管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)コラムを通じて色々なことを学べるはずです!第8回は「音階と教会旋法」。「合奏するためのスコアの読み方(その3)」です。今回は初学者にとっての関門でもある「教会旋法」の話が出てきますが、「あ、そういうこと?」と理解しやすいお話になっています。さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(その3)10月が始まりましたね。歳を取るにつれて一年がどんどん短くなっていきますが、今年は特に短く感じますね。皆さんはどうですか?「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますが、まさにそのような気候になってきました。体調を崩しやすい時期ですので皆さんも気をつけてくださいね。今回は前回の「音名」と「音部記号」のお話しからさらに話が広がっていきます。前回までのことも少しずつ思い出しながら、新しい知識を吸収していきましょう。§1.音階のいろいろ音楽は前回までにお話した「音」が連続性を持つと、旋律や伴奏、副旋律などを作ります。その中で重要なものは「音階(旋法)」です。音階(旋法)には色々な種類があります。その「旋法」の成り立ちについて見ていきましょう。様々な音階を考える上でまず皆さんが覚えておきたいことは「半音階」についてです。まずは音階における半音階について見ていきましょう。§2.1オクターブの中にある半音階の数や場所を見てみようCからオクターブ上のCまでの中に半音階はいくつあるでしょう?C・C♯・D・D♯・E・F・F♯・G・G♯・A・A♯・B・C(13の音に12の半音)(音名は英語音名で表記)これで1オクターブの半音階になります。皆さんは気づきましたか?「♯」はその音を半音あげるという意味ですね。もちろん「♭」は半音下げるという音であることは皆さんなら当然知っていることだと思います。アルファベットの横に「♯」がついていない音名が二つありますね。これは音階を形成するためにとても大事なことなのです。1オクターブを半音に分けるために12等分したときに5番目と6番目の音と12番目と13番目の音の間には「♯」のついた音がありません。つまりこの間は半音上がると次の音になるのです。文章で書くと周りくどいと思いますので、ピアノの鍵盤の画像をしめします。黒鍵は半音が出る鍵盤です。ミ(E)とファ(F)、シ(B)とド(C)の間に黒鍵がないですよね?つまりここは黒鍵がなくても「半音」なのです。これは本当に大事なことです。半音階のことを「クロマティック・スケール」といいます。語源はギリシャ語の「クローマ」でありもともとの意味は「色」つまり「カラー」です。12個の半音階にはそれぞれの色が決められ、西洋のソルフェージュ(音楽をするために必要な能力を育てる教育全般やその能力のこと)のレッスンの中で音当て(聴音)をする際に各音に決められた色を設定し、聴いた音が何の色かを判断してそのカードを挙げるというゲームもあります。僕自身各調にはそれぞれの「色」があると感じながら音楽に向き合い演奏や指揮をしています。半音が二つで構成される音を「全音」と呼びます。私たちが通常触れているほとんどの楽曲は「全音」と「半音」の組み合わせとしての「音階」で作られています。そのように構成されているものを「全音階」と称します。全音階の中で現在皆さんが触れている音楽を形成している大きな二つの全音階が「長音階」と「短音階」です。§3.全音階を構成するのに重要なポイント「テトラコード」と「長音階」の構造半音階と全音階の仕組みについて理解したところで、これから示す音の並びについて考えていきます。CDEFGAH(C)(音名はドイツ音名)これはいわゆる「ハ長調(C-Dur)」の音階の並びです。これをこのように二つのグループに分けてみます。CDEF / GAHCオクターブの音を4つの音のグループに分割しました。この音のグループのことを「テトラコード」といいます。「テトラコード」について、楽語辞典の「テトラコード」の項目を引用します。
テトラコード(英・tetrachord)
