管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第28回は「5個以上の音の積み重ねでできている印象的な和音『ナインス』」。
前半は「5個以上の音の積み重ねでできている和音」、特に「ナインス」について。譜例としてセザール・フランク作曲「ヴァイオリンソナタ」が登場します。(今回のアイキャッチはフランクです)
吹奏楽アレンジでも人気のラヴェルの話もちょこっと出てきますよ。
後半のエッセイ的な部分は「本番までの合奏の組み立て方~中期段階篇(その2)」です。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(その22)「合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(9)」
今までの「和声の超基礎」で和音や和声の基本的なお話をしてきました。吹奏楽やオーケストラの曲に隠されている和音のエッセンスは多岐に渡ります。
これまでお話ししたことだけでも概ね和声の基本がカバーできるのですが、あと数回和声のことについての話題を続けたいと思います。
これまでのコラムも含めてスコアを読むための基礎体力を鍛えていきましょう!
今後お話しする和声や和音に関するテーマはこのようなテーマを予定しています。
■9の和音、11の和音、13の和音
■カデンツの終止形
■代理和音、借用和音のこと
■ナポリの6の和音など、特殊な和音(変化和音)について
■非和声音、和音外音のこと
■転調について
「まだこんなに!?」と思ったかもしれませんが、スコアを読んで実際に合奏をしていく過程で「ここは和声的にはどういうことなのかな?」と疑問に思った時、このコラムのどこかにその疑問の答えがあるようにしたいと思っています。
前置きが少し長くなってしまいましたが、今回のテーマに進んでいきましょう。
今回のテーマは・・・「5個以上の音の積み重ねでできている和音」です。
今まで登場したのは「3つの音の積み重ね=3和音(トライアド)」と「4つの音の積み重ね=4和音(7の和音、セブンス)でした。
今皆さんが合奏で演奏する曲には、セブンスよりも多い音の積み重ねの和音が登場することがあります。
今までの法則と同じように、3度上に音が積み重なっていきます。
根音から3度ずつ積み重なっていき、根音と一番上の音の音程が「9度」になっている5和音→9の和音(ナインス)
根音から3度ずつ積み重なっていき、根音と一番上の音の音程が「11度」になっている6和音→11の和音(イレブンス)
根音から3度ずつ積み重なっていき、根音と一番上の音の音程が「13度」になっている7和音→13の和音(サーティーンス)
さらに上は?
基本的にはありません!その理由は・・・
3度ずつ8個積み重なった時、その根音と一番上の音が2オクターブで同じ音になるからです。
それ以上では同じ音が重複するわけですので、楽譜上では音が積み重なっていても響きが同化してしまいますよね!ですから13の和音までなのです。
11の和音や13の和音を好んで使い始めた作曲家はフランスのラヴェルです。「ボレロ」や「ダフニスとクロエ」が有名ですが、それらの作品にも多くの11の和音や13の和音が使用されています。
その和音の効果もあり、ラヴェルの特色である「色彩感のある音楽」が生み出されているのです。
しかし、多くの音が積み重なるということはそれだけ響きが「複雑」になりますし「重く」もなってきます。
また、人間の指の数には限りがあります。
ピアノで和音を弾くときに多くの音を同時に押さえることは非常に難しくなります。また4声で楽譜を書く場合のことを考えても、そこに記す音には制限が出てきます。
このような理由はあくまで4声体での作法や人間がピアノで演奏することを前提としていますので、コンピューターなどで音楽を作っていく現代ではそれも少しずつ変化してくるのでしょうか?
どちらにせよ、今のところ理論的には13の和音までありますが、それらが多用されることはなく、通常は3和音から9の和音(ナインス)までの和音が大部分を占めると覚えておきましょう。
もう一つ覚えておいて欲しいのは、これらの和音は「ドミナント和音」だということです。
それは実際に響きを聴けば一発でその理由がわかりますが「解決感」がない和音だからです。
Vの和音、つまり音階の5音上にできる和音は「ドミナント」の役目をします。
Vの和音のことを「属和音」とも言います。その属和音チームの中での4和音のことを「属7」、5和音を「属9」、以下11、13と続きます。それらの属和音チームが「ドミナント和音」の重要メンバーになります。
今回はこのドミナント和音の中の代表格「属9の和音」についてお話ししたいと思います。
属9の和音は9の和音の中では1番多く使われる9の和音です。
和声学では4声作法が通例なので、この中のどれかの音を「省略」する必要があります。どの音でしょう?
それは「第5音」です。
理由は「倍音」と大きな関係があるのです。この場合根音(第1音)の倍音として一番聴こえやすいのは「第5音」です。
ここで倍音列の表を見てみましょう。
このように基音とは異なる音(基音やオクターブ上の基音と同じ音ではない音程の音)が初めて出てくる時、その音は基音から数えて「5音」になりますね。この楽譜では基音のド絡みた「ソ」の音です。この表に示される中の音で、基音に次いで多く登場する音はこの「第5音」の音ですね!
