管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
シーズン2はよりわかりやすくするため、「オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ」と題した対話形式となっています。
今回は第7回。「マーチの名曲に学ぶ『行進曲のスタイル(形式)』」です。
さっそく読んでみましょう!
吹奏楽のためのスコアの読みかた(43)「学指揮のための楽式論」(8)
『オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ』(第7講)
ここは東京郊外、自然豊かな丘陵にある私立総合大学。その一角にあるオカヤン先生の研究室では、オカヤン先生と2人の学生によるゼミ形式の講座が開かれている。学指揮に必要な音楽のことを中心に学んでいくのが、この研究室の目的である。
【登場人物紹介】
・オカヤン先生(男性)・・・このラボ(研究室)の教授。プロの指揮者としてオーケストラや吹奏楽の指揮をしながら、悩める学生指揮者のためのゼミを開講している。
・野々花(ののか・女性)・・この4月から大学4年生(文学部)。大学吹奏楽部で学生指揮を担当している。作曲などにも関心を持っていて、音楽理論にも詳しい。音楽への情熱も人一倍強い。音楽に没頭するあまり、周りが見えなくなることも。彼女の所属している吹奏楽部は通常、4年生が正学生指揮を務めるが、ひとつ上の学生指揮者の先輩が退部したため、3年生から正学生指揮者を務めている。担当楽器は打楽器だが、必要に応じてピアノも担当する。部員には知られていないのだが、実はハープを演奏できる。
・隆(たかし・男性)・・・この4月から大学3年生(法学部)。野々花の後輩で、大学吹奏楽部では副学生指揮者として野々花と協力しながら活動している。音楽がとにかく大好きで、指揮することの魅力に取り憑かれている。野々花ほど音楽に詳しくはないが、人望が厚くみんなから慕われている。若い頃はサッカーを本格的にやっていたようなスポーツマンでもある。担当楽器は大柄な体格であることと、実は幼少期にヴァイオリンを習っていたという理由だけで、同じ弦楽器であるコントラバスを担当している。
彼らが所属している吹奏楽部は、演奏会やコンクールといった本番も学生が指揮を担当しており、オカヤン先生は直接彼らの吹奏楽部の活動には関わっていない。学生指揮者としての音楽作りや指揮法などについてのレッスンを受けようと、専門家であるオカヤン先生が開講するラボに参加することにした。
***
「あー、つら」
何が辛いというわけでもないが、ゴールデンウィークが終わってからというもの、野々花の口癖になってしまっている。「どっこいしょ」と似たようなものである。
マスクをしなくてもいいですよ、というような話も出ているのだけれど、周りにマスクを外している人もほとんどいないのでなかなか外しづらい。
野々花は指揮者であるし打楽器パートで何かを「吹く」こともないので、外出中は部活の活動時間も含めてほぼマスクを付けっぱなしである。打楽器だって呼吸は合わせるのでマスクをしないほうがやりやすいのだけれど。
暑くなったり寒くなったり雨が降ったり安定しない気候の中、マスクも辛いのだが、それだけではなく、なんとなく気が乗らない。
部活に顔を出すのは楽しいし、指揮をしている時間も楽しいが、準備がとにかくおっくうになってきているのだ。
3ヶ月もすればもう吹奏楽コンクールの予選が終わっているという、意外と時間がないぞという焦りもあるかもしれないが、とにもかくにもすべてが煩わしい、そんな気分の昨今なのである。
「あー、つら」
キャンパスをたらたらと歩いているだけなのに気づくと愚痴ている。今日はとても暑いし。この後ラボなのにこれではマズいぞ・・・と、一旦文学部棟のロビーで休憩を取ることにする。
紙カップの自販機でアイスカフェラテを買う。ピッ。カポッ。ガラガラガラ。ジョボジョボ。
ロビーのソファに荷物を置き、アイスカフェラテを一口。「ああああ」ヘヴン。こんな感じで怠惰に一日を過ごしたいのだが、それは許されない立場である。なんで学指揮やってんだろう。
