管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)コラムを通じて色々なことを学べるはずです!第38回は「オーケストラのスコアの基本」。いよいよフルスコアのお話に入っていきますが、他とは違う「スーパー学指揮」になるために、まずはオーケストラのスコアについて学びます。さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(32)スーパー学指揮を目指すあなたのための「スコア研究」(2)前回は「4声体での2段スコア」までのお話をしました。今回はいよいよ「フルスコア」についてです。皆さんは学生指揮者として、ほとんどの方が吹奏楽団での指揮を担当していると思いますが、「スーパー学指揮」を目指す第一歩として 「オーケストラのスコア」の基本から 見ていきましょう。第1章・オーケストラの作法~オーケストラ用のスコアの基本のカタチオーケストラの編成といっても、ものすごく多様な種類があります。通常イメージするオーケストラは弦楽器と管楽器、そして打楽器で構成されたものだと思います。このような編成以外にも、管楽器と打楽器だけで編成されている「吹奏楽」もオーケストラの1分類です。英語で「ウィンドオーケストラ」と言いますが、それは吹奏楽が「息を使う楽器の集合体を中心に編成されているオーケストラ」ということで「風のオーケストラ」と呼ばれているのです。その他にもマンドリンやハーモニカなどの「オーケストラ」もあります。「オーケストラ」の言葉は、古代ギリシャで劇などを公演する劇場の前方にある舞台と客席の間にあるスペースを語源とし、転じてその場所で演奏する団体のことを「オーケストラ」と呼ぶようになりました。現在のオーケストラの編成が確立したのはモーツァルトやハイドン、そしてベートーヴェンが活躍した「古典派」の時代で、その後現在に至るまで楽器の編成が拡大し、多くの種類の楽器を使用するようになりますが、スコアの基本形はこの頃から大きく変化していません。古典派に先立つ「バロック音楽」の時代の方が合奏の編成が多種多様であったとことは非常に興味深いことです。当時の作曲家が様々な合奏の可能性を模索していたことを示しているのではないでしょうか。基本的なオーケストラのスコアは概ね次の順序で上から下に楽器が並べられます。独奏(基本的に一人の奏者が独立した声部)で演奏する楽器・木管楽器;フルート/オーボエ/クラリネット/ファゴット・金管楽器;ホルン/トランペット/トロンボーン・ティンパニ・打楽器(例えば大太鼓やシンバルなど)合奏(複数の奏者が同じ声部)で演奏する楽器・ 弦楽器;第1ヴァイオリン/第2ヴァイオリン/ヴィオラ/チェロ/コントラバス以上の楽器の他に、ロマン派や現代の作品では、ハープやピアノ、オルガンなどを加えることもあります。またチューバやピッコロ、様々な調のクラリネットやイングリッシュ・ホルン、コントラファゴットなどの楽器も使用されます。基本的なオーケストラのスコアはこのようなものです。モーツァルト「交響曲第41番,K.551」第1楽章より(ベーレンライター社)よりこれはモーツァルトの最後の交響曲である「ジュピター交響曲」の冒頭部分です。「ジュピター」という別名はモーツァルト自身が名付けたものではありません。後年誰かがこの作品が形式的にも編成的にもオーケストラ音楽の「規範」であるという意味を込めて「ジュピター」と名付けました。「ジュピター」はご存知の通り太陽系最大の惑星「木星」のことで、ギリシャ神話では気象を司る神です。作品のスケールの大きさや、荘厳さを示す表現として「ジュピター」と呼ばれるようになりました。編成の規範とは言われていますが、このスコアで何か気がつきませんか?そうです!クラリネットが編成に含まれていません。これはモーツァルトの時代にクラリネットが存在していなかったわけではなく、クラリネットが嫌いだったということでもありません。それを証拠にモーツァルトの晩年には「クラリネット5重奏曲」や「クラリネット協奏曲」といった傑作を残しています。これらの曲は同時代に活躍していたクラリネットの名手の存在が成立に大きく関わっています。機会がありましたら是非聞いてみてください。クラリネット愛に溢れたモーツァルトですが41番まである彼の交響曲の中でクラリネットを使用 しているのはわずか数曲であることも不思議なことです。当時は依頼された人の所有するオーケストラの編成に合わせて作曲することも多かったので、おそらくそのような事情があるのだと思います。第2章・色々な作曲家のオーケストラスコアそれでは時代を追って、様々な作曲家のスコアを見てみましょう。ベートヴェン「交響曲第7番イ長調」第1楽章(ブライトコプフ&ヘルテル社)よりこのベートヴェンのスコアは最も基本的な編成で書かれています。