グランドフィナーレ!「形式学」をどのように実際の曲に活かすのか?ホルスト《軍楽隊のための組曲第1番》を例題に(後編):プロの指揮者・ 岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第53回(最終回)






 

管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

シーズン2はよりわかりやすくするため、「オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ」と題した対話形式となっています。

今回は第11回。「グランドフィナーレ!「形式学」をどのように実際の曲に活かすのか?ホルスト《軍楽隊のための組曲第1番》を例題に(後編)」です。

さっそく読んでみましょう!

(前編はこちら)


グランドフィナーレ!オカヤン先生の「スーパー学指揮ラボ」(終・第53回)「形式学」をどのように実際の曲に活かすのか?ホルスト《軍楽隊のための組曲第1番》を例題に・・・吹奏楽の「古典」は音楽を表現する上で大切なことの宝庫だ!(後編)

 

ここは東京郊外、自然豊かな丘陵にある私立総合大学。その一角にあるオカヤン先生の研究室では、オカヤン先生と2人の学生によるゼミ形式の講座が開かれている。学指揮に必要な音楽のことを中心に学んでいくのが、この研究室の目的である。

【登場人物紹介】・オカヤン先生(男性)・・・このラボ(研究室)の教授。プロの指揮者としてオーケストラや吹奏楽の指揮をしながら、悩める学生指揮者のためのゼミを開講している。

・野々花(ののか・女性)・・この4月から大学4年生(文学部)。大学吹奏楽部で学生指揮を担当している。作曲などにも関心を持っていて、音楽理論にも詳しい。音楽への情熱も人一倍強い。音楽に没頭するあまり、周りが見えなくなることも。彼女の所属している吹奏楽部は通常、4年生が正学生指揮を務めるが、ひとつ上の学生指揮者の先輩が退部したため、3年生から正学生指揮者を務めている。担当楽器は打楽器だが、必要に応じてピアノも担当する。部員には知られていないのだが、実はハープを演奏できる。

・隆(たかし・男性)・・・この4月から大学3年生(法学部)。野々花の後輩で、大学吹奏楽部では副学生指揮者として野々花と協力しながら活動している。音楽がとにかく大好きで、指揮することの魅力に取り憑かれている。野々花ほど音楽に詳しくはないが、人望が厚くみんなから慕われている。若い頃はサッカーを本格的にやっていたようなスポーツマンでもある。担当楽器は大柄な体格であることと、実は幼少期にヴァイオリンを習っていたという理由だけで、同じ弦楽器であるコントラバスを担当している。

・真優(まゆう・女性)・・・この4月から大学2年生(総合政策学部)。野々花、隆の後輩で最近次期学生副指揮者となった。小学校まではイギリスやアメリカで暮らしており、中学進学を機に日本へ帰ってきた。幼い頃からピアノやフルートなどを学んでいる、期待の新人である。担当パートはフルート、最近はピアノやチェレスタなどこれまで野々花が担当していたパートを担当している。性格は明るく、海外生活が長いこともあり自分の意見はしっかり主張するタイプ。

彼らが所属している吹奏楽部は、演奏会やコンクールといった本番も学生が指揮を担当しており、オカヤン先生は直接彼らの吹奏楽部の活動には関わっていない。学生指揮者としての音楽作りや指揮法などについてのレッスンを受けようと、専門家であるオカヤン先生が開講するラボに参加することにした。

 

3人;オカヤン先生、後半も引き続きよろしくお願いします!

オカヤン;十分な休憩を取ることができたかな?

野々花;はい、校門近くのカフェに入って、3人で頭を休めてきました。

オカヤン;有名な女神のマークの店かな?あそこはいつも賑わっているよね。

隆;男1人で入るのはなかなか勇気がいるので・・・今日は女子2人と一緒ということで堂々と入れました!

真優;男子とか女子とかあまり関係ないとは思いますが!

オカヤン;それもそうだけど、なかなか隆くんのようなタイプの学生にはハードルが高いかもね。とはいえ3人で色々な話ができたのかな?