ロビーでは顔も知らない学生たちが行き交っている。キャッキャウフフと何がそんなに楽しいんだ。気づけば最近友達らしい友達がいない気がする。いや、元からいなかったのかもしれない。なんて孤独な大学生。上辺だけの付き合いに疲れ果てたこの心よ。
カフェラテの二口目はもうヘヴンではない。はかないものである。瞬間芸術かよおまえは。
今年の吹奏楽コンクール、野々花の部活は課題曲でマーチを演奏することになった。なので、今日のラボは予定を変更して、課題曲に入る前にマーチについての講義を受けることになっている。
マーチは奥深く、合奏をすればするほどドツボにハマっていく感じがして昔から演奏者としても指揮者としても好きではないし、事前の合奏でも決してうまく行っていたわけではないのだけれど、部員アンケートで民主主義的に多数決で決まってしまったわけだから、まあ仕方がない。はいはい振りますよ、振らせていただきますよ、というわけだ。
自分がそんな心境だから、何かポジティブな要素をラボで得られたら良いなと思う。
アイスドリンクの氷はどうしたら良いのだろうか。毎回悩んでしまう。そのまま燃えるゴミに捨てたら氷が溶けてゴミ袋に水が溜まるのではないだろうか。かといってバリボリ食べるのもどうか。
悩んだ挙げ句、マスクを外したままで氷をバリボリを食べながら、ラボへと向かうことした。なんといっても今日は暑い。夏はもっと暑いんだろう。去年の夏はどうやって乗り切ったのかと記憶を手繰り寄せながら、やや思い足取りでキャンパスを歩く。
***
オカヤン:前回のラボでは「楽式の基本」について学んだ。今日はより具体的で実用的な「楽式」の話をしていくよ!
二人:よろしくお願いします!
オカヤン:多くの人に長い間親しまれているような音楽作品は、その作品自体「美しい形式」を持っている。例えば「ソナタ形式」や「ロンド形式」などが代表的なものだ。吹奏楽作品でもホルストの「ミリタリーバンドのための第1組曲」の第1楽章「シャコンヌ」などは美しい変奏曲形式の曲として知られている。
野々花:その曲は演奏したことがあります!吹奏楽の古典的名曲とされている曲ですよね。私が以前読んだ本には「吹奏楽におけるベートーヴェンの交響曲のような存在」と書かれていました。演奏していて充実感や学びの多い曲だと感じました。
オカヤン:指揮はしたことあるのかな?
野々花:いえ、まだ指揮をしたことはありません。いつか挑戦したいと思っていて、スコアは購入して持っています。暇な時にパラパラめくって読んでいますが、スコアの読みがいがありそうな曲だと感じています。
オカヤン:そうだね!昔話になるけど、僕が二人と同じ一般大学の学指揮だった時に初めて本格的に合奏を任された曲がこの「第1組曲」だったんだよ。当時はスコアにこれでもかというくらいに書き込んで勉強した思い出の曲なんだ。この作品を通して音楽やスコアリーディングのいろいろなことを学ぶことができた恩人のような曲だよ。特に第1楽章の「シャコンヌ」で音楽の形式の面白さや奥深さを学んだんだ。「シャコンヌ」という形式は「ソナタ形式」の原型と言われている形式であり、「変奏曲形式」の模範的なものでもある。その構成はとても美しく、聴くものを魅了する。その「美しい形式」を、楽譜を見たことのない人にも「伝える」ことが指揮者に課された「ミッション」、指揮者の大事な役割なんだよ。そのために「指揮法」や「楽曲分析」の知識や技術が必要になってくる。
全ては自分のためではなく・・・「音楽のため」であり「聴く人のため」であるんだ。だから指揮者はプロアマ問わず常に音楽に対する探究心と情熱を忘れず、誰から質問されても澱みなく答えられるように準備をしておかないといけないんだよ。隆くん、「学生指揮者」だからって少しくらい手を抜いていいということは絶対ない。もちろんそれは隆くんも野々花ちゃんもわかっていると思うけど、もう一度確認のために話しておくね。
隆:はい!2年の頃は「まだ経験も浅いので・・・」と甘えの気持ちもあったかもしれません。もっとみんなのために自分をパワーアップさせていきたいと思います!
