「増6の和音」プロの指揮者・岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第35回






管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

コラムを通じて色々なことを学べるはずです!

第35回は「増6の和音」。

前半は「増6の和音」のお話です。

後半のエッセイ的な部分は「本番までの合奏の組み立て方~本番前のリハーサル編」です。

さっそく読んでみましょう!


合奏するためのスコアの読み方(29)

合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(16)

今回は「性格的な和音」のフィナーレを飾る和音たちについてお話しします。

今回取り上げるのは「増6の和音」です。

「ゾーロク」って一体何が「ゾーロク」で、どのような和音なのかをできる限りわかりやすくお話しします。

久しぶりに「音楽辞典」でどのように説明されているかを見てみます。

増6度和音(増6の和音)=増和音の一種。外声、あるいは内声と外声間に増6度を持つ和音。増6度の下の方の音は、ある長調もしくは短調の属音が、主音への半音の下行導音をなす。ロマン派以後にこの和音の用法はさらに多様になった。

「新音楽辞典(楽語)」(音楽之友社)より、抜粋引用

「下行導音」という新しい言葉が登場しました。2020/2021年の吹奏楽コンクール課題曲《僕らのインヴェンション》の作曲者の楽曲解説にも登場する言葉です。簡単にどんなものを言うのかをお話しします。

「導音」とは音階固有音のvii(音階上にできる7番目の音。C-DurにおけるHの音)で、半音上のi音(音階上にできる1番目の音。C-DurにおけるCの音)に解決したがる性質を持った音のことを一般的にいいます。

しかし、広い意味で「導音的な性格を持つ」音が他にもあるのです。

ある音が、ある条件下に置かれるともう一つのある音に進まずにはいられなくなる落ち着きのなさを示すことがあるのです。そのことを「目的追求性の導音緊張」と言います。

本来の導音と同等の性質の、いわば「生理的」とも言えるような欲求(導音的欲求)であることから、その音はある音へ進みたがる「導音」であるとか「導音性がある」と言われます。

この場合は短2度での上行だけとは限らず、長2度上行の場合や「下行」の場合もあり得るのです!

例えば長調・短調の「第iv度音」や「第vi度音」などはいずれも下行の導音性を示すことが多いのです。このことを「下行導音」と言います。

つまり「下行導音」とは「導音的な性格を持つ、下行して解決したがる音」のことを言うのです。

下行導音のことを理解したところで「増6の和音」の話題に戻ります。

増6の和音にはいくつかの種類があります。

それらには誰がつけたか知らないが、国の名前が冠されています。それは・・・

・イタリアの増6=イタリアの6=増6

・ドイツの増6=ドイツの6=増3-5-6

・フランスの増6=フランスの6=増3-4-6

増6とは?=3和音のうちバス音から積み重なる音が3度音、増6度音で構成されているもの。

増3-5-6とは?=積み重なる音が3度音、5度音に増6度音が積み重なり構成されているもの。

増3-4-6とは?=積み重なる音が3度音、4度音、増6度音で積み重なり構成されているもので、和音の第2転回形、つまり「4-6の和音」の形をとっている。

他にも何種類かの増6和音はあります(ピストンの「和声法」では、「スイスの6」という名の和音も登場します!)が、ここでは代表的なものを見比べてみたいと思います。これらの増6度和音は多くのクラシック曲に登場します。

一気にそれぞれの増6和音を楽譜で見て、その違いと共通点を見てみてください。

ピストン「和声法」(角倉一朗訳・音楽之友社)より引用

クラシック、ポピュラー問わず、この「増6度和音」は多くの作品に登場し、それぞれ多様性に富んだ役割や前後関係を示します。ここではベートーヴェンの交響曲第5番、日本では「運命」として親しまれている曲の第1楽章に登場する増6から属和音への解決をする部分を見てみましょう。

第1楽章の途中、オーボエのソロに入る直前にそれは現れます。

ピストン「和声法」(角倉一朗訳・音楽之友社)より譜例引用

皆さんも、楽譜の中に「増6度」を含む音程を見つけたら、その部分に特別な意味を感じて欲しいと思います。

そして全てがそのように解決しないのですが、ある楽曲の主調に対しての「属和音の基本形」に解決することが多いことを頭の片隅に置いて欲しいと思います。きっと皆さんの譜読みの役に立つはずです。

以前のコラムで「カデンツの終止」の形についてお話ししましたが、属和音の終止形に進行するものを「半終止」と呼びましたね。この和音が出てきた時には「半終止」についても思い出して、フレーズの作り方を考えてみて欲しいと思います。

正直に告白すると、僕が中学高校大学と学生指揮をしていたときに、こんなに詳しく和声について知っていたわけではありませんでした。詳しく知らなくても楽しく指揮できますし、身近にいる先生の指導や指揮を真似て楽しく合奏していました。

今思えばよくもまぁ、あんな無知な状態で人前に立って偉そうなことを言っていたものだと・・・ゾッとしてしまいます。

何も知らないで、自由に楽しくやって、それでもなんとなく形になることは多いですし、そのようになんでも苦労なくできる時期はあるのですが、やはり音楽を深く知ろうと思った時に、その限界を感じることが増えてきます。

その時に役立つ知識を、皆さんに身につけておいて欲しいという気持ちから、少し難しい楽典や和声のお話を続けています。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言います。

ソクラテスの言葉に「無知の知」というものがありますが、自分が如何に何も知らないちっぽけな存在であるかということを心の底から受け入れることができ、知識や経験を深めていきたいという気持ちを持てるようになった時、皆さんは「よくいる学指揮」から「スーパー学指揮」への階段を登ることができるはずです。

ぜひ知らないことを、恥ずかしがらずにどんどん吸収し、自分のものにしてほしいと思います!