野々花;はい。部活のことや音楽のこと・・・そのほか色々な話ができました。普段はあまりそのような時間もなく、学生指揮者同士で情報や気持ちの共有ができたと思います。

オカヤン;音楽、特に合奏やアンサンブル団体で音楽をしている人は、音楽の時間だけでなく、色々な機会を作ってコミュニケーションすることが大事だよ。指揮者は特に、指揮者同士、そして演奏メンバーとのコミュニケーションを密にしていく方が、特にアマチュア奏者の間では重要だよ。「指揮者は孤高の存在」とか「指揮者は孤独」とは言われるけど、それは特に僕たちのようなプロの演奏家については当てはまるけど、アマチュア、特に学生同士の関係の場合はやはり、どちらが上とか下ではなく、フラットに良好な関係を作っていくことが必要だよ。これがなかなか難しい・・・。学生指揮者のなかには一定数それを履き違えている人がいる・・・全てがそうだというわけではないけど。

演奏会の成功のため、悔いのない部活動にするため、音楽以外のことにも目を配ること。それは部長やパートリーダーだけでなく、学生指揮者も積極的に行動していこう。

野々花;はい。これまでの活動の集大成として、皆で良い演奏ができるように頑張ります。

オカヤン;それを前提に、このラボでは音楽を演奏、指揮するために必要なことをしっかり学んでいくよ!

第4章・「シャコンヌ」で提示、展開されたものが、どのように展開と変化をしていくかを読み込もう!

オカヤン;前半では第1楽章「シャコンヌ」の形式を中心に曲の概要を勉強したけど、後半は第2楽章と第3楽章について見ていくよ。それではスコアを開いて、第2楽章と第3楽章に付けられている曲名はどうなっている?(読者のみなさんも「軍楽隊のための第1組曲」のスタディースコアを見ながら読み進めると、よりわかりやすくなると思います。国内の出版社から1000円弱で発売されています」

野々花;第2楽章は「インテルメッツォ」、第3楽章は「マーチ」です。

オカヤン;その通り!ではそれぞれの拍子はどうなっているかな?

野々花;第2楽章の冒頭が4分の2拍子、第3楽章は2分の2拍子です。

オカヤン;第1楽章は何拍子だった?

野々花;4分の3拍子でした。

オカヤン;この作品は3曲で構成されているが、各曲のウエイト的には第1楽章が約50%、そして残りの第2、第3楽章が50%くらいの時間配分になっている。つまり3拍子系の部分と2拍子系の部分が1:1となっている。このバランスの均衡をホルストが意図したかどうかはわからないけれど、この配分は絶妙なバランスを保っている。これもまた「名曲」たる所以の一つだと言える。

そしてこれはとても大切なポイントだけど、1楽章で登場した主題が形を変えて登場する。それは一見するとよくわからないものもあるけど、丁寧に紐解いていくことでそれが見えてくる。それが指揮者の喜びであり、音楽の喜びになる。

では「第1組曲」の後半部分となる二つの楽章をもう少し詳しく見ていこう。

第5章・第2楽章~「隠されたシャコンヌ主題」を見つけ、楽曲の形式を把握する

オカヤン; それでは第2楽章「インテルメッツォ」から。「インテルメッツォ」とはイタリア語で「間奏曲」という意味だよ。オペラの幕間に演奏されるから「(幕)間(で)(演)奏(される)曲」だから「間奏曲」。そのような理由から全曲の最初や最後に「間奏曲」は置かれない。この曲は3楽章形式なので真ん中のこの楽章にその名がつけられている。

この曲はとても軽快でチャーミングな雰囲気を持っている。それはテンポの影響なのだけど、ただ明るくチャーミングというわけではないのがこの曲の素晴らしい部分のひとつだ。はじめに形式的なことを説明するよ。この楽章は大きく分けて4つの部分に分かれている。(小節数については楽曲のスコアを参照してください)

【主部】4分の2拍子=1~66小節

【中間部】4分の4拍子(テンポは変わらない)=67~98小節

【再現部】4分の2拍子=99~122小節

【コーダ(結尾部)】4分の4拍子=123~142小節

これにもまた「形式美」を僕は感じる。2拍子―4拍子―2拍子―4拍子というふたつの拍子が交互に来る「拍子の交錯」が見事にバランス感覚を保って配置されている。どちらに寄るわけでもない見事な構成だ。

次にこの楽章を「調性的」な点から見てみよう。これもまた「シャコンヌ楽章」つまり第1楽章と密接な関わりを持っているだけでなく、2楽章単独でも非常に完成度の高い構成になっている。これまで「スーパー学指揮への道」で勉強したことがいくつか具体化されているよ!

