【エッセイ】石原勇太郎の「Aus einem Winkel der Musikwissenschaft」第4回:作曲者からのお手紙 ―「楽譜」の話

この記事を読むのに必要な時間は約 6 分 29 秒です。

楽譜は作曲者からの手紙。

なんて素敵な言葉でしょう。
この言葉は、吹奏楽に限らず楽譜を使って音楽をする人々の間で時々耳にすることがあります。
みなさんも聞いたことがあるのではないでしょうか。

素敵な言葉ついでに…
E.T.A.ホフマンという人は、次のような言葉を残したと言われています。

Wo die Sprache aufhort, fangt die Musik an
―言葉終わるところから、音楽が始まる

かのチャイコフスキーも手紙の中でこの言葉を引用しているのも納得の素敵さです。
音楽は、作曲者が「言葉では語れないもの」を空間に鳴り響く音で描きだそうとしたものなのでしょう。

ということは「楽譜は作曲者からの手紙」というのも、あながち夢物語ではなさそうです。

ところで、作曲者からの手紙である「楽譜」について考えたこと…ありますか?

演奏に携わっているみなさんならば、音高や音価、アーティキュレーション、ダイナミクス、種々の表情指示などは見落とすことなく読み込んでいることと思います。
しかし、みなさんが作曲者からの手紙だと信じ込んでいる楽譜が、実は間違いだらけだったら…

―そんなことあるはずはないよ!ちゃんと出版社から買っているし!

そんな声が聞こえてきそうですが…
出版社から出ているからと言って、それはちゃんと作曲者の言葉を伝えてくれているのでしょうか。
もう100年以上も前に亡くなった作曲者の言葉が、出版社を介して、誤解されていることもあるのでは…?

吹奏楽では基本的に「ある作品はある出版社からだけ」出版されています(もちろん例外も多々あるかとは思います)。
しかし、20世紀以前に作曲されたオーケストラやソロの作品は、いくつもの出版社から楽譜が出版されている場合があります!

クラシック音楽に携わる仕事をしている人や、クラシック音楽を学んでいる人は、ある曲の楽譜を買う際には必ずと言って良いほど、「楽譜を選ぶ」という行為をしなくてはなりません。
特にポケットスコア(スタディースコア)となると、日本の出版社からもいくつも出ているので、迷うこと迷うこと…
値段で決めてしまうのもお財布には良いかもしれませんが(海外からの輸入楽譜は高いですし…)、ちょっとまってください!

それらの楽譜、違いは出版社だけなのでしょうか。
実は中身をのぞいてみると、色々な違いがあることにすぐに気がつきます。
音が違う、リズムが違う、オーケストレーションが違う、調が違う…

吹奏楽ではほとんどこういう問題は起こらないはず。
なぜなら、さきほども書いたように「ある作品はある出版社からだけ」出ているためです。
なにか演奏したい曲があれば、その出版社から出ている楽譜を買えば解決です。逆に、他のものを探す方が難しいかもしれません。

吹奏楽とは少し縁のないかもしれない「楽譜」の問題。
私は吹奏楽に関わる人も考えるべき問題だと昔から思っているのですが、なかなか話題にならないのです。それも仕方のないことだというのも十分わかってはいるのですが…

吹奏楽と楽譜の関係で、最も重要なもの。
それはオーケストラ作品の編曲を行う際や、演奏をする際に関係します。

例えば、オーケストラのための作品を吹奏楽に編曲しようとしたとします。
多くの方が、まず原曲の楽譜を準備するのではないでしょうか。
どんな複雑な作品でも、耳コピで全てやってしまう方も世の中にはいるかもしれませんが(私もそういう超人的な方を知っています…恐ろしい)、普通は原曲の楽譜を手元に置いておくかと思います。

そこで使う楽譜が、どの出版社の楽譜(あるいは同じ出版社でも、いつ出版された楽譜)であるのかが、実はとても大切な場合があります。

そもそも、私が吹奏楽でも「楽譜」について考えるべきだと感じたのは、ある編曲作品を目にしたことがきっかけです。

それはあるオーケストラ作品の編曲でした。
原曲には有名な音の間違いがあるのですが、それをそのまま編曲していることに、とても驚いたことを今でも覚えています。
その編曲者は、おそらく古い楽譜(例えばIMSLP【注】で閲覧できるような楽譜)を使用したのではないかと勝手に推測しています。