オカヤン:隆くんはそのポジティブさが大きな武器だよ。挫けそうになることもあると思うけど、自分が思っている以上に「敵より味方が多い」ものだから、前を向いて胸を張って進んでいこう!まさに「フォワードマーチ」だ。
隆:はい!フォワードマーチ・・・ですね。マーチは「吹奏楽の基本」と言われていますね。吹奏楽部でもたくさんのマーチを演奏します。吹奏楽コンクールの課題曲でも毎年2曲程度マーチがありますね。マーチにも「形式」というものがあるのですか?
オカヤン:そうだね、本来は軍隊などが「歩くため」に作られた行進曲にもある程度「決まった形式」がある。その形式が非常に美しく整っているので、現在でもほとんどその形式が変わることなく受け継がれている。若干の違いはあるけれど、課題曲のマーチもその「行進曲のスタイル」に準じているんだよ。
次回のラボでは今年度の吹奏楽コンクールの課題曲をテキストに形式の話をしていくけど、その導入として今回のラボでは名行進曲をテキストとして「マーチの形式」の基本を押さえていこう!
今回取り上げるマーチは2曲。ともに名曲と言われている曲だよ。
ドイツの作曲家でオーボエ奏者でもあったタイケの「旧友」と、アメリカの作曲家で「マーチ王」とよばれているスーザの「美中の美」だ。二人は演奏したことや聴いたことはある?
野々花:スーザといえば「星条旗よ永遠なれ」は演奏していますが・・・この曲は演奏したことはありません。
隆:題名を聞いても・・・ピンときません。
オカヤン:題名は聞いた事がないかもしれないけど、おそらく曲を聴いたら「ああ、この曲か!」となるかもしれないね。じゃあ、聴いてみようか・・・2曲のスコアを配るよ!
タイケ作曲・行進曲「旧友」(Friedrich Morike Nachfolger社刊)より
スーザ作曲・行進曲「美中の美」(The John Church社刊)より
どう?聴いたことある曲だった?
野々花:はい!プロの吹奏楽団だったか一般の吹奏楽団だったかは忘れましたが、聴きにいった演奏会で演奏されていました。演奏会のアンコールだったので曲名の記憶が薄かったです。
隆:「旧友」は運動会か何かの時に流れていたような気がします。知っている曲でした。
オカヤン:これらの曲は名前こそ知らなかったにしても「どこかで聴いたことのある」曲だったと思う。つまりそれは「いろいろなところで多く演奏されている曲」ということだね。「名曲の条件」は「この曲が名曲です!」と誰かが言ったり、本で書かれていたりすることではなく、「多く演奏され、聴かれている」曲であるといえる。だが、どうも吹奏楽の世界では「名曲だ」と言われている曲でも、広く演奏される曲は意外に少なくて、演奏されたとしてもたまに思い出したように演奏される事が多いのが少し残念だね・・・。日常的に名作が演奏されるようになるといいのだけど。オーケストラの演奏会でベートーヴェンやブラームス、モーツァルトの曲が演奏されるように・・・。
今回取り上げる2曲のマーチだけでなく、名曲と言われるマーチはたくさんある。コンクール時期は課題曲と自由曲の練習に追われることが増えると思うけど、基礎合奏と曲合奏の他に、「練習曲」としてたくさんのマーチに触れるというのも練習のアイデアの一つかな。もちろんマーチだけでなく、グレードのあまり高くない吹奏楽の曲やメロディー重視の曲なども取り入れて、練習のヴァリエーションを増やしていくことにより、中弛みすることが少なくなるかもしれない。気分転換にポップスを演奏するのもいいと思うよ。マーチをたくさん演奏するというのはバンドの足腰を強化するのに役立つはずだ。そのような練習で行進曲を使うときは「完璧な完成」を目指す必要はなくて、多くの曲に触れることを意識しよう。それを積み重ねることで「初見力」のアップにつながっていくし、演奏者の「勘」のようなものが育っていくことも期待できるよ!