この楽章の主部の調号(フラットやシャープ)の数は「フラット3つ」だね。それは「シャコンヌ楽章」冒頭に付けられている調号の数と一緒だ。そうなると・・・「変ホ長調」?と考えるが、2楽章冒頭の響きやメロディーの感じは「長調的」には聴こえないよね?つまり「短調」だ。調号の数が変わらない長調と短調の関係を「平行調」というけど、まさにこの第2楽章冒頭は、第1楽章の主調である変ホ長調の「平行調」、つまり「ハ短調」なんだよ。調号の数を変えずに雰囲気や色を変えられる「魔法」のようなものだね。このことで最小限の作業で雰囲気や色を変えることができる。この作品だけでなく、多くの音楽作品で用いられているよ。

そして、この2楽章の主部のメロディーと1楽章の「シャコンヌ主題」にも密接な関係がある。それを意識して指揮、演奏をするかしないかで大きな差が出でくるはずだ。では、そのメロディーを見比べてみよう。



ホルスト「軍楽隊のための第1組曲」コンデンススコア(ブージー&ホークス社)より引用

注目してほしいのはそれぞれのメロディーの最初の3音だよ。なんと!どちらも同じ音の並びになっているね。この作品の各楽章や各主題が密接に関わりを持っているという一例だよ。ホルストは親切なことに、言い換えるとその密接な関わりを強調するために、2楽章のこの旋律の3音に「アクセント」記号をつけている。これは作曲家のメッセージとして読み取ることができるね。「この3音はシャコンヌ主題の最初の3音と同じ」というメッセージをこのアクセントに託しているように感じる。


ホルスト「軍楽隊のための第1組曲」コンデンススコア(ブージー&ホークス社)より引用

しかもそれだけでは終わらないのがホルストのこの曲のすごいところだ。今度は2楽章中間部の旋律と見比べてみよう。この中間部のメロディーは3つめ、4つ目、6つ目の音に注目してみてほしい。それらの音も「シャコンヌ主題」の最初の3音と共通している。4つ目と5つ目の音は同じ音なので、音の並びと順番も全く一緒だ。つまり「シャコンヌ主題」と「2楽章の主部メロディーおよび中間部メロディー」には共通性があり、密接な関係を持っているということ。それを意識して指揮をすることもぜひ忘れないでほしい。多くの人はこのことに気がつかないと思うけど、優れた音楽家や指揮者、指導者は「この学生指揮者、音楽をよく勉強しているな」と直感するはずだ。音楽理論に詳しくない人でも、そのようにしっかり解釈した演奏を聞いた時にはきっと「奥行きや深み」のある演奏だと感じてもらえるはずだよ。

この中間部のメロディーにはもうひとつ特徴がある。このメロディーは「ハ短調」とも「変ホ長調」とも違う感じの曲想だね。実はこれは「ヘ音のドリア調」で書かれた旋律だよ。以前「スーパー学指揮への道」で勉強した「教会旋法」の回に「ドリア旋法」というのが出てきたのを覚えているかな?ここではその「ドリア旋法」が用いられている。ドリア旋法を簡単に説明すると、各音程の間隔が「全音―半音―全音―全音―全音―半音―全音」となっている音階のこと。調号のついていない「ハ長調」の場合「レからスタート」するとドリア旋法ができるので、この曲のように「変ホ長調(ハ短調)」の調号がついている場合は、ファ(へ音)から音階をスタートさせると「ドリア旋法」と同じ音程間隔の音階になる。このメロディーはそのような音階を用いることで、さらに調号を変えずに音楽の雰囲気や色を変化させることに成功している。これもまたホルストのマジックといえるね!ドリア旋法は中世ヨーロッパでは「メイン」で使われていた旋法で、その特徴として「厳粛、優雅、つつましやか、控えめであるが、常に平穏、静寂の旋法である」(水野良雄「グレゴリオ聖歌」音楽之友社より)といわれているんだよ。