倍音が第1倍音から第2、第3へ進むとそれは聞こえにくくなります。逆にいうと初めの方の倍音は比較的聴こえるということになります。
このような理由から、比較的倍音の聴き取りやすい5音を省略しても影響は少ないのです。
根音は、その和音を定めるためには必要。
↓
第3音と第7音は「限定進行音」として重要。
↓
第9音はナインスであることを定めるために必要。この第9音も2度下行する「限定進行音」。
このような消去法でも最も省略して影響がないのは「第5音」であることがわかると思います。
ただし「増和音」や「減和音」のように5音変化している場合は省略しないという例外も同時に覚えておきましょう。
属9の和音は4声体で書くときに「根音を省略する」場合も多く見られます。
それは各音階の7音上にできるセブンスと同じ形になります。特に短調においては前回のコラムでお話しした「減7の和音」になります。これもまた属9の和音の重要なポイントです。
この根音省略形では「第5音は省略しない」ことも是非頭に入れましょう。この形の和音は「ナインスだけど3-5-7-9音で成り立つセブンス」になるのです。
属9の和音が使用されている曲はたくさんありますが、その中でも最もそれが良くわかる楽曲があります。
フランク作曲「ヴァイオリンソナタ」第1楽章(シャーマー社刊)より引用
これはヴァイオリンソナタの中でも名曲と言われている、セザール・フランクの「ヴァイオリンソナタ」の冒頭部分です。このピアノで演奏される前奏部とヴァイオリンが演奏を始める5小節目までが「属9(ナインス)」になっています。
この印象的な和音がこの曲の魅力を一層引き立てています。
9の和音、11の和音、13の和音はクラシックの曲だけでなく、ポピュラーの曲にも多く登場します。とてもおしゃれな感じや現代的な感じのカラーを出すことができる和音です。合奏やスコアを読む際にはこのカラフルなハーモニーたちを発見して、その良さを引き出して欲しいと思います。
次回は「カデンツと終止形」をテーマにする予定です。来週もお楽しみに。
【ミニコーナー】合奏する時に気にして欲しいこと(第10回)
本番までの合奏の組み立て方?中期段階篇(その2)
前回は初期から中期の練習での留意点やチーム作りの考え方のヒントをお話ししました。
今回は練習そのものについて、中期の練習ではどのようなビューポイントで進めていくことができるのかというお話をしたいと思います。
■中期の練習は「専門医での治療」が中心
練習を病院に例えると、練習の録音や録画は「検査」のような位置付けになると思います。病院に行くと、まずはどんな症状が体内にあるのかを検査しますね。血液検査やレントゲン、必要によっては更なる検査をして、今一番治療しなくてはいけないところはどこなのかを見つけ出します。
それがハッキリしたら、それに対応する各診療科での診察や治療などに移ります。
その専門科での治療の部分こそ、本番までの練習における「中期練習」でしていきたいことなのです。録音や日々の練習で発覚した「治療しなくてはいけない部分」を集中的に練習することがこの時期の練習で最も重要なことになります。
その「治療しなくてはいけない部分」というのは一箇所ではないと思います。その複数ある「治療箇所」を計画的に「治療」して良好な状態にするという目的を学生指揮者はしっかりと持ちたいところです。その治療部分を発見し、どのように治療していくかという計画を立てることが、学生指揮者の大きな役割になります。是非忘れないで欲しいと思います。
ピンポイント重点箇所を合奏するので、どうしても細か い練習や同じ部分の繰り返し、特定のパートに偏ってしまう・・・などの問題点もあります。しかし、このような重点的な練習は本番を良い演奏会にするためには必要なことです。
メンバーが「辛く厳しい」と感じる練習をするからこそ、学生指揮者はこの中期の練習を「意味のあるもの」にしなくてはいけませんし、同時に「メンバーが楽しく取り組むことができる工夫」や「充実感のある練習になるようアレンジすること 」 が必要になります。
「工夫」については色々なアプローチや視点が考えられますが、キーワードは「刺激」だと思っています。
通常の練習に「アクセント」や「刺激」を与えていくことで、練習の集中力を保ちモチベーションを維持しながら本番に向けて演奏の質や一体感を高めいくことが可能となるでしょう。
中期を「中だるみ」や「マンネリズム」の時期にしないように、合奏の内外で学生指揮者や運営リーダーが工夫し、メンバーと組織に「刺激を与え続けて」いきたいものです。
本番のステージを充実したものにするために、この中期の練習は大切です。この時期の練習の成果が本番の出来に大きく関わっていくと思っています。本場直前の練習で急に仕上げて「なんとなくうまくいったような気がする・・・」というのはあまり感心する練習のプランニングとは言えないと思います。直前に慌てて何かをするよりも、前もって必要な治療部分を治療して行った方が完治に近づきます。その方が何倍も音楽を楽しむことができますよ!
次回は中期練習の「刺激」についての色々なヒントをお話ししたいと思います。
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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