話が脱線してしまったね・・・では改めてこの2曲について見ていこう。
まずは基礎知識として「行進曲」というものが「楽式論」や「形式学」においてどのように位置付けられているかを見てみようか。楽典の著者としても有名な作曲家の石桁真礼生(いしけた・まれお)先生が書いた「楽式論」ではそれが簡潔な言葉で書かれている。
・行進曲(マーチ)
行進曲は行列として行進する人々を、その音楽の律動によって、堂々と、または軽快に、ある場合は肅然とさせるためにある音楽です。だから拍子はもちろん2拍子か4拍子であり、テンポも歩く速さであるべきです。しかし、この実用的(?)なものからいっそう芸術化されて、テンポなどが多少速くなったり、おそくなったりしたものや、または途中でテンポの多少の変化を含むものもあります。また、拍子にしても6/8拍子のものもないわけではありません(6/8拍子は2拍子系の複合拍子ですから、歩く場合にも支障がないわけです)。
形式は複合3部形式で、明確なトリオを持ち、D.C.(ダ・カーポ)によって繰り返されます。トリオは好んで下属調や平行調に作られます。行進曲は軍隊にも需要が多く、またその感じも濃厚なために、曲首に、また曲の途中や末尾に、軍隊ラッパ風な楽句が、主題に先行してあらわれる事がしばしばみられます。これはファンファーレと呼ばれるものです。また結尾句がつけられることも普通見られます。
ブラスバンド(吹奏楽)によるスーザの数多くの行進曲や、ワグナーの「双頭の鷲の旗の下に」などは軍隊用の有名な行進曲です。また、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」やベートーヴェンやショパンの葬送行進曲(シンフォニーやソナタのなかの1楽章)など有名なものも数多くあります。
石桁真礼生「楽式論」(音楽之友社)より、抜粋引用)
オカヤン:この説明は概ね全てをカバーしている素晴らしい説明だけど、僕の方でもいくつか注釈を・・・。文中で「もちろん拍子は2拍子か4拍子?」と書かれている部分があるね。どうして「もちろん」なのかな?
隆:それは・・・人間の足が2本だからです!
オカヤン:その通り!右、左と行進していくわけだから、実用的には「2の倍数」になるということだ。実際行進曲なのに「3拍子」が挿入されたり、「変拍子」の行進曲があることも覚えておこう。
複合3部形式とは、小さな形式で構成されているいくつかのブロックが3つある形式だよ。その形式にはいくつか種類があるけれど・・・行進曲の場合は(a-b)+(c-d)+(a-b)のように楽曲が構成されている事が多いかな。また、最近は課題曲のマーチのようにダ・カーポの指示がない曲や、ダ・カーポ指示がある曲でもダ・カーポしない演奏が多くなっているから、「複合2部形式」の楽曲や演奏が多くなってきているよ。
「下属調」「平行調」という言葉が出てきたけど、これは以前コラムでも取り上げた。下属調とはその曲の始まった調性の5度下の調性のことで、それは4度上の調性でもある。「ハ長調」の場合の下属調は「へ長調」、平行調とは同じ調号の長調と短調の関係のことだから、「ハ長調」の平行調は「イ短調」だよ。短3度下(半音3つ分下)の音ということになる。もう一度確認しておこうね。
(これらの用語については、コラム第10回 と第11回 、第31回 を読んでみよう)
現代では「ブラスバンド」といえば「英国式ブラスバンド」つまり金管楽器と打楽器で構成される編成のことを指すようになったけど、石桁先生がこの本を書いた頃はまだ「吹奏楽=ブラスバンド(ブラバン)」であったことが窺える表記だね。
では、「美中の美」と「旧友」について見ていこう。この2曲には多くの形式上の「共通点」がある。それが「マーチの形式の共通点」ということでもあると言えるよ。
第1の共通点は冒頭の部分だ。どちらの曲も4小節の短い「イントロ」がある。「イントロ」はその曲の性格を示すものでとても重要だよ。これから始まる旅の「ワクワク感」を演出したいよね!合奏する時には、イントロがどんな和声で始まって、どんな和声で解決しているのかに注意してみよう。
では、主要部分に入るよ。主要部分の調性は楽譜の左側に書かれているフラットの数が示す調性になっているね。それを「主調」と呼び、この曲の根幹となる調性になるよ。どちらの曲も「フラットが3つ」だから・・・?
