【演奏や人生の役に立つコラム】「鼻孔を失却す」~僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法 第12回

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2014年に日本人として初めて世界で最も有名なブラスバンド「ブラック・ダイク・バンド」の正式メンバーとなりパーカッション・ソロイストとして活躍。帰国後は僧侶としての修行を積み、現在は僧侶兼打楽器奏者として幅広く活躍している福原泰明さん。

そんな福原さんが、「心」をテーマに、仏教の教えを元に、演奏家(音楽家)の悩みや心のモヤモヤを晴らし、どう生きていくか、をライトに語る連載「僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法」。

第1回となる今回はのタイトルは「鼻孔を失却す」。さてどんなお話が聞けるのでしょうか。


鼻孔(びこう)を失却(しっきゃく)す」。

宋時代の中国の禅僧である大慧宗杲(だいえそうこう)の言葉を集めた「大慧禅師語録」に載っている言葉です。
元々は「鼻孔を拈得(ねんとく)して口を失却す」という文であり、「口が取り去れる代わりに鼻の穴が手に入る」という意味になります。
しかし、もちろん鼻の穴も口もどちらも存在するべきものなのですが、一つのことにこだわりすぎると別の大事なことを見ることができない、つまり「本質を見失う」という意味の言葉になります。

 

「ザ・本質を見失っている演奏」を最近よく体験します。少しおこがましい言い方かもしれませんが、例えばブラスバンド内で自分が演奏していて、明らかに‘コレジャナイ感’を肌で感じる場面に遭遇することは少なくありません。

一体何がダメなのか。

結論から言ってしまえば、みんな周りの音を聴きすぎているのだと思います。

確かに、周りの音を聴くこと無しにアンサンブルは成立しません。他の人と音が合うことが大前提です。しかし、「周りの音さえ聴いていれば良い演奏ができる」ということに直結するでしょうか。そう単純ではないと、私は思います。

 

多人数で演奏する時に一番恐れるのが、「周りとズレる」ことです。やっぱりタイミングやリズム、いわゆる「縦の線」が合わない事は、聴いている人にとって非常にわかりやすいミスであり、時には不快に感じることさえあります。

特に数小節単位の休みから再び音を出す時の出だしはズレやすく、非常にヒヤヒヤしますね。

音を出すために息を吸う。周りとズレないように注意する。音を出す。周りと合わせて音が出た。あぁ、良かった。

 

実は、ここに大きな落とし穴があると思います。
その出した音、曲の流れにブレーキを掛けていないでしょうか。

「周りと合わせる」ことに集中し過ぎて、「自分が飛び出さないように」という意識のあまり、ほんの少し音の出だしが遅れていませんでしょうか。

時間にしてほんの数コンマ一秒。しかし、そのほんの少しの時間は明らかに次のフレーズの勢いを確実に削ぎます。
特に3連符や16分音符などのリズムの場合、その数コンマ一秒の遅延がひとつひとつの音で連続して起こるため、どんどん勢いが落ちていきます。

そして他のフレーズを演奏している人はどんどん乖離が生じます。同じフレーズの人とは合っているのに、他のフレーズとは全く合わない。そんな状況が出来上がります。
こういう「音を合わせるために“ためらい”があり、その結果連鎖的に演奏がまとまらない」ことは、実は結構多いんじゃないかと思ってます。

 

話は少し変わりますが、アンサンブルというのは全ての奏者が平等なわけではありません。状況によって重要な音を出す人と、そこまで重要でない人に分かれます。
アンサンブルは常に「誰かがイニシアティブを取って引っ張っている」状態です。それは時には指揮者だったり、ブラスバンドではプリンシパル・コルネットやプリンシパル・ユーフォニアムだったり、各楽器のソロ奏者だったり。視覚的には分からなくても、演奏者たちはもちろん、演奏を聴いていれば観客でさえも分かるものです。

しかし、バンド内の全員が先ほどの「合わせるために数コンマ一秒遅れる」状態であったらどうなるでしょうか。いわゆる「リーダー不在」です。
そうなると、バンド全体のテンポが安定しません。合わせるのが何より大事になり、少し複雑な箇所に入るとどんどん遅れていき、単純な箇所になるとテンポが元に戻ることの繰り返しだからです。

 

この状態を解決するためにはどうすれば良いか。大きく分けて2つあります。

1. 明確なテンポやリズムが提示できる奏者がバンドに入り、周りはその人を中心にして演奏する。
2. 指揮者や指導者が徹底的に見て、一人一人の無駄なためらいを無くす。

