「4声の合唱作法と3和音の転回形」プロの指揮者・岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第17回




 

管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

コラムを通じて色々なことを学べるはずです!

第17回は「4声の合唱作法と3和音の転回形」。

「和音の超基礎」の第3回目ですが、最後にワーグナーの「タンホイザー」をちょこっと使っているので「これよこれ」という感じで読んで頂けるかと思います。

さっそく読んでみましょう!


合奏するためのスコアの読み方(その12)「合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(3)」今回も前回に引き続き「学生指揮者、吹奏楽指導者が知っていて損をしない和声の超基本」についてのお話です。今回皆さんがインプットすることは以下のようなことです。頭に入れること・4声の合唱作法と各声部の音域の範囲を理解する・3和音の転回形の通奏低音作法・3和音の転回形の使用例を知る身につけること・4声の合唱作法で3和音の基本形を書くことができる・通奏低音作法で3和音の転回形を書くことができる・4声の合唱作法で3和音の転回形を書くことができる前回コラムも読み返しながら今回のコラムを読んでもらうと、理解が深まると思います。(印刷して手元に置いておくのもオススメです!)§1. 合唱作法=4声体とは何か?前回は「通奏低音作法=密集位置」での3和音の書き方を習得しましたね。今回は「合唱作法」での3和音の書き方を習得していきましょう。「合唱作法」とは読んで字の如く合唱のための楽譜の書き方です、皆さんも学校の音楽の授業や合唱コンクールの経験があると思います。男子校、女子校の皆さんは別として共学の学校の皆さんは女性と男性(女声と男声)にパート分けされた合唱の楽譜を歌っていたのではないでしょうか?そのパート分けには大きく分けると「2部合唱」「3部合唱」「4部合唱」などがありますが、今取り上げる「合唱作法」は「4部合唱=4声体」で書かれた楽譜の記譜法です。4声つまり4つの声(ボイス)のパートで構成される編成という意味です。この4声体の合唱作法で書かれた和声のことを「和声の開離位置」と呼びます。通奏低音作法での「和声の密集位置」と対をなすものになっています。§2.それぞれの声部の名称と音域4声体の合唱作法の各パートにはそれぞれ名称があります。皆さんも合唱をした際にいずれかのパートを歌ったのではないでしょうか?それは高い音域から「ソプラノ」「アルト」「テナー(テノール)」「バス」と呼ばれます。声楽の音域や合唱の音域には「メゾソプラノ」「コントラルト」「カウンターテナー」「バリトン」「バスバリトン」などより細分された目名称がありますが、4声体においては「ソプラノ」「アルト」「テノール(テナー)」「バス」の4パートを用います。より細分化されたものもこの音域のどれかに主に属し、加えて隣接する音域の声もカバーしています。各声部の音域ですが、その学んだ環境やその国のテキストの違いにより若干音域が異なります。僕の自宅にある和声学の専門書のいくつかを参照したところ、主にその声部の最低音の違いを見ることができました。人によって出せる音の音域が異なりますので、だいたいこれくらいの音域と把握しておきましょう。日本の和声法のテキスト(ヤマハ音楽振興会「新音楽講座『和声法』」(竹内剛、菅野真子)より引用)日本の合唱編作のテキスト(ヤマハ音楽振興会「新音楽講座『合唱編作』)(竹内剛)より引用)ドイツの音楽書(シンフォニア「楽譜の構造と読みかた」(H=C.シャーパー)より引用*筆者注・テノールの実音の音域はソプラノの音域の1オクターブ低い音域ヒンデミットの和声学(音楽之友社「和声学(第I巻)」(ヒンデミット/坂本良隆訳)より引用ピストンの和声法(音楽之友社「和声法」(ピストン/デヴォート/角倉一朗訳)より引用これらの音域表は人声に由来していますが、各管弦打楽器にもそれぞれ主に属す音域のグループがあります。例えばそれは各弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)の音域に当てはまります(上に示した音域よりも実際は広くなります)。また、吹奏楽の基礎合奏で各楽器を4つに「グループ分け」している団体が多いと思いますが、この4つのグループ分けも基本的にはこの「4声体」が基本になっています。あくまで「基本」ですので楽器によっては二つのボイスの音域を横断的にカバーしている楽器が複数あります。どちらにしても「無理なく良い響きのする得意な音域」がそれぞれの楽器にはあり、それはこの4つのグループのどれかに所属しています。今後、皆さんがスコアを読んだり合奏をしたりする時には、この「4声部」について強く意識してほしいと思います。そのことを意識することでたくさんの楽器で演奏される複雑なフルスコアも可能な限りシンプルに組み替えることができるはずです。参考までにアメリカの作曲家ウォルター・ピストンが著した「和声法」のなかで4声書法についてとてもわかりやすい記述がありますので引用します。