野々花:変ホ長調(Es-Dur、Eb major)です!
オカヤン:正解!では、少し先を見てみよう。この部分はいわゆる「第2マーチ」とよばれる部分だ。調性はどうなっているかな?
野々花:変わらず変ホ長調です。
オカヤン:そうだね。でも少し感じが違うと思わない?楽譜からの情報を見てみよう。
野々花:裏打ちの刻みの和音が「Bb」から重なる4和音になっています。セブンスのコードですね。
オカヤン:そうだね、だから「よりグイグイ前進する」感じになるよね。セブンスは次に進みたがる指向性があるから。変ホ長調において、シのフラットは第何音かな?
野々花:第5音・・・つまり「属7の和音」!
オカヤン:そう!属7の和音つまり、主音の5度上の音から積み重なる4和音だ。この音は主和音(トニック)に進みたがる性格を持っている。「旧友」では5小節目にその性格通り主和音に解決しているね。
(「セブンス」についてはコラム第24回 を、「属7の和音」についてはコラム第26回 を読んでみよう)
ただ、和声的にはそうだけど・・・ベースラインの音はどうなってる?
野々花:シのフラットです。
オカヤン:このように3和音の中の5音をベースラインが担当することをなんと言ったかな?隆くん。
隆:え~・・・
オカヤン:忘れちゃった?和音の「転回形」という。この場合は「第2転回形」になる。転回形は和音の基本形とは違った雰囲気や性格を帯びるから、合奏では「コード」のことだけでなく、転回形かどうかもしっかり意識しよう。「美中の美」で第2マーチがどのようになっているかも確認してみてね。共通点が見出せるよ。
(「和音の転回」については、コラム第25回 を読んでみよう)
第1マーチと第2マーチに作曲家は正反対の性格づけをする事がある。正反対とは言わないまでも異なった動機で明確な性格分けをしているよ。例えば「軽快と重厚」であるとか、「スタッカート重視かレガート重視か」とかね。第1マーチと第2マーチは、言い換えれば「第1主題」と「第2主題」ということになるけど、その二つの主題の描き分けが音楽表現には大切なポイントになるよ。
「旧友」の場合、第1マーチは形の似ている2つの部分に分かれている。第2マーチは性格の異なる二つの部分に分かれているのは曲を聞くとわかると思う。ということは、ここまでの形式を見ると・・・
イントロ+A (a+a’)+B(b+c)という形式になるね。
そして・・・次の部分を見るとフラットが一つ増えた。フラットが1つ増えると「5度圏」の原理により「下属調」に転調した事がわかるね。
シャープ系の調はシャープが一つ増えると、その和音から5度上の音を主音にする調になり、フラット系の調はフラットが一つ増えると5度下の音を主音にする調になることをもう一度確認しておこう。5度下は4度上と同じ音高になることも忘れずに。
(「5度圏」についてはコラム第11回 を読んでみよう)
この転調した部分からが「トリオ」という行進曲ではものすごく大事な部分になる。ところで・・・隆くん、漫才のトリオって何人いる?
