Wind Band Pressでも不定期で連載を寄稿していただいている、クラリネット奏者の有吉尚子さん。有吉さんはメルマガを発行されていて、僕(Wind Band Press梅本)も読んでいるのですが(購読はこちら)、先日、特に若い女性奏者への迷惑行為、ざっくりといえばセクハラ(セクシャルハラスメント)のお話がメルマガのテーマになっていました。
SNSなどを見ているだけでも結構「これって迷惑なのでは?」「このオジサンうざくないのかな?」「でも○○さん、断りにくそうだなあ・・・」みたいなのを見かけることがあったので、この機会にちょっと踏み込んでみませんか、と有吉さんにご相談したところ、ご快諾を頂き、今回の記事が出来上がりました。
最近では女性だけではなく男性奏者へのセクハラや迷惑行為(まとわりつき的なものかな)なども増えていると聞いています。
有吉さんも女性奏者なので、全体的に若い女性奏者の場合、で書かれていますが、男性奏者の方でも応用出来る内容ですのでぜひご一読ください。
それでは、以下有吉さんからのご寄稿です。どうぞ!
「演奏会聴きにいくから今度二人でご飯行こうよ」「プロデュースしてあげるから付き合わない?」「本番のあとは二人で打ち上げしよう」「このバイト、演奏者の求人だけど、お酒ついだり接客もしてもらうよ」「一緒に住んで生活全てについてアドバイスしてあげる!」
そんなオジサンに出会ったこと、活躍している女性奏者なら必ずあるでしょう。
もしかしたら男性でもそういう体験をする方もいるかもしれませんが、そのような被害に遭ったことのない人は
「そんな案件身近にないし、特殊なケースでしょ」
と思うかもしれませんね。
でもセクハラや迷惑行為に出会った女性奏者はわざわざ被害に遭ったことを言わないことが多いのが実情。
真摯に音楽に向き合って身を立てていこうとする若者を狙った迷惑行為は後を絶たないのです。
今回はそんな音楽家として生きていこうとする若い女性奏者がよく遭遇する迷惑行為とそれへの対策について書いてみました。
●よくあるケース
・ファンの振りをして近づいてきて音楽以外のことを要求し、それがエスカレートしていく
・レッスンやアドバイスをするという名目で密室に呼び出す
・仕事をあげるからといってデートなど見返りを求める
・演奏の仕事と称して接客など別の仕事の募集をする
・SNSで執拗にコメントをしたり、DMをたくさん送りつけたりなど必要以上にやたらと絡んでくる
・音楽教室などでなく個人的にレッスンを受けたいからと自宅に押しかけようとする
他にもいろんなケースがあるかもしれませんね。
こういう困った人に丁寧に対応しても、ほとんどの場合その後の演奏活動が広がっていくきっかけにはなりません。
あなたの貴重な時間と心のエネルギーが奪われるだけです。
とはいっても無視するのは気が引けるし報復されたりしたら怖い・・・ではどう対処したらいいのでしょうか。
絶対の正解というものではありませんが、ひとつのアイデアとして心の引き出しに入れておいていただけると良いかもしれません。
●対策
・ファンの振りをして近づいてきて要求がエスカレートしていく
→あなたが仲良くなりたい、人生の中で大切にしたい関係だと思う、という場合には音楽以外の交流をするのも良いでしょう。
でも少しでも「なんかイヤだな、気持ち悪いな」と感じる場合は相手には下心があることがほとんど。直感を信じて二人きりで会うのは避けましょう。
お誘いに対して「忙しい」とか「この日は予定があって行けない」などの返答をしていると何度も誘われることになります。
「二人きりで食事などは控えるようプロデューサー(師匠や親でもとにかく自分以外の人)から言われています」
などとはっきりと誘いに乗ることはないことを伝えられると良いですね。
自分の責任だけでなく周りの人にも止められていると伝える方法だと、抑止効果が高まるのでおすすめです。
・レッスンやアドバイスをするという名目で密室に呼び出す
→音楽のレッスンは防音設備が必要なので個人レッスンでは特に密室になってしまいがちです。
何かトラブルに発展しそうな時にすぐ助けを求められるようスマホを手元に置いておく、復習に使いたいからと録音または録画機器をセットしておく、ドアに鍵をかけない、などできる限りの自衛をしておきましょう。