(参考コラム・第8回「音階と教会旋法」)

調性的な面で見ると「再現部」ではヘ短調(へ音ドリアとも取れる)を経て「ハ短調」に戻ることで冒頭部との整合性を確保した後に、ハ短調の「同名調」つまりスタート音が同じ長短調の関係にある「ハ長調」で明るく終わる。

この曲のもうひとつの表現するための分析ポイントは「コーダ部分」だ。この部分には第2楽章の主要な要素が全て詰まっていて、それが同時進行してひとつの音楽を作っている。主部の旋律、中間部の旋律、主部の途中から登場するベースライン・・・これが見事に融合して素晴らしいエンディングを作り出しているんだ。これを指揮者がしっかり理解して表現に繋げることができるかがとても大事になってくるよ。

第6章・「終わりよければすべてよし」~全曲の締めくくりとしての「最終楽章」の形式と「シャコンヌ主題」との関係

いよいよこの曲の「フィナーレ」第3楽章だ。

この曲のタイトルは「マーチ」。吹奏楽といえば「マーチ」、吹奏楽の演奏会でも、吹奏楽コンクールでもマーチはとても重要な位置付けをされて多くの団体が演奏しているね。このマーチはイギリスの作曲家ホルストらしい「ブリティッシュマーチ」だ。どの辺がブリティッシュかというと、まずはあまり速くないテンポであるということ。アメリカのマーチなどに比べて落ち着いたテンポが多いのが英国やヨーロッパの行進曲だといわれているけど、その理由は兵士の「行進の仕方」が影響しているのではないかという説があるんだよ。また中間部の優雅な旋律はエルガーの「威風堂々第1番」やウォルトンの戴冠式行進曲「王冠」(クラウン・インペリアル)」のように荘厳で高貴な印象を持つ曲で、ホルストの作った旋律の中でも組曲「惑星」の中の「木星」の中間部に匹敵する名旋律だという人もいる。

まず3楽章全体の構成を見てみよう。

拍子は全曲を通じて2分の2拍子

【前奏】=1~3小節

【主部】(変ホ長調)=4~36小節

【トリオ】(変イ長調)=37~87小節

【経過部】=88~121小節

【再現部】(変ホ長調)=122~168小節

【コーダ(結尾部)】=169小節~179小節

このように基本的なマーチのスタイルで書かれている。それだけにその形式を大切にして演奏してほしい部分だよ。主部が「変ホ長調」でトリオが「変イ長調」(変ロ長調にフラットをもうひとつ加えた調)になる。そしてまた「変ホ長調」へ戻るんだけど、「変ホ長調」を中心に見ると、「変イ長調」はその5度下に出来る調。主調から見て5度下にできるものを「下属調」という。ちなみに5度上にできるものを「属調」というよ。このことも以前の「スーパー学指揮への道」で勉強したね。

(参考コラム・第18回「和声の進行についての導入篇~カデンツとは?」)

「主調」―「下属調」―「主調」の進行を「サブドミナント進行(S進行)」と呼ぶんだけど、これは音楽の起承転結に大事な要素である「カデンツ」の一種。この進行によって曲の骨格や起承転結が完結するんだよ。そのような「調の関係性」にも注目することが指揮者に必要な着眼点だ。

それでは、この楽章の主要なテーマと「シャコンヌ主題」の関係性を見ていこう。



ホルスト「軍楽隊のための第1組曲」コンデンススコア(ブージー&ホークス社)より引用

まずは「主部」のメロディーから。一見「シャコンヌ主題」とは違うものに見えるけど・・・実はこれは「シャコンヌ主題」最初3つの音が、この部分の最初の3音と「反行」の関係になっている。この「反行」という言葉は少し難しくて意味がわからないと思うので少し説明するよ。

