石原勇太郎の【演奏の引き立て役「曲目解説」の上手な書き方】第5回:解説の情報量






 

こんにちは!石原勇太郎です。

 

前回の記事から、少しだけ時間が空いてしまいました。

何かと忙しい年度末、いかがお過ごしでしょうか。

 

前回までは、本当に基礎的なことを中心に曲目解説の書き方を考えてきました。

今回からは、より細かく曲目解説の書き方を一緒に見ていきたいと思います。

 

それでは早速、今回のテーマに入ることにしましょう。

 

第5回:解説の情報量

 

前回は、曲目解説を書く上での基本的なルールを一緒に考えていきました。

そのルールを守れば、最低でも「読みにくい」解説を書いてしまうことは回避できるかと思います。

 

しかし、このコラムを読んで下っている皆さんは、できれば演奏を引き立ててくれる魅力的な解説を書きたい、という想いがあるかと思います。

今回からは、基本的なルールに則った上で、より良い解説を書くにはどうすればよいのかということを、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

 

今回のテーマは「解説の情報量」です。

つまり、「ひとつの解説にどれぐらいの情報を入れるのが良いのか」ということについてです。

 

  1. 解説にベストな情報量とは?

 

ひとつの解説に対して最も良い情報量は、どれくらいだと思いますか?

 

この質問に対して、私は良い答えを出すことができません。

それがなぜなのか、本コラムを読んできてくださった皆さんには、もうお分かりのことかと思います。

 

そうです。

解説は、その状況に合わせて書くのが良いものでしたよね。

これから書く解説は、どのような人が読むのか。クラシック音楽に詳しい人がたくさん集まる演奏会の解説か。それとも音楽の知識はほとんどない人を対象として書くのか。

このように、読み手がどのような人なのかを想定するのが、解説を書く最初の段階でした。

そして、この最初の段階に決めた、解説の対象によって「解説の情報量は変えるべき」であり、さらに「情報過多にならないのが基本である」というのが私の持論です。

 

それでは、なぜ解説によって情報量を変えた方が良いのでしょうか。

 

  1. 曲目解説を読む時間

 

なぜ解説によって情報量を変えた方が良いのかを考えていく前に、少し皆さん自身のことを考えてみてもらいましょう。

 

ここでは、皆さんが何か演奏会に行ったとします。

その時に入口で演奏会のプログラムをもらいました。さて、その後皆さんはどうしますか?

 

これは、人によって答えが変わるのはもちろん、到着時間によっても答えが変わると思います。

 

開場直後に演奏会場に到着し、早々と自分の席に座った人は、友人と話すなり、ロビーをふらついてみるなり、時間に余裕があるのでなんでもできます。もちろん、入口でもらったプログラムをじっくりと読む時間もあると思います。

 

それでは、開演時間ぎりぎりに会場に到着した人はどうでしょうか。

自分の席を探して、もしかしたらお手洗いに行っておきたいかもしれません。今日の演奏会で何を演奏するのかプログラムをざっと見るものの、曲目解説をじっくりと読む時間はないかもしれません。

 

さて、後者の場合、曲目解説はいつ読まれるのでしょうか。

実際に演奏中に読む人もいますし、休憩時間に読む人もいます。または会場では読まずに家で読む人もいると思います。

 

つまり、曲目解説を読む時間というのは意外と限られているのです。

開演の30分前に到着した人や、家でじっくり読む人は別ですが、基本的に演奏会の間の限られた時間で読む人が多いのは事実です。

 

だからこそ、曲目解説は「情報過多にならないのが基本である」と私は考えているのです。

情報の多い文章は、とにかく読むのに時間がかかります。すでにその文章に書いてある情報に、ある程度通じている人ならば、多少情報が多くても問題ありません。

しかし、文章に含まれる情報について全く知らない人は、頭の中で情報を整理しつつ読み進めなくてはならないため、全ての文章を読むのに時間がかかります。

 

皆さんの好きな小説、あるいはマンガでもかまいませんが、それを想像してみてください。

おそらく、お気に入りの小説やマンガは、2回以上読むという人がたくさんいると思います。

その際に、初めて読んだときと、2回目以降に読んだときでは、読む速さが変わるのではないでしょうか。

2回目以降の方が、なぜか速く読めるという経験をしたことがあるかと思います。

もちろん、2回目以降をあえてじっくり読むという人もいます。しかし、そういう人も、基本的な物語の流れや、登場人物の性格などの情報をすでに知っているからこそ、じっくり読むことができるのです。