バンド練習でよくある「メトロノームを鳴らして合奏する」は、1のやり方の一つです。メトロノームという絶対的なリーダーが登場することで、その瞬間だけバンドの演奏は実質的にはかなり安定します。
しかし、もちろん本番の舞台でメトロノームが使えるわけではないので、プリンシパル達やソロ奏者など、本番で明確な指示を出せる誰かがバンド内に必要なのです。

2のやり方は根気と時間が必要ですが、この方法だとバンド全体がレベルアップします。
自分が指導したブラスバンドの一つはまさに「ためらい」が前面に出ていたので、2時間のリハーサルの中で徹底的に言及したところ、そのリハーサルが終わるころにはバンド全体がスムーズに吹けるようになりました。

 

話は戻りますが、無駄なためらいを無くすためにはどうすれば良いのか。
それは、「他人任せにせず、ひとりひとりがキチンと自分の中でリズムを刻めるようにする」ことです。

ハッキリ言ってしまうと、「自分でキチンとリズムを刻むことなく、“なんとなく”周りと合わせる」他人任せの状態になっているから、いつまで経っても演奏が安定しません。
音楽を引っ張ることのできる救世主が現れる事を待つしかないのでは、埒があきません。

3連符のリズムだったら、3連符。16分のリズムだったら、16分。全ての奏者が自分自身の頭の中で刻めていないといけないのです。

 

まずは「自分自身でキチンと刻める事」が第一。
その次に「周りを聴く」。

この順番であれば、アンサンブルというのは「確認作業」だけで済みます。
「自分の刻んでいるリズムで演奏したら周りと合った。はい、大丈夫。」という風に。

「合わせようとする→周りを聴く→実際に音を出す」ではなく、
「正確にリズムを自分の中で刻む→実際に音を出す→周りを聴く→結果、音が合った」なのです。

こうすれば無駄なためらいが無くなり、あるべきタイミングで音が出てきます。
ひとりひとりがこれを出来れば、バンドのレベルはかなり上がるでしょう。

周りを聴くことは大事ですが、順番を間違えてはいけません。
本質を見失ってはいけないのです。

そう、他のことにかまけてコラムの提出が大幅に遅れた私のように、ね。

 

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今回も面白いお話が聞けましたね!

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※この記事の著作権は福原泰明氏に帰属します。


【福原泰明 プロフィール】

東京都出身。15歳より打楽器を始める。日本大学文理学部心理学科卒業。英国王立北音楽院修士課程修了。
在学中に学内奨学金を授与される。打楽器全般を大里みどり、シモン・レベッロ、エリザベス・ギリバー、ポール・パトリック、ティンパニをイアン・ライト、ラテンパーカッション及びセットドラムをデイヴ・ハッセルの各氏に師事。第11回イタリア国際打楽器コンクール(ヴァイブラフォンの部)ファイナリスト。

2011年7月、渡英と同時に、世界で最も名高いブラスバンド(金管バンド)の一つ、フェアリー・バンドに入団。同年10月より首席打楽器奏者を務める。同年12月にはブラスバンド専門ウェブサイトの4barsrest.comにて「2011年打楽器奏者ベスト5」の一人として取り上げられる。2012年には有名ブラスバンド専門雑誌「British Bandsman」にて表紙を飾り、ロング・インタビューが掲載されるのを始め、複数の音楽雑誌に取り上げらるなど、英国ブラスバンド界ではまだ数少なかった”打楽器ソリスト”として活動。その存在は、普段ブラスバンドの中ではスポットが当たりにくかった”打楽器”を”ソロ楽器”として認識させることとなる。2013年1月、「RNCM Festival of Brass」にて自身が委嘱したロドニー・ニュートン作曲の打楽器協奏曲「ザ・ゴールデン・アップルズ・オブ・ザ・サン」をフェアリー・バンドと共に世界初演し、満員の観客からスタンディング・オベーションを受け、ブラスバンド界の演奏者、指揮者、作曲家、編集者の各方面からも絶賛される。

同年10月よりレイランド・バンドに入団。打楽器ソロ曲のレパートリーを更に広げていく。同年11月、三大ブラスバンド・コンテストの一つ「Brass In Concert Championships」にてマリンバとフリューゲル・ホルンのデュオを演奏し、「本日の最高の演奏の一つ」(4barsrest.com)と評される。

2014年、世界で最も有名なブラスバンドと言われるブラック・ダイク・バンドに史上初の日本人正式メンバーとして入団。マリンバ・ソロイストとしてコンサートでソロを務める。
オランダの打楽器メーカー”マジェスティック・パーカッション”エンドーサー。




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