必要以上にスキンシップを求めてくるような場合にはトイレなどを理由に一旦席を外し、冷静になってもらう時間を取りつつ何かしら理由をつけて第三者を伴って戻りましょう。(電話を繋いでおくなどでも無いよりずっとマシです)
・仕事をあげるからといって見返りを求める
→そもそも仕事をすることであなたが差し出すのはミュージシャンとしての労働です。デートをすることでギャラを頂いてるわけではありません。
そういう場合は悲しいですが自分の演奏には魅力を感じてはいないんだと割り切って別のオーディションを探すなど他に目を向けるほうが建設的かもしれません。
・演奏の仕事と称してホステス募集をする
→奏者募集という広告で募集をするけれど仕事時間の大部分が客席でのお酌など演奏以外の仕事がメインになっているアルバイトもあります。
実際に活動の中で演奏者は練習や演奏だけではなくプロデュースからプロモーション、顧客対応までさまざまな仕事をしますが、それを拡大解釈して「勉強になる」「人脈が作れる」などのあおり文句で他の仕事に誘導されることも多いもの。
そして得てしてそういう騙しのような募集をかけているお店のお給料はファストフードやコンビニのアルバイトに比べたら多少高くても、通常キャバクラでアルバイトした場合よりはるかに少ない時給しかもらえないことが多いです。
演奏の対価が練習・準備やそれまで学びなどを省いたその場での時間しか考慮されていないというのは不当に搾取されているということなんです。
またライブハウスなど集客を奏者に頼っているお店も少なくありませんが、集客をするのは連絡対応など時間外労働です。
そこで出会う新たなお客様などの機会も含めて納得できるのかどうか、また自分の大切にしているお客さまやご両親になどにも自信を持って「来てください」とおすすめできるのか、面接の時に確認しましょう。
お互いに納得した上で演奏の合間の手の空いた時間にお皿を洗うとかお客さんの挨拶にお返事をするなんていうのも自分が納得した上でならいいのではないでしょうか。
・SNSで執拗にコメントをしたり、DMをたくさん送りつけたりなど必要以上にやたらと絡んでくる
→SNSに関してはおかしなコメントをしてきたら即座にブロックして該当コメントも削除してしまいましょう。
やんわりと肯定的に対応してしまえばそれを見た別の迷惑行為をする人からも「構ってもらえる」と思われてさらに絡まれることになってしまいます。
もしブロックやミュート設定をすることに抵抗がある場合は事前にプロフィールや固定ページに
「頂いたコメント全てにはご返信が出来ない場合がございます」
「友達申請はすべてお受けできない場合がございます、よろしければFBページをフォローしてください」
「フォローを整理する場合があります」
など明記しておくのも一つの手段です。
あわせて特にTwitterはフォロー外からのDMは受け取らないよう設定し「お問い合わせは公式サイトから」としておくのもいいでしょう。
自宅住所や電話番号は公開しない、自宅を特定出来る風景が写り込まないようにする、仕事以外でどこかにでかけてそれをSNSに投稿する時は必ず時間差にしてリアルタイムの居場所を知られないようにする、なども自衛策として頭に入れておくと安心ですね。
・音楽教室などでなく個人的にレッスンを受けたいからと自宅に押しかけようとする
→「成人男性は受け付けていません」「トラブル防止のため信頼できる方からのご紹介のみお引き受けしています」などキッパリとお断りしましょう。
間違っても自宅に上げてしまうようなことの無いよう注意しましょう。
●周りの人は
周りの人は嫌な目に遭っているのを見ても何も言ってこないかもしれません。
でも良識ある本当に応援してくれている人は
「変なのに絡まれちゃって大変だな、大丈夫かな」
「心配だから連絡してみようかな、でもかえって煩わせて迷惑になってしまうかな」
なんて心配してくれていることが多いもの。
サイレントマジョリティと言われる反応のない大多数の人はあなたを本当に応援して心配して見守っていることがほとんどなのです。