つまり、どんな文章にしても、初めて読む際には時間がかかるのは当然なのです。

 

これまで何度も言ってきましたが、曲目解説は演奏を引き立てるものであるべきだと思います。

 

そのような解説を書くためには、自分たちの演奏と関係する情報のみを取り入れるのが良いと思います。

情報の多すぎる解説(=読むのに時間のかかる解説)は、内容を理解しきれず解説の役割を果たさない可能性もあります。

 

  1. そもそも情報量とは

 

ここまで「情報量」という言葉を使ってきましたが、そもそも「情報量」とはなんなのでしょうか。

ここでは、解説に含まれる情報の数のことを「情報量」と呼んでいます。

 

基本的に、曲目解説では本コラムの第2回で取り上げたような情報を用います。

しかし、それをひとつの解説に全て入れるのか、それとも一部のみを用いるのかは執筆者の判断に任されます。

そして、どんな情報を扱うにしても、その量は変えられます。作曲者の出生地や生没年について、情報量を変化させたものを、例として挙げてみます。

 

例1

ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685 – 1750)は、バロック時代のドイツで活躍した作曲家。

 

例2

ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685 – 1750)は、神聖ローマ帝国(現・ドイツ)のアイゼナハに生まれた作曲家。過剰な装飾が施された音楽が多いためにバロック(オランダ語で「いびつな真珠」を指す言葉)と呼ばれた時代、すなわち17~18世紀を代表する作曲家でもある。また、興味深いことにG.F.ヘンデルやD.スカルラッティといった後期バロック時代に活躍した作曲家もJ.S.バッハと同じ年に生まれた。

 

例1と例2では、全く情報量が違います。

例1では、「バロック時代の作曲家」、「ドイツの作曲家」、「生没年」の3つの情報があります。

一方、例2では、例1の情報を掘り下げた情報が追加されています。つまり「神聖ローマ帝国時代(現・ドイツ)の作曲家」、「ドイツのアイゼナハ生まれの作曲家」、「バロックとはなにか」、「バロック時代の時期」、「同じ年に生まれた他の作曲家」です。これら5つの情報は、例1の下位情報と言えますが、読み手にとっては全てひとつひとつの情報として認識されます。ですので、例2は合計8つの情報が含まれている、ということになります。

 

例1と例2のどちらが良いのかは、場合によります。しかし、例2を読むのに時間がかかることはすぐにわかるかと思います。(さらに、例2の文章では、趣旨が少しぶれ気味になっていることに気がついた方もいるかもしれません)

 

このように、情報量は執筆者が自由自在に増減させることができるのです。

だからこそ、解説を書く私たちは、解説の情報量に十分注意しなくてはならないのです!

 

  1. 集めた情報を全部は使わない!

 

曲目解説を書くために、作曲者や作品の情報をたくさん集めたと思います。

本コラムの第3回でも少し書きましたが、集めた情報を全て使うことは、ほとんどありません。

 

「じゃあ最初から、必要な情報だけ集めればいいじゃん」

 

と思う方もいると思います。

その方が、社会に出て仕事をする上では、効率が良いのは確かでしょう。

しかし、曲目解説を書く場合は必ずしもそうではないのです。

 

昔は私自身、必要な情報だけ集めればいいと思っていました。

しかし、いつのことかはわかりませんが、そうではないということに気がついたのです。

必要な情報だけを集めるのでは、解説に書けることが、かなり限られてしまいます。

ひとつの作品や、ひとりの作曲家には、たくさんのエピソードが残されています。

そのエピソードの、どれを中心にして解説を書くのかという選択権は、解説を書く私たちにあります。

最低限の情報しか集めなかった場合、その選択権を自ら放棄してしまっているのです。

 

もしかしたら、調べなかった情報が、皆さんの演奏と深く関わるものかもしれません。

あるいは、今書いた情報よりも読み手の関心を引く情報があったかもしれません。

 

たとえ最終的には使わないとしても、手元にある情報が多いということは、その分、解説の可能性を広げるのです。

どのような部分にライトを当てて書くのか、情報が多ければその選択肢がどんどん増えていきます。

ですので、最低限の情報を集めるのではなく、なるべくたくさんの正確な情報を集めましょう!