18世紀と19世紀のたいていの音楽は、4声和声で構想されている。このことは各和音に4つの音があり、4つの異なる声部があることを意味する。鍵盤音楽や室内楽ではしばしば3声書法も見られるが、それらは4声を暗示していることが多い。他方、オーケストラのスコアには外見上多数の声部があるが、それらはたいてい基本となる4声和声において音を重複した結果である。

(ウォルター・ピストン(角倉一朗・訳)「和声法」(音楽之友社)より引用)人間の聴覚は特別に訓練しなくてもある程度慣れてくると(意識して聴くようにすると)大体4つの声部までは聞き分けるようになると言われています。ちょうどこの「4声」のボイスと合致します。僕たちのような職業音楽家はそれ以上のボイスを聞き分けることができますが、それは天賦の才能だけでなく、経験がその能力を与えてくれた側面が大きいです。闇雲に「すべての音を聴き取ってやる!」と最初から思わずに、まずは「4声」くらいの動きや響きを聴くという意識を持ちましょう。最初から4声が難しそうだったら1声、2声、3声と徐々に意識して聴く声部を増やしていくことも一つの方法です。最初から「自分は才能がないから・・・」と嘆かずに、少しずつ自分の可能性を広げていきましょう!§3.4声の合唱作法での3和音の書き方4声の合唱作法は2段の楽譜で書かれます。それそれの音域の配置はソプラノとアルトを上の譜表に、テノールとバスを下の譜表に書きます。それぞれの声部を書くときの注意点は上の3つの声部どうし(ソプラノとアルト、アルトとテノール)の間隔が1オクターブ以上にならないようにすることです。バスとテノールの間隔はオクターブ以上になっても構いません。声部進行をはっきりさせるために、ソプラノとテノール(各譜表の上声部)は符尾(ぼう)を上向きに、アルトとバスは符尾を下に引きます。3和音の基本形を4つの声部に振り分けるとき、ある一つのボイスを重複する必要が出てきます。原則的には基本形においてはバス音を重複しますが、5音を重複することもあります。3音の重複は例外的な場合にのみ用いられますが、3音重複は今回の場合は行いません。4声体の合唱作法で書かれた3和音の基本形はこのように書かれます。例題・合唱作法で書かれた3和音それでは例題を参考にして実際に書いてみましょう!練習問題1・欠けている声部の音を入れてみよう§4.3和音の転回形における通奏低音作法と合唱作法での書き方3和音の転回形については前回もお話ししましたので忘れていたら前回の記事を再度確認してみましょう。(*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→第16回「和音の転回形は双子や三つ子の違いのようなもの?」第1転回形=6の和音バス音が3和音の第3音となる第1転回形はバス音上に音を集める(音の集積)とその音程の間隔は1-3-6の数字で表される「3-6」の和音となります。実際に記譜されるときには3は省略され「6」のみが残り、名称は「6の和音」となります。(ただし音を半音階的に変える必要がある時には数字は全て書かなくてはいけません。)6の和音ではそれぞれの和音の根音か第5音を重複させます。バス音(6の和音の場合は第3音)の重複は例外的な場合にのみ用いられます。第2転回形=4―6の和音バス音が3和音の第5音となる第2転回形はバス音上に音を集めるとその音程間隔は1-4-6の数字で表される「4-6」の和音となります。6の和音と区別するためにこの名称は省略されないでそのまま用いられます。4-6の和音では原則としてバス音を重複させます。6の和音は実際にどこで用いても構いませんが、4-6の和音を使う時には特定の規則を守る必要があります。それは以下のようなものです。a)終止的4-6の和音→終止を導き、*強拍に置かれる。b)経過的4-6の和音→**ドミナント関係にある3和音の基本形と6の和音を結びつけ、弱博に置かれる。c)同一バス音上の4-6の和音→ある3和音の二つの基本形の間で、強拍か*弱拍に置かれる。補助型と呼ばれることもある。d)和音の変化がないが根音と5音を交代してドミナント感を示唆する効果や、主和音の別の形を提供する効果がある。(例=行進曲のベースラインによく登場する音の交代など。俗に「一日十五日(ついたち・じゅうごにち)」と言われる。1と5の音を往復する様子を1か月のカレンダーに当てはめた例え。)*「強拍」とは小節、又は拍子の強部。対義語は「弱拍」。指揮棒を上から下にさげて指示するので「ダウンビート」の別名がある。譜表上では第1拍がこれに当たる。4拍子においては第3拍がそれに次ぐものである。**ドミナント関係とは2つの和音の根音が完全5度か完全4度離れているときの状態のこと。つまりある根音から数えると「属音」「下属音」の音にあたる。(*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→第10回「本来の「音程」の意味」§3それでは通奏低音の作法、合唱作法の二つの方法での2種の転回形の書き方をみてみましょう。