本来の意味は「4弦」であるが、ギリシャの4弦の楽器、両端が完全4度を成す連続した4度、完全4度などを意味する。古代ギリシャではテトラコードの分割、テトラコードの積み重ねが音楽理論の基礎となり、現代では民族音楽の音階や音階の旋法を理論化するのに用いられたりする。
(「新音楽辞典(楽語)」(音楽之友社)より引用)
このテトラコードをどのような全音と半音の関係になっているのかをみてみましょう。分割された2つのテトラコードは共通の構造を持っています。それは・・・「全音・全音・半音」の構造になっています!つまり、長調とは「全音・全音・半音」でできた二つのテトラコードで構成され、その二つのテトラコードの間は全音で隔てられているものなのです。今度また別の項でお話ししますが、このテトラコードを構成する音程の関係を「完全4度」といいます。完全4度は半音階5個分でできています。音の「度数」についてのお話はまた改めて・・・。ハ長調のみならず、全ての長音階は「全音・全音・半音/(全音)/全音・全音・半音」の構造を持っているのです。これは覚えておきましょう。これが理解できたら、Cから始まる音だけではなく、色々な音から始まる長音階を作ることができるはずです。この「長音階」が私たちの親しんでいる音楽で最も重要なものです。長音階を示すドイツ語 “Dur”の語源はラテン語の “durus”といい「固い」という意味を持っています。聴いた感じから「長調=明るい」「短調=暗い」と捉えがちですが、語源はこのようになっています。また日本では長調は「鄙(田舎の意味)節」短調は「都節」と呼ばれていました。短調の方が都会的で雅なものと認識されていたのですね。とても興味深いことです。§4.短音階を知る前に、知っておきたい「教会旋法」長調とその重要性で双璧をなすのが「短調」です。ですがその前にその他の音階の構造モデルのいくつかを紹介していきます。それが「教会旋法(チャーチ・モード)」と呼ばれる幾つかの旋法(音階)の種類です。「旋法」というワードを聞くと何やら難しいことになってきたと思うかもしれませんが、「旋法」=「音階」のことです。ですから長音階も「長旋法」と呼ばれることもあります。「教会旋法」の名前の由来は単純です。それらの旋法、つまり音階が頻繁に用いられたのが中世のキリスト教会の音楽であったことに由来しています。「言葉には意味があり、歴史がある」のです。それを理解することで、その言葉が真の意味でみなさんの体に染み込んでいくのではないでしょうか。主要な教会旋法には5つの代表的な旋法が挙げられます。・ドリア旋法・フリギア旋法・リディア旋法・ミクソリディア旋法・エオリア旋法・・・何やら冬に食べたい料理や、エアコンの名前のようなものや、ロールプレイングゲームの登場人物や魔法の名前のようですね!これはもともとギリシャ語です。それぞれの言葉の語源は古代ギリシャの地方や国の名前で。例えばドリア旋法は「ドーリア人」、フリギア旋法は「フリギア王国」などに由来を持っています。前項で「田舎節と都節」の話をしましたが、お国によって音階のモードや雰囲気を分けていたのですね。吹奏楽曲やオーケストラの曲にも教会旋法を効果的に用いた曲が多くあります。ドリア旋法でメロディを作った吹奏楽コンクールの課題曲もありましたし、エオリア旋法を用いた隠れた名曲もあります。最近スタディスコアが出版された「ぐるりよざ」もまた教会旋法(ドリア旋法)の賛美歌から始まります。またアルメニアの作曲家ハチャトゥリャンも自身の作品に様々な教会旋法を用いています。このように直接的にみなさんが教会旋法に触れる機会も多いのですが、この旋法への理解が長音階と短音階の関係を結ぶものでもあるのです。長音階も重要な「旋法」です。長年にわたる旋法のセンターを決める総選挙(?)で勝利した長旋法の音列の並び方が現在のピアノの鍵盤となり、その開始音が『C』になリました。そしてこの「長旋法」の音列の配置が現在の音楽の「幹音列」となりました。その「幹音列」を基準にその他の教会旋法を見ていきます。長旋法と各旋法の音列は以下のようになります。開始音が変わっていることが分かりますね!H.C.シャーパー著「楽譜の構造と読み方」(シンフォニア刊)より引用長旋法=CEDFGAHCドリア=DEFGAHCDフリギア=EFGAHCDEリディア=FGAHCDEFミクソリディア=GAHCDEFGエオリア=AHCDEFGAそれぞれ開始音が1音ずつ上がって音階を作っています。