これからも一緒に頑張っていきましょう!

★もし今回の記事やこれまでの岡田さんの連載でわからないことがあったり、スコアリーディングや指揮・指導についてのレッスンを受けたい方がいらっしゃれば岡田さんのウェブサイトから相談してみてください!


【ミニコーナー】合奏の時に気にして欲しいこと(第16回)

本番までの合奏の組み立て方~本番前のリハーサル編

さぁ、いよいよ本番会場でのリハーサルについてです。これもそれぞれのスタイルがあると思いますので、僕なりのやり方や気にしていることをお話ししたいと思います。参考にしていただけたらと思います。

1・本番に「余力を残す」

本番前のリハーサル、特に若い学生の団体のリハーサルでは、全力で合奏してしまって、本番にスタミナも集中力も無くなってしまう・・・そんな場面に出会うことがあります。

あくまでも本番前のリハーサルは「本番で最高の演奏をするための調整」であることを第一に考えて、それぞれが(指揮者も)「リハでしっかり本気を出して確認する」場所と「本番に最高のパフォーマンスができるように少し楽にやる」場所を事前にしっかりとチェックしましょう。

2・「段取り」は大事

プロの演奏家と異なり、本番の回数が少ないアマチュアの皆さんにとっては、本番の会場に立って演奏すること自体「特別な」ことです。その特別な環境下で浮き足立ってしまって、普段なら絶対しないミスをしてしまったり、本番の流れや約束事を忘れてしまったりしてしまうものです。それを防ぐためにも「段取りの確認」は怠りなくやりましょう。

開始(予ベル)から終演までの流れを確認し、「出入りのタイミング」や「照明の転換」、「舞台転換」など舞台進行に関わる全てのことを流れで確認しましょう。演奏メンバーだけでなく、当日の公演のサポートをしてくださる舞台スタッフさんたちとの段取りの確認にもなります。

それを「ランスルー」と言いますが、ランスルーの際は全ての曲を真面目に全部通す必要はありません。

特に演出のない曲でしたら、曲の始まりと終わりの部分だけを演奏し「段取りの確認」に特化したものにしましょう。曲を全部演奏しないことで、段取りの確認の時間を短くすることもでき、その後に曲の練習も少しできる余裕ができます。

また照明やソロマイク、司会や歌、踊り等の演出がある場合は、その部分の確認は入念にしましょう。演出台本をしっかり作成し、舞台スタッフの皆さんに事前にお渡しし、それの確認と微調整を当日のリハーサルでスムーズに行うことは大切です。

舞台上の立居振る舞いは、みんな挙動不審になってしまうと「素人感」満載になってしまいます。このような立ち居振る舞いも含めて舞台の演出だということを意識して欲しいのですが、その練習をみんなでする必要はありません。

その時に重要になってくるのが「コンサートマスター」です。

コンサートマスターが本番のステージマナーについても全体をしっかりリードしているのが良いオーケストラです!

コンサートマスターの動きに細心の注意を払い、コンサートマスターが立ったり、座ったりするタイミングで全員も動けるようにしましょう。演奏面だけでなく、コンサートマスターは演奏会のディレクションをするものなのです。

指揮者も同時にその立ち居振る舞いを仕切る立場になるのですが、指揮者やコンサートマスターの人は、是非ともプロの演奏会で指揮者やコンサートマスターがどのような動きをしてオーケストラの舞台上の振る舞いをコントロールしているかを観察して欲しいと思います。皆さんが想像しているものよりも何倍も色々なことをしているはずです。

曲そのものの段取りについては、繰り返しや楽譜にない約束事をしっかりと段取りの段階で確認することが大切で、それを怠ると曲が止まったり崩壊したりしてしまいます。僕も何度か経験しましたが、寿命が縮む思いをしました。そのようなことのないように演奏上の約束事の段取りは忘れずに確認しましょう。

3・段取り含めて無駄なリハーサルは極力やらない

段取りの合奏を、何度も何度も意味なく繰り返すリハーサルをしている団体に遭遇することもあります。これは本番に向けてのスタミナも、モチベーションも削いでしまうやり方ですのでやめましょう。

また無駄に長い練習、意味のないリハーサルは舞台スタッフの方の心象も悪くなり、円滑なコミュニケーションができなくなる可能性が大きいです。規定の時間内で、効率よくリハーサルをするために、指揮者や運営スタッフの人は綿密な計画(段取りの方法やタイムスケジュール)を組んでリハーサルに臨んで欲しいと思います。

繰り返して確認するのは、照明や音響のスタッフさんがもう一度確認したいという場所や、通しリハで演出がうまくいかなかった部分に限定してください。

まだいくつかポイントがありますので、それは次回お話ししたいと思います。

スムーズで効率良いリハーサルをして、本番を充実したものにできるといいですね!

次回もお楽しみに!


→次の記事はこちら


文:岡田友弘

※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!

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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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