例題・2つの作法で書かれた6の和音例題を参考にして実際に3和音の第1転回形、6の和音を完成させましょう。練習問題2・左の譜表には「通奏低音の作法」で内声部を、右の譜表には「合唱作法」で欠けている声部の音を入れてみよう。次は、第2転回形「4-6の和音」です。基本形や6の和音との違いを意識しながら確認してみましょう。例題・2つの作法で書かれた4-6の和音それでは実際に4-6の和音を完成させてみましょう。練習問題3・左の譜表には「通奏低音の作法」で内声部を、右の譜表には「合唱作法」で欠けている声部の音を入れてみよう。§5.転回形の使用の例実際の音楽作品で3和音の転回形がどのように使用されているのかを見てみましょう。皆さんはほとんどが吹奏楽部や吹奏楽団で活動していると思いますが、吹奏楽以外の音楽にもたくさん触れてほしいので、吹奏楽以外の楽曲での使用例を示したいと思います。ぜひこれらの曲の全曲を、できるだけ多くの演奏家やオーケストラの演奏で聴いてほしいと思います。その中で「お気に入りの演奏家や指揮者、オーケストラ」を発見してほしいと思います。6の和音および4-6の和音の使用例;ワーグナー「タンホイザー」序曲よりペータース版スタディスコアより引用この楽譜にはまだコラムに登場していない和音構成がありますが、ここでは転回形の部分だけに注目しましょう。1小節目の赤くなっている部分がホ長調(E-Dur)の3和音の基本形、青くなっている部分がその第1転回形です。15小節目のシルバーになっている部分は16小節目の赤く囲まれているロ長調(H-Dur)の3和音の第2転回形になります。これはドイツの作曲家ワーグナーの楽劇「タンホイザー」序曲、冒頭部分です。曲の途中ではないので、すぐにその場所がわかると思います。実際に聴いてみてその響きの違いを聴き比べてみましょう!このフルスコアはクラリネットがin A、ホルンがin E、ファゴットがヘ音記号で記譜されています。これら「移調楽器」についてのお話は、また改めてコラムで取り上げていきますが、in Aは「ドの位置が実音のA」、in Eは「ドの位置が実音のE」で書かれている楽譜です。「タンホイザー」はとても有名な曲ですので、たくさんの録音があります。僕も多くの音源を持っていますが、その中からおすすめを5タイトル選んでみました。Apple Musicなどのサブスクリプションやナクソス・ミュージックライブラリーなどでも聴くことができるものがほとんどですのでぜひ聴いてみてください。・クリスチャン・ティーレマン指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団「ワーグナー管弦楽作品集」・ジェイムズ・レヴァイン指揮・メトロポリタン歌劇場管弦楽団「ワーグナー;序曲・前奏曲集」・クラウディオ・アバド指揮・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団「ワーグナー管弦楽作品集」・サー・ゲオルグ・ショルティ指揮・シカゴ交響楽団「ワーグナー;序曲・前奏曲集」・ロジェ・ブートリー指揮・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団「レスピーギ;ローマの松」(吹奏楽編曲での演奏)♪♪♪実際に「タンホイザー」序曲を聴いてみよう!合唱作法や各ボイスの音域については理解できましたか?また3和音の転回形についても段々と理解が深まってきたでしょうか?次回は「和声進行の第一歩」を踏み出します。今まで習得してきたものがどのように繋がっていくのか?スコア分析や合奏で大事なのは一つひとつの響きだけではなく「和音と和音のつながりのドラマやストーリー性」です。次回の中心テーマは「緊張度で分類される和声進行の種類分けの基本」と「3和音の連結で作られるカデンツ」の予定です。次回もお楽しみに!!!!今回の確認テスト!!!1. 4声の合唱作法で書かれた和声の位置のことを「和声の何位置」と呼ぶ?(→わからなかったら§1をもう一度読んでみよう)2. 4声体のそれぞれの声域の名称と大体の音域は?(→わからなかったら§2をもう一度読んでみよう)3. 合唱作法で書かれる和声の書き方の原則は?(→わからなかったらもう一度§3を読んでみよう)4. 転回形の実際の使用例として取り上げた作品名と作曲者は?(→わからなかったらもう一度§5を読んでみよう)練習問題の解答練習問題1練習問題2練習問題3→次回の記事はこちら


文:岡田友弘※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!

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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)


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