「反行」とは、ある音程の動き方の「真逆」の動きをする音程関係のことで、2つの声部が互いに反対方向へ動くことをいう。つまりひとつの音型が上の方に行く(上行する)場合、もう片方の音型は下の方にいく(下行する)関係を「反行(反進行)」というよ。「シャコンヌ主題」は「ミb-ファ-ド」と上行している。その逆にこの主部のメロディーは「ソ-ファ-ド」と下行している、これがまさに「反行」の関係ということになる。こうやって「シャコンヌ主題」を発展させて新しいテーマを作り出しているんだけど、これもまた多くの作曲家が用いる手法だよ。その中でもホルストの「シャコンヌ主題」の発展はメロディーの素晴らしさという点でも非常に素晴らしい。


ホルスト「軍楽隊のための第1組曲」コンデンススコア(ブージー&ホークス社)より引用

では次は中間部の主題だ。これは第2楽章と同様に、最初の3音がシャコンヌ主題の最初の3音と同じになっている。これでより各楽章のテーマの共通性を強く印象づけることに成功しているんだ。この共通音からこの魅力あるトリオのメロディーをホルストは作り出した。このことに思いを馳せながら指揮をするのとしないのとでは大きな差が出てくると思うよ。

もうひとつ、音楽を分析し表現する上で大事なポイントを挙げるよ。それは前回も少し触れた「対比」についてだ。第3楽章における「対比」の好例として主部のメロディーを「金管セクション」のみで演奏する部分と「木管セクション」で演奏する部分がある。金管セクションの部分はまるで「ブリティッシュ・ブラスバンド(英国式金管バンド)」のような響きがする。そして木管セクションの部分は、フレデリック・フェネルという指揮者の言葉を借りると「村のバンドのような」サウンドの部分で、金管セクションで演奏される部分とは違ったキャラクターを感じることができる。このような「アンサンブル形態」の変化による「対比」も指揮をする上で大切にしていきたいポイントだよ。

第7章・おわりに

オカヤン;以上が形式に見るホルスト「第1組曲」のポイントになる部分だよ。このような観点でスコアを研究していくことは「楽曲分析」には欠かせないことだ。つい「和声」などのことにばかり気を取られて「形式」について考えが及ばない学生指揮者やアマチュア指揮者が少なくない。だからこそ「スーパー」なものを目指すにはその「一歩先」、しかしとても大事な要素に気がついて分析し、それを演奏に活かす必要がある。今回「第1組曲」で学んだことは、他の曲にも応用できることばかりだから、今後色々な曲を演奏、指揮してく際にもこれらのことに気をつけながらスコアを読んでほしい。その上で、自分が「表現したい音楽」を「作曲家からのメッセージを読み取り」ながら追求してほしい。音楽は難しい理論やある程度の決まり事、語学でいえば「文法」のようなものがある。でも、大事なのは「解釈や表現は自由」ということ。もちろん誰かの演奏を聴いてそれを参考にするのもいいけれど、最終的には「自分の音楽」を追求してほしい。それを楽譜の中からどう読み取るか・・・それを常に考えてもらいたい。その「自由」を許されるために指揮者には「楽曲を分析してそれを表現に繋げる」という「責任」がある。そのために少しでも役にたつ知識をこれまでのラボや「スーパー学指揮への道」を通して学生指揮者のみんなに伝えてきたつもりだよ。これを活かして今後の音楽活動をより実りあるものにしてほしい。

野々花;はい!このラボで学んだことをしっかりと実際の演奏に活かして、大学生活最後の演奏会を良いものにしていきます。

隆;僕も自分の指揮する曲を、今日のラボを参考にしてスコアを読み直してみたいと思います!・・・ところでずっと気になっていたのですが、今日の先生の研究室、ずいぶんたくさんのダンボール箱があって本棚の本なども少なくなっているのですが・・・引越しでもするのですか?

オカヤン:よく細かい変化に気がついたね。実は急な話なんだが、来年から中央アジアのある共和国の政府からの依頼で、その国の交響楽団や吹奏楽団の育成をするため、その国の音楽院に教授として招かれたんだよ。僕としても発展途上の国の文化の発展の手伝いができたらと思って思い切って引き受けることにした。だからここでの仕事は今月で終えて、新年早々その国へ向けて旅立つんだ。旅立つ前に3人の学生指揮者とこのラボができたことは僕にとっても嬉しかったし、今後の僕の仕事にも必ず活きると信じているよ。本当にありがとう、3人ともよく頑張ったね!