それからもう一つは、あなたが不当な扱いを許容するのは自分にとってマイナスなだけでなく、同業の若い女性奏者みんながそれをしてくれるものだと迷惑行為の相手やSNSなどで対応を見ている人が思ってしまうということ。
迷惑行為をちゃんと断るのはあなたの人生と志を守るだけでなく周りの仲間に迷惑が及ばないようにすることなんです。
●相談窓口
それでも万が一被害に遭ってしまい困っている場合はこんな窓口で相談に乗ってもらえるようです。
厚生労働省:ハラスメント悩み相談室
https://harasu-soudan.mhlw.go.jp/
みんなの人権110番(全国共通人権相談ダイヤル)※法務省管轄
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken20.html
文:有吉尚子
以上、有吉さんからのご寄稿でした。
セクハラに限らず○○ハラスメントというのは線引きが難しいところもありますが、だからといって嫌な思いをしてまで相手に付きわないといけない義理もなかろうな、と思います。ぴしゃりと断ったりブロックするのが気分的に難しく、でも迷惑だなと感じ困っている場合は、上記厚生労働省や法務省のサイトから相談してみても良いでしょう。
また上記では触れていませんが、学校現場などでのセクハラもあると思います。先生、指揮者、指導者、OBやOGなど、年齢だけでなく名目上は立場もうえにいる人達が、生徒に対してセクハラやパワハラを行う場合もあるでしょう。僕の知り合いの中にも、学生時代にあわやという危険な目に遭っている人もいます。男子生徒、女子生徒関係なく、何かヤバそうな人と「二人っきり」のような状況をなるべく作らないこと、どうしてもそうなる場合、可能であれば事前にスマホの録音アプリを起動させておく、友達に電話をつないでおく、などしておくのも良いかと思います。
また日常的に合奏などで先生や指導者からセクハラ・パワハラと思われる発言が多く、部活動をやるうえで多くの部員が不快に感じているのであれば、録音または録画をして、教育委員会や上記の各省に相談しても良いかと思います。
有吉さんのお話が、悩みを抱えている方の解決につながり、より健全な業界になっていけば幸いです。
(Wind Band Press 梅本周平)
今回ご寄稿頂いた有吉さんのメルマガはこちらです。
https://open-eared.com/mail_course/
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有吉尚子氏プロフィール
栃木県日光市出身。
都立井草高等学校卒業。2007年洗足学園音楽大学卒業。2009年同大学院修了。
クラリネットを大浦綾子、高橋知己、千葉直師の各氏に、室内楽を平澤匡朗、板倉康明、岡田伸夫の各氏に師事。
ミシェル・アリニョン、ポール・メイエ、アレッサンドロ・カルボナーレ、ピーター・シュミードルの各氏の公開レッスンを、バスクラリネットにてサウロ・ベルティ氏の公開レッスンを受講。
受講料全額助成を受けロシア国立モスクワ音楽院マスタークラスを修了。
及川音楽事務所第21回新人オーディション合格。
2010年より親子で聴ける解説付きのコンサ-ト「CLARINET CLASSICS」~クラシック音楽の聴き方~をシリーズで行う。
2015年、東京にてソロ・リサイタルを開催。
オーケストラやアンサンブルまたソロで演奏活動を行っている。
また、音楽講師のためのソルフェージュや音楽理論、演奏するときの効率的な身体の使い方などレッスンや執筆、コンクール審査などの活動も行っている。
ボディチャンス認定ボディシンキング(身体の構造と機能指導資格)コーチ。
アレクサンダー・テクニーク教師。
有吉さんのコラム【耳を良くする管楽器レッスン法】これまでの記事はこちらから
有吉さんへのインタビュー記事も合わせてご一読を!→【今すぐ出来る実験付き】「誰でも持っている本来の力を誰でも使えるようにする」~アレクサンダー・テクニークってどうなの?講師の有吉尚子さんにお話を伺いました
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