隆:お笑いはお任せください!3人です。
オカヤン:素晴らしい!この「トリオ」という音楽用語も「3」という数字から派生しているんだ。
元々は「3人、または3声部で演奏すること」やその楽曲を指す言葉だったのだけど、のちに「メヌエット」や「スケルツォ」という音楽の形式で、「主要部」と「その再現」の間に挟まれる部分を指すようになった。形式としては「A-B-A」の「B」の部分がトリオと呼ばれるようになった。かつては実際にそのトリオ部分は3声で書かれていた。
石桁先生の本で「行進曲は複合3部形式」だと書かれていたね。つまり形式的には「A-B-A」という形式だ。したがってスケルツォやメヌエットの形と同じになる。だから行進曲のこの部分も「トリオ」と呼ばれるんだよ。これはなかなか、吹奏楽だけをやっていると教えてくれないことかもね。そして、今ではダ・カーポのないマーチがほとんどになってきたけど、この部分の呼び名に「トリオ」という名前が残った。考えようによっては、第1マーチ、第2マーチに続いて登場する「第3の場面」ということで「トリオ」を理解してもいいと思うよ。
西洋のキリスト教文化では「三位一体」のように数字の3がとても大切な数字とされていた。だから3に由来する形式であるトリオが大事にされてきたのかもしれないね。行進曲の演奏や解釈でも「トリオ」の扱いをもっと重要視して曲を作っていくことが大事だと、指揮者としていつも胸に刻んでいるよ。
「旧友」のトリオ部分は非常に明快な形式を持っている。トリオ前半は似たような性格を持つ2つの部分(Aの部分)で、後半も似たような性格を持つ2つの部分(Bの部分)で構成されている。そしてAの部分はpというダイナミクスで優しく、Bの部分はfで力強く演奏されることで対比のある音楽を作り出し、それが一つのトリオ部分となっているね。
では「美中の美」はどうなっているかな?トリオ前半はレガート中心の優雅な旋律だね!「美中の美」というタイトルにふさわしいメロディだ。この曲で最も重要な部分であると言っても言い過ぎではないと思う。この部分を「トリオA」としよう。
続く部分は力強い音楽で決然とした感じが印象的だね。この部分を「トリオB」としておくよ。そしてイントロ部分が一瞬だけ登場してから再び「トリオA」の音楽が登場する。そして反復記号により「トリオB」に戻り、再び「トリオA」で曲が閉じる。
トリオBの部分は「ハ長調」から始まって、「変イ長調」「変ロ長調」「変ホ長調」と転調していく。吹奏楽コンクールの課題曲でもこのように「一時的な転調」を繰り返しながら、トリオの主調に戻るような部分があると思う。トリオでは特にこの「経過的な一時的転調」の音合わせや扱いを丁寧にすることで楽曲の立体感や形式美を強調する事ができるから、この部分は楽曲の後半だけども大事に扱いたい部分だね!考えようによっては「ブリッジ」つまり「橋渡し」のような部分になると思う。橋の下は川が流れていたり、谷になっていたりする事が多いね。橋の下はいわば不安定な場所と言える。この部分もそのような意識を持って「丈夫な橋」を建設し、みんなで安全に渡れるようにすることも指揮者の仕事だよ。
このように「美中の美」のトリオ部分は・・・
「トリオA+トリオB+トリオA+トリオB+トリオA」
という形式を持っていて、「旧友」よりもトリオの構成が大きいものになっているけど、大きな形式としては「複合2部形式」という共通点は変わらない。
このように「形式」を把握するということは、その曲が「どのような場面によって構成されているか?」を理解する第一歩なんだよ。その理解があってこその「メロディー」「和声」「リズム」「ダイナミクス」「アゴーギグ」といった「音楽の分析と解釈」につながっていく。
もっと言えば和声やその進行、カデンツだって「一つの形式」を指し示してくれるし、リズムの特徴も形式の分類に役に立つ。音楽の全ての要素は「その曲がどんな形式で成り立っているか」を僕達に教えてくれるヒントになる。だからこそ「形式」に対する意識は忘れないようにしてほしいと思っている。
ハーモニーディレクターを駆使して音合わせやリズム合わせをすることは大事だけど、それはどこの楽団もやっていることだから、そこで「差」はつかない。「音楽の構成」、「骨組み」や「仕組み」を理解することを疎かにしてはいけないよ。それがあってこその「便利な道具」の活用なのだから・・・。
次回は2022年度のコンクール課題曲をテキストにして、今日学んだ「マーチの形式」についての実践的な講義にしようと思うから、次回のラボには課題曲のスコアを持ってきてね。IIかIVかは当日までのお楽しみにするけど、二人は2曲の予習を自分なりにしてくるように!