この編成を基本にして、時代が現代に近くなるにつれて編成が拡大していきます。この交響曲(僕たちはベト7と呼んでいます)をドイツの作曲家ワーグナーは「舞踏の神化」と評価しました。諸説ありますが、この曲が「ロックの起源」という説を唱える人もいます。ワーグナー「リエンツィ」序曲(オイレンブルク社)」よりこのスコアはワーグナーの出世作となったオペラ「リエンツィ」のスコアです。ベートーヴェンのスコアと比較してみると、楽器の編成が大きくなりましたね。スコアの段数も多くなりました。段数が多くなると自然にオーケストラの人数も多くなります。このスコアには「セルパン」や「オフィクレイド」という馴染みのない楽器名が記されています。現在のようにチューバがメジャーな楽器ではなかった頃、それに代わる様々な楽器が組み込まれていました。言い換えれば現在の編成に確立する「過渡期」にあたる時代のスコアです。とはいえ、この管楽器の編成は現代の吹奏楽や管楽アンサンブルの編成の元になっています。吹奏楽に親しんでいる皆さんも、ワーグナーの楽器編成や使用法を注意深く観察することで多くの発見ができると思います。次のスコアを見てみましょう。R.シュトラウス「サロメ」より、「7つのヴェールの踊り」(ブージー&ホークス社)よりこれは吹奏楽コンクールや演奏会でも多く取り上げられている「サロメ」のスコアです。R.シュトラウスの時代になると、楽器の種類や編成が現代と大きく変わるものではないことがわかると思います。この「サロメ」のスコアの弦楽器部分を除いたものが、現代の吹奏楽編成の元になっていると思います。従って、特に大編成の吹奏楽団に所属している人はR.シュトラウスの楽器編成の研究は大いに役に立つものだと思います。R.シュトラウスの作品に「家庭交響曲」という管弦楽曲がありますが、この曲にはソプラノ、アルト、バリトン、バスサックスが使われています。吹奏楽では馴染みのないバスサックスが用いられ、お馴染みのテナーサックスが使用されていないことも興味深いです。この作品が書かれた頃のサックスはまだ新しい楽器で、作曲家もその使用方法を試行錯誤していたのでしょうね。弦楽器のみの編成のスコアもあります。バルトーク「弦楽のためのディヴェルティメント」(ブージー&ホークス社)よりこれはハンガリーの作曲家バルトークの弦楽のための作品です。オーケストラスコアの弦楽器部分のみで書かれています。第1ヴァイオリンを上にして、その下に第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと下にいくにつれて音域が低くなっていきます。このスコアでは、指揮者が拍子を読みやすいように、拍子記号大きく2段にわたって記載されています。このように記譜する事で指揮者は拍子を容易に読むことができます。それでは今度は吹奏楽のスコアを見てみましょう。ヴォーン=ウィリアムズ「イギリス民謡組曲」(ブージー&ホークス社)よりこのスコアは吹奏楽のために作曲された作品として重要なイギリスの作曲家ヴォーン=ウィリアムズの「イギリス民謡組曲」です。同じ作曲家の「トッカータ・マルツィアーレ」や、ホルストの「第1組曲」「第2組曲」と並んで、現在の吹奏楽レパートリーの中でも特に重要な作品です。編成上もそうですが、曲の内容も非常に優れています。是非、一度と言わず何度でもこの曲を演奏して欲しいと思います。指揮者としても毎回多くの発見ができる曲です。ホルストの組曲もそうなのですが、この曲にもバスサックスが指定されています。日本の吹奏楽部、吹奏楽団ではあまり見ることができない楽器ですが、実際にバスサックスを使用すると普段聴いている響きとは一味違った響きになります。作曲家が「この楽器を使用したい」と思ってスコアに書き入れているので、可能な限りその編成を尊重していきたいものですね。今回は「オーケストラスコア」についてたっぷり知ることができましたね!たっぷりお話ししてしまったので、今回ミニコーナーはお休みにします。次回からはまたミニコーナーも復活しますのでどうぞお楽しみに!→次の記事はこちら
文:岡田友弘※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!(これまでの連載はこちらから)
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★岡田友弘さんに「投げ銭(金銭的なサポート)」をすることができます!この記事が気に入ったらぜひサポートを!投げ銭はこちらから(金額自由)岡田友弘氏プロフィール写真:井村重人1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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