場合、そこで露呈した問題点や課題を解決する時間的余裕がなくなります。

結果的に心理的にも追い込まれる状態となり、余裕を持って演奏会本番を集中し楽しむことができません。焦りからは何も生まれません。

全てが「時すでに遅し」という状態に陥ってしまう危険性を、可能な限り取り除いていきたいものです。

アマチュアの方の中には「メンバー全員が集まるのは演奏会本番だ!」と楽しそうに語る人がいるのですが、指揮者の僕としてはこれ以上ゾッとする言葉はありません。

いかに技術的、音楽的に優れていても、同じ時間を共有できていない人が本番直前で参加し、それだけでなく色々口出ししたり意地悪な質問をしたりして現場を混乱させ、全体の雰囲気が悪くなることがあります。そのような状態で良い演奏を本番でできると思いますか?

止むを得ずお手伝いをお願いするときも、約2週間前の「第1のピーク」に向けて、その前から練習に参加し、オーケストラや指揮者と「音楽的言語」の共有をしてもらえるようにして欲しいと思います。

第1 のピークの後で、必ずといっていいくらいに訪れる「停滞期」はどのようにして乗り切ったらいいのでしょうか。

これも楽団の特性に左右されることですので一概にはいえませんが、大きくは3つの方法が考えられます。

1・露呈した問題点を重点的に修正する
2・本番に向けて楽団全体のコンディションを整える
3・イベントの開催

1についてですが、本番前で大まかに流したりする時間を増やすタイプの指揮者もいると思うのですが、本番前は集中力を増しているように見えても、体力的に疲れていたり集中ができていなかったりすることがあります。

ダラダラと流すより、必要な部分を短時間で集中して合奏することも大事なリハーサルテクニックです。

指揮者が本番の目指すべき姿をイメージし、そこに到達するためには何が必要かを明確に持っていることが必須になります。また、理想は理想で高く持ちながらも「本番までにできること」と「本番前までにできないこと」の取捨選択に迫られるのも指揮者の辛い仕事です。

指揮者のアイデア次第で「本番前までにできないこと」を減らしていくことを第一に考えて欲しいとは思いますが、一つのことに固執しすぎて、他のこともうまくいかなくなることのないように心がけましょう。

2は前回ミニコーナでお話しした、競馬の調教の一つである「馬なり」のイメージで練習すると言うことです。常に本番を意識した練習をすることは大事ですが、あまり力みすぎてもすぐにスタミナがなくなってしまいます。

本番で必要なスタミナや、音楽に対する積極性、想像力を奏者に持たせるような「軽め」の練習でコンディションを作っていくのも一つの方法です。

2週間前には一度ピークを迎えているのですから、下手に肩に力を入れて突き進むのではなく、ちょっとリラックスして余裕を持った合奏をするのも必要になってきます。

本番の自分の姿や本番でのドラマをイメージさせながら調整していく合奏も心がけましょう。

3ですが「行事」という意味合いよりも、ロールプレイングゲームでゲームの分岐点で発生する「できごと」の意味合いの方が近いと思います。

例えばみんなで少し高めのトンカツを食べにいくとか、演奏会や他のジャンル(スポーツ観戦)などにいくとか、そのようなアイデアは僕よりも学生の皆さんの方が多く持っていると思います。

普段の活動では見ることのできない友人たちの一面を知ることができ、また「本当はこんなこと思っていたんだ・・・」といったようなことを聞き出す機会になることもあります。このような機会は本番に向けた環境づくりに大いに役立つものです。「よく学び、よく遊べ」は僕が常に大切にしている考え方です。

少し特異で前時代的 な感じは否めませんが、このような「イベント」もあります。

僕の高校時代の吹奏楽部顧問の先生は本番前、少しでも状態が悪くなると突然「解散だ!」といって部活の解散を宣言し帰る・・・ということをしていました。

毎回のことでわかっていることとはいえ、部員は慌てて駐車場に向かい、車で帰ろうとする先生の前に立ちはだかり、解散しないで部活を続けたいと必死に訴えます。

一通りの押し問答ののち、先生は解散をやめて練習に戻るのですが、その「解散後」の練習はみんなも必死ですので、その集中力や緊張感もあり曲の仕上がりが目まぐるしく向上するのでした。

僕は高校3年生当時、吹奏楽部の部長だったのですが、解散を宣言する日の練習前、先生の部屋で話をしている中で、先生が「そろそろ解散するか!」とにこやかに僕に言って来ました。僕も「それがいいですね。そろそろやりましょう!」ということで解散となるのですが、現場ではその「裏」のことはおくびにも出さず「これで帰られてしまって、解散でいいのか?」と言い、みんなを駐車場に追い立て、3階の音楽室の窓からその一部始終を見る・・・というのが真実でした。偶発的な事件ではなく、色々考えられた「作戦」だったわけです。

とはいえ、僕は今の皆さんにこの「解散作戦」を推奨するつもりはありません。あくまでも昭和・平成時代のエピソードとしてお話ししました。

→次の記事はこちら


文:岡田友弘

※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!

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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)


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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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