 

そして同時に、集めた情報の全ては使わないという勇気も出してください。

実は、この勇気もとても大事なことなのです。

 

苦労して集めた情報を、使わないというのは意外と勇気のいることです。

なぜなら、自分の時間を使って、場合によっては苦手な外国語を読んだり、難解な作曲者自身の解説を読んでまで集めた情報です。せっかく解説を書くなら全て使いたいですよね。私も、もちろんそう思います。

 

しかし、自分の調べた情報全てを入れ込んだ曲目解説は、大体が「授業」のようなものになってしまいます。

つまり、解説を書く皆さん(=ここでは先生)が、解説を読むお客様(=ここでは生徒)に授業を行っているような文章になってしまうのです。これは、正直あまり良くありません。

 

もちろん、そういう趣旨の演奏会であるのならば、「授業」のような解説でも問題ありません。

しかし、一般的にそのような解説は、読むのに時間がかかる上、伝えたいことがはっきりとは伝わらないのです。

 

皆さんの伝えたいことを明確に伝えるためにも、情報量は適切になるようによく考えてみてください。

あくまで「情報過多にならないのが基本である」のです!

 

  1. 情報量のコントロールをするには

 

今回は、散々「情報量に注意!」ということを書いてきました。

それでは、どうしたら情報量を上手くコントロールできるのでしょうか。

 

無責任で怒られそうですが、上手くコントロールするには「たくさん書いて」、「たくさん読む」のが一番の近道です。

 

例え曲目解説を書く機会がなくとも、日常的に気に入った作品について解説を書いてみるなり、他の人の書いた解説を読むなりしてみてください(もちろん、自分の書いた解説を後日読み直すのも、良い訓練になりますよ!)。

 

最近は、ネット上で曲目解説を公開するオーケストラも増えてきました。

例えばNHK交響楽団や、兵庫芸術文化センター管弦楽団などが曲目解説を公開しています(NHK交響楽団は、これからの演奏会の解説も公開していますが、兵庫芸術文化センター管弦楽団は、基本的に過去の演奏会の解説を公開しています)。

 

上に挙げた2つのオーケストラの曲目解説は、その情報量が全く違います。

安易なレベル分けは、本当は良くないのですが、2つの解説の方向性を簡単に言うならば、NHK交響楽団の解説は全体的に「すでに音楽についてのある程度の知識のある人向け」、兵庫芸術文化センター管弦楽団の解説は全体的に「初めてこの曲を聴く人向け」とでも言えるかもしれません。

情報量はもちろん、文章の流れや雰囲気にも注意して読んでみてください。

 

文章を書くというのは、実は楽器の演奏ととても似ていると思っています。

毎日、少しずつでも努力を続けた方が、良い結果につながるのです。

 

最初から長い文章を書く必要はありません。

あるひとつの情報についてだけ書いてみる、あるいは2つ程度の情報を基にして書いてみる。そういう練習をしてみましょう!

 

ともかくも、今回はこれだけは覚えて帰ってください!

 

解説の対象によって情報量は変えるべき!

情報過多にならないのが基本である!

 

それでは!

 

 

今回の課題

・第2回、第3回で集めた情報に基づいて、600字程度の解説を書いてみよう。

・第2回、第3回で集めた情報に基づいて、1200字程度の解説を書いてみよう。

(どちらも、どのようなお客様を対象にするのか、よく考えてから書いてみましょう)

 

 

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石原勇太郎 公式サイト

http://www.yutaro-ishihara.info/

 

※この記事の著作権は石原勇太郎氏に帰属します。


石原 勇太郎 プロフィール

1991年生まれ、千葉県八千代市出身。12歳よりコントラバスを始める。2014年、東京音楽大学器楽専攻(コントラバス)卒業。同大音楽学課程修了。2016年、東京音楽大学大学院 修士課程音楽学研究領域修了。現在、同大大学院 博士後期課程(音楽学)在学中。平成28年度給費奨学生。専門は、A.ブルックナーを中心とするロマン派の交響曲。
2014年、《天空の旅―吹奏楽のための譚詩―》で第25回朝日作曲賞受賞。2015年度全日本吹奏楽コンクール課題曲として採用される。以降、吹奏楽を中心に作品を発表している。
これまでに、コントラバスを幕内弘司、永島義男、作曲を村田昌己、新垣隆、藤原豊、指揮を三原明人、尺八を柿堺香の各氏に師事、また大学4年次より藤田茂氏の下で音楽学の研究を進めている。日本音楽学会、千葉市音楽協会各会員。
作曲活動の他、曲目解説等の執筆、中学・高等学校の吹奏楽部指導やアマチュア・オーケストラのトレーナーを勤める等、幅広く活動している。


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