1音ずつズレたらどのような現象が起きるでしょう?もしピアノなどがあったらそれらの旋法を弾いて音階の雰囲気を感じてみてください。実際に音を出さなくても、みなさんは長旋法の音の並び方(全音と半音)について既に知っているのでそこから考えてみましょう。長音階は二つの同じ構造を持つテトラコードで構成されていましたね?全音・全音・半音/全音・全音・半音ですね?覚えていましたか?長旋法のテトラコードの構造に倣い、各旋法の音列の構造を見てみます。ドリア=全音・半音・全音/全音・半音・全音フリギア=半音・全音・全音/半音・全音・全音リディア=全音・全音・全音/全音・全音・半音ミクソリディア=全音・全音・半音/全音・半音・全音エオリア=全音・半音・全音/半音・全音・全音(テトラコードの間の間隔はリディア旋法のみ半音である)音階における「半音の場所」の違いがそれぞれの旋法にとって非常に大切なことなのです。教会旋法のみならずスコアや楽譜に「半音階的な」音の進行があるときには「何かある」サインだと思って楽譜を見るのも楽譜の一つの見方になります。その半音階で進行する意味には色々なものがあります。でもそれは何かしらの明確な意味や理由があることを忘れないで欲しいと思います。まだまだ僕たちに比べて記憶力のあるみなさん、是非この機会に長旋法と各種教会旋法について名前とその構造を覚えておきましょう!良い暗記方法を発見したら僕まで教えてください。文字で見るよりも、五線譜に音符を書いてみるとよくわかると思います。音楽を知るのはやはり楽譜や音符から、です。長旋法(C)=全・全・半・全・全・全・半ドリア(D)=全・半・全・全・全・半・全フリギア(E)=半・全・全・全・半・全・全リディア(F)=全・全・全・半・全・全・半ミクソリディア(G)=全・全・半・全・全・半・全エオリア=(A)全・半・全・全・半・全・全みなさん、一つ疑問に思っていることはないですか?「H」から始まる旋法はないのか?と・・・安心してください、あります。それは「ロクリア」旋法と呼ばれていますが実際に使われることなく廃れていきました。7番目の音なのにロクリアとはこれ如何に?・・・なお、長旋法にも名称があります。「イオニア旋法」の音列は完全に長旋法に一致します。参考までに記しておきます。徐々に、音楽の勉強をしている感じになってきましたか?実際のところテトラコードや音階の構造、教会旋法の種類や仕組みを知らなくても合奏も指揮もできますし、メンバーに立派な指示もできると思います。その素晴らしいセンスと行動力には敬意を表します。しかし、このようなことを知っていることで開かれる明るい未来もたくさんあります。決して音楽を「お勉強」だと思ってはいけませんが、音楽を楽しくみんなに伝えるために、これからも音楽のことを少しずつ学び吸収しながら、スコアに触れて合奏を楽しく進められるようになっていきましょう。次回は、今回のことを踏まえての「短音階」についてのお話を、そして引き続き「調号」についてのお話をしたいと思っています。次回もお楽しみに!参考文献・「ソルフェージュ」ジャン=ポール・オルスタイン/八村美世子(白水社)・「全てがわかる音楽理論」ヘルマン・グラーブナー/井本 晌二、竹内ふみ子(シンフォニア)・「楽譜の構造と読み方」ハインツ=クリスティアン・シャーパー/越部倫子(シンフォニア)→次回の記事はこちら
文:岡田友弘※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)
★岡田友弘さんに「投げ銭(金銭的なサポート)」をすることができます!この記事が気に入ったらぜひサポートを!投げ銭はこちらから(金額自由)岡田友弘氏プロフィール写真:井村重人 1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。 これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。 彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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