「細嚼は飢え難し」~僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法 第9回

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イギリスのブラスバンド界でスタープレーヤーとして駆け抜け、帰国後は僧侶としての修行を積み、現在は僧侶兼打楽器奏者として幅広く活躍している福原泰明さん。

そんな福原さんが、「心」をテーマに、仏教の教えを元に、演奏家(音楽家)の悩みや心のモヤモヤを晴らし、どう生きていくか、をライトに語る連載「僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法」。

第9回となる今回はのタイトルは「細嚼は飢え難し(さいしゃくはうえがたし)」。さてどんなお話が聞けるのでしょうか。


皆さんは子供の頃、食事中にこんなこと言われませんでしたか?「よく噛んで食べなさい」、と。
禅の世界にもそんな意味の言葉があります。

「細嚼(さいしゃく)は飢え難(がた)し」。意味は冒頭の通り、「よく噛んで食べなさい」です。なんでそんな言葉が禅の世界にあるのでしょう?しかし、この言葉の意味にはこのような続きがあります。「なまがみの悟りはかえって害になる」。

つまり、「中途半端であるにも関わらず、自分自身が『悟った』と勘違いしてしまうと、その偽の『悟り』は今後邪魔になってしまう」。
この禅語は南宋時代の禅僧、虚堂智愚(きどうちぐ)禅師の語録である「虚堂録」に記されています。

 

こんな情景をイメージしてみてください。
今日は演奏会本番。開始のベルが鳴り、ステージへ。曲が始まり、音を出す。何度も練習して、暗譜で臨んでいる曲。
途中までは順調。だったけど、ステージの照明が暑かったり、目の前にはお客さんがいるしでいつもと違う状況。あ、普段は意識しない事を意識してしまった。あれ、今どこを弾いているんだっけ?次の音はなんだ?あれ?

…悪夢ですね。書いている私も冷や汗が止まらなくなってきました。

皆さまも察しがついたと思いますが、今回のテーマは暗譜についてです。

中途半端に「暗譜できた」と思っていると、さっきのような状態になります。本番という特殊な状況に嵌り、パニックになってしまった例です。笑い事でも何でもなく、音楽家の方々ならほとんど体験する悲劇と言っても過言ではないかもしれません。

 

皆さんはどのように暗譜していますか?
楽譜を頭の中に写真のようにスキャンして図で覚える人もいるでしょうし、メロディを元に覚える人もいると思います。
私のように曲の調性とコードネームで覚える人もいるでしょうか?

楽譜に書かれている音と記号を元に調とコードを読み解き、それらを思い浮かべながら弾く事で暗譜を進めていきます。
このやり方の弱点は時間が掛かる事と、コードネームや調が特定できなかった箇所の暗譜が非常にあやふやになる事です。

 

他の方法には「ひたすら身体で覚える」というのもあるかもしれません。しかし、これは結構リスクの高いやり方でもあります。
ピアニストの金子一朗によると、この方法の暗譜は「楽器が変わると影響を受けやすい」ということだそうです。
ひたすら身体を動かして覚えるという事は、逆に言えば本番にて体の動かし方が少しでも変わると暗譜に影響が出るということです。
自分の楽器を使えればまだ良いのですが、演奏する楽器によっては普段使っているものではなく、会場が用意した楽器で演奏する事が多々あります。
そんな時、普段と音の響きやペダルなどの動きが違うと、それに気を取られた瞬間に暗譜は吹っ飛びます。
同じくピアニストのアンドレ・ワッツも、「私は触覚による記憶をほとんど信用していない。そんなものは真っ先に忘れてしまうと思うからだ」と言っています。

曲の構造が複雑になればなるほど、曲の構成を理解しなければ記憶する事が難しくなります。
認知心理学者のリタ・アイエロとアーロン・ウィリアモンによると、チェスのプロと初心者にそれぞれ盤面を見せて記憶力を比較する研究を行ったところ、「ただ適当に駒を並べた盤面」ではプロも初心者も記憶力に差がありませんでしたが、「試合中に起こりうる駒の配置」であればプロの方が圧倒的に記憶していた、という結果が出ました。
つまり、情報に意味がある場合では、その情報を正しく把握できる人の方が記憶する力も高いのです。音楽であれば、曲の構造を理解できれば、暗譜の能力は上がるでしょう。

結局は、暗譜も論理的に解いていくしか無いのです。
「なまがみはかえって害になる」のは、悟りも暗譜も一緒です。

 

ちなみに妻は今日、「私はこの寺の救世主だ」と言い放ちました。私は逆らえないので「そうですね」としか言えませんでした。
皆さま、よく噛んで食べましょうね。


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今回も面白いお話が聞けましたね!

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※この記事の著作権は福原泰明氏に帰属します。


【福原泰明 プロフィール】

東京都出身。15歳より打楽器を始める。日本大学文理学部心理学科卒業。英国王立北音楽院修士課程修了。
在学中に学内奨学金を授与される。打楽器全般を大里みどり、シモン・レベッロ、エリザベス・ギリバー、ポール・パトリック、ティンパニをイアン・ライト、ラテンパーカッション及びセットドラムをデイヴ・ハッセルの各氏に師事。第11回イタリア国際打楽器コンクール(ヴァイブラフォンの部)ファイナリスト。

2011年7月、渡英と同時に、世界で最も名高いブラスバンド(金管バンド)の一つ、フェアリー・バンドに入団。同年10月より首席打楽器奏者を務める。同年12月にはブラスバンド専門ウェブサイトの4barsrest.comにて「2011年打楽器奏者ベスト5」の一人として取り上げられる。2012年には有名ブラスバンド専門雑誌「British Bandsman」にて表紙を飾り、ロング・インタビューが掲載されるのを始め、複数の音楽雑誌に取り上げらるなど、英国ブラスバンド界ではまだ数少なかった”打楽器ソリスト”として活動。その存在は、普段ブラスバンドの中ではスポットが当たりにくかった”打楽器”を”ソロ楽器”として認識させることとなる。2013年1月、「RNCM Festival of Brass」にて自身が委嘱したロドニー・ニュートン作曲の打楽器協奏曲「ザ・ゴールデン・アップルズ・オブ・ザ・サン」をフェアリー・バンドと共に世界初演し、満員の観客からスタンディング・オベーションを受け、ブラスバンド界の演奏者、指揮者、作曲家、編集者の各方面からも絶賛される。

同年10月よりレイランド・バンドに入団。打楽器ソロ曲のレパートリーを更に広げていく。同年11月、三大ブラスバンド・コンテストの一つ「Brass In Concert Championships」にてマリンバとフリューゲル・ホルンのデュオを演奏し、「本日の最高の演奏の一つ」(4barsrest.com)と評される。

2014年、世界で最も有名なブラスバンドと言われるブラック・ダイク・バンドに史上初の日本人正式メンバーとして入団。マリンバ・ソロイストとしてコンサートでソロを務める。
オランダの打楽器メーカー”マジェスティック・パーカッション”エンドーサー。


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