二人;はい!次回もよろしくお願いします!
オカヤン:コンクールシーズンに突入してきたから、ラボも少しペースアップしていこうと思っているよ。次回ラボの日程はできるだけ早く野々花ちゃんに連絡するね。
野々花:はい!よろしくお願いします。
***
「いやー学びが深い!」
隆が満足そうに伸びをする。ステップも軽やかで、そのまま天まで駆け上がりそうな勢いである。
「ずいぶん楽しそうだね」
野々花は対照的に葬列にでも参加しているような足取りである。
「先輩、ラボの時は普通でしたけどずいぶんダルそうですね、具合悪いんですか」
軽やかなステップのまま隆が尋ねる。
「いや体調は問題ないんだけど、なんかかったるいんだよね」
「ラボがですか」
「いや、ラボは大丈夫。てか失礼だなアンタ。講義は助かってるし君の言う通り学びが深い。でもなんか音楽をやるモチベーションがない」
あまりにダルいのでつい後輩に本音が出てしまう。
「いやー、先輩がそれ言ったら部活終わりますよ」
「そもそも始まってすらいねえよ」
ラボの時間は楽しかったし、次回のラボへの期待も高まるのだが、いろいろなことへのおっくうさだけはどうにもならない。
「先輩、肉が足りてないスね」
「肉?」
「やる気が出ない時は肉ですよ。今日一緒に焼肉行きます?」
「いやー、そういうのはホラ、うちの部活はいちいち恋愛ネタにするから面倒」
そうなのだ。最近なにもかもおっくうなのはそれなのだ。新入生の本入部も決まって人数が確定したのは良いのだけれど、まだパートナーがいない1、2年生はまだしも、3、4年生まで学年を問わず部員は楽器や音楽よりも恋だの愛だのに熱心で、「おいおいおまえらもコンクール出るかもしれんのやで」と野々花は呆れてしまう。
そんなに大所帯というわけではないので、部員のうち半数以上はコンクールに出ることになる。
とはいえそれは野々花や隆も通ってきた道だ。コロナのせいで恋だのなんだのという雰囲気も数年なかったので、冬を超えて一斉開花しているだけなのだ。それはわかるのだが、恋愛沙汰のせいで部活動に影響が出ることも増えていて、まあ鬱陶しいことこのうえない。「酒は呑んでも呑まれるな」みたいな話なのである。
なので後輩とはいえ男性と一緒に焼肉に行くとなったら「えー、付き合ってるの?」みたいな話になるわけで。
「え、誰も二人で行くとは言ってないですよ」
隆が驚いた様子でステップを止める。
「えっ」
野々花も足が止まる。しまった。迂闊であった。これは恥ずかしいぞ。隆の目がだんだんと憐れみを帯びてくる。
「えっ、いや、何人かで、っていう話です、もちろん」
「あ、ああ、そうだよね、そう、それならオッケー。全然。くるしゅうない」
「了解です、調整しますね~」
「あ、うん」
ここで妙な空気にならないところが隆のやりやすいところだ。非常に助かる。
とりあえず肉を食う。肉を食ってから今日のラボの復習をしよう。それでいいのだ。
***
(第8講に続く)
文:岡田友弘
ストーリーパート:梅本周平(Wind Band Press)
※この記事の著作権は岡田友弘氏およびWind Band Pressに帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!(これまでの連載はこちらから)
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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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