普段は吹奏楽のための編曲作品を分析したりすることはしないので一概には言えませんが、こういう問題は実はそこかしこにあるのではないかと思っています。

編曲の質がどうの、カットがどうのという前に、そもそも編曲に使用した楽譜が実は間違いだらけのものだとしたら、それこそ問題なのではないかと思うのです。

難しいのは、楽譜の信頼度というものを数値化できないことです。
どの楽譜が正しくて、どの楽譜が間違っているのか…

楽譜の信頼度ということについては、これまた長くなりそうなので、次回に取り上げようと思います。

ともかく、楽譜を選ぶことはとても大切なことです。
例えば、吹奏楽でも頻繁に編曲されるラヴェルやドビュッシーの作品も、初期の出版譜に問題があることがありますし、マーラーやブルックナーに関しては、そもそもひとつの作品に対して色々な稿(Version)があります。ベートーヴェンやモーツァルトだってそうです。

――それなら、作曲者自身の手による楽譜を参考にすれば…

おっ!なかなか良いアイデア!

それでは試しにこちらを。

これはL.v.ベートーヴェンの有名な《交響曲第5番》の自筆譜です。日本では「運命」という名前で知られているので、みなさんも良く知っていると思います。
ベルリン州立図書館が所蔵している資料を、インターネット上に公開してくれています。本当に便利な時代になりました。昔はわざわざ現地に行って…
話が変わりそうなので戻しましょう!

さて、ご覧になっていかがでしたか?
ベートーヴェンにしては綺麗な自筆譜なのですが…

なんだか黒く塗りつぶした部分や、×印、その他いろいろと書き込まれていて、読みやすいものではないような…
楽譜に精通している方ならお気づきかと思いますが、楽器の配置も現在一般的なものとは全く異なります。

正直、この自筆譜だけを参考にして編曲するのは難しそうです。

自筆譜の問題点は他にもあります。
作曲者自身が自筆譜の記譜を間違えていて、出版譜を作成する際に修正した部分が反映されていない場合がある。自筆譜が公開されていない場合がある。そもそも紛失しているなどなど…

このような問題点をクリアして作成された楽譜が、実は世の中にはあります。
これも次回のお楽しみにしましょう!

「楽譜は全て同じ」という認識は、音楽をやっている人は捨て去るべきです。

編曲をされる方々にとって「楽譜」は、直接関わってくる大切なこと。
また、編曲作品を取り上げる際に、原曲の楽譜を参照される熱心な指導者の方々にも関係します。

冒頭で取り上げた「楽譜は作曲者からの手紙」という言葉を思い出してみてください。
手紙を正しく読むには、まずその手紙が本物でないとなりません。
戦時中のように、文章が黒く塗りつぶされていたり、第三者によって内容が書き変えられていたら、正しい内容がわかるはずもありませんね。

なるべく正しくお手紙を読むためにも、より良い楽譜を選ぶことが大切。
そんなより良い楽譜とはどういうものなのか、次回考えてみることにしましょう。

それでは、みなさん良い新年度を!

【注】
国際楽譜ライブラリープロジェクト(International Music Score Library Project)
パブリックドメインとなった楽譜を収録したサイト。自筆譜や筆写譜、初版譜など貴重な楽譜資料も閲覧することができる場合もあり、使い方によっては研究などにも役立つこともあります。

~♪~♪~♪~

本連載についてのご意見・ご感想は公式サイトの「Contact」から、あるいは以下のメールアドレス宛にお願いいたします。
alla.arama.a.br@gmail.com

同じくWind Band Press上で連載していました「石原勇太郎の【演奏の引き立て役「曲目解説」の上手な書き方】」もよろしくお願いいたします!(第1回の記事はコチラ


※この記事の著作権は石原勇太郎氏に帰属します。


石原勇太郎氏 プロフィール

ある時は言葉を紡ぎ、またある時は音を紡ぐ音楽家見習い。東京音楽大学大学院修士課程音楽学研究領域修了。同大大学院博士後期課程(音楽学)在学中。専門はオーストリアの作曲家アントン・ブルックナーと、その音楽の分析。論文『A.ブルックナーの交響曲第9番の全体構造――未完の第4楽章と、その知られざる機能――』(2016:東京音楽大学修士論文)『A.ブルックナーの交響曲第8 番の調計画――1887 年稿と1890 年稿の比較と分析を通して――』など。
公式サイト:https://www.yutaro-ishihara.info/
Twitter ID:@y_ishihara06

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