そのような理由で今度の演奏会も、来年度のみんなの活動も見届けることはできないけれど、遠い異国の地からみんなの活動を見守っているよ。海外に行くとは言ってもインターネット経由で連絡はできるから、いつでも遠慮せずに連絡してほしい。オンラインでのラボもできるしね。とはいえ、ここからは自分たちで道を切り拓いていくことが大事だよ。プロアマ問わず指揮者は自らの道を自分で切り拓いていかなくてはいけない。その中で多くの良い仲間や良い助言者との出会いや交流が鍵となる。そのための行動も怠らず、自分らしく陽気に楽しく、真面目に音楽に向き合ってほしい。これは僕との約束だ。

3人;はい!

オカヤン;これからその国の大使館で大使との打ち合わせがあるから、ラボはこの辺でお開きにしよう。これまで本当にありがとう。またいつか元気に会える日まで!

じゃ、研究室の施錠、3人にお願いしていいかな?

(オカヤン、足早に部屋をあとにする・・・)

「オカヤン先生のスーパ学指揮ラボ」完

***

新年に向けた部屋の掃除や片付けもあらかた終わり、野々花は昼食に家でカップ麺をすすり、その後近所のカフェの2階で温かいカフェラテを飲みながら一息ついている。冬なので寒いことは寒いが、店内は暖房が効いているし、天候も快晴。気持ちの良い午後である。

チェーン店ではなく独立したお店のようなのだけれど、1階がケーキ売り場で2階がイートインスペースになっている。支払いは後払いで、テーブルの上には「ラテ」と走り書きされた伝票が置いてある。近所にあるものの、最近までこの居心地の良い店に入ったことがなく、いまさらながら悔やまれる。

思い返すと本当にあっという間だった。駆け抜けた、という表現がピッタリの4年間だっただろう。

学生指揮者として、吹奏楽部の一員として、全力を出し切った、やりきったという感覚がある。本業の学業については、まあそこそこである。まだ年明けにもやることが残っているし。

オカヤン先生のラボがなければあそこまで学生指揮者としてスコアと向き合うこともなかっただろう。なんといっても自分はプロではないのだ。それまでは「どうせ自分もバンドもアマチュアなんだから」という気持ちもあって、音楽理論をかじった程度でしかなかった。

しかしスコアに深く踏み込んだ先にさらなる喜びの園が開けていることを知った。先生がいなければ、自力で到達することはなかっただろう。

年明けから、と言っていたので、そろそろオカヤン先生も異国に旅立つ頃だ。今頃は日本の年末を噛みしめているのだろうか。

カフェの2階の大きな窓から見えるわずかな空を見上げる。オカヤン先生も同じ空の下にいる。4年制が引退したあとの新体制の吹奏楽部員も同じ空の下にいる。どこにいようと、私たちはこの空の下でつながっているのだ。

今日もどこかで誰かが音楽の喜びを感じていることだろう。もちろん意見や感情がぶつかることもあるし、楽しくない日だってある。だが、それも含めて、音楽を作り上げていくその過程は、このうえなく尊いものだと、少なくとも自分にとっては尊いものであったと、野々花は思うのであった。

そして家に財布を置いてきたことに、まだ野々花は気がついていない。

***


文:岡田友弘
ストーリーパート:梅本周平(Wind Band Press)

※この記事の著作権は岡田友弘氏およびWind Band Pressに帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

岡田さんには、コロナ禍の2020年から、長きにわたり連載をしていただきました。この場を借りて、あらためて御礼を申し上げます。前回の52回から、今回の最終回まで、だいぶ時間が空いてしまいました。読者の皆様にはお待たせをしてしまい、申し訳ございません。お待ちいただいておりました皆様、ありがとうございます。

このシリーズコラムは今回で最終回を迎えますが、いつ読んでも学生指揮者、アマチュア指揮者の役に立つようなものを、ということで書いていただいておりますので、ぜひ何度でも読み返して頂ければと思います。

(これまでの連載はこちらから)

この連載が、皆様の音楽活動の一助になれば幸いです。

あらためまして、長きにわたりご愛読頂き、誠にありがとうございました。


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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)


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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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