僧侶兼打楽器奏者として幅広く活躍している福原泰明さん。。2014年には日本人として初めて世界で最も有名なブラスバンド「ブラック・ダイク・バンド」の正式メンバーとなりパーカッション・ソロイストとしても活躍していました。まさかお坊さんになるとはね・・・
そんな福原さんが、「心」をテーマに、仏教の教えを元に、演奏家(音楽家)の悩みや心のモヤモヤを晴らし、どう生きていくか、をライトに語る連載「僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法」。
第11回となる今回はのタイトルは「箭新羅に過ぐ」。さてどんなお話が聞けるのでしょうか。
「あの時こうしていれば…」「もっとこうしておけば…」。誰でも一度は考えたことがあると思います。今回は、そんな「後悔」について。
「箭(や)新羅(しんら)を過ぐ」。「箭」というのは「矢」の意味であり、「放った矢はとうの彼方へ行ってしまった」という言葉となります。矢は放たれた瞬間に一直線に飛んでいくので、放った後に何をしようと「後の祭りで役に立たない」という意味を表します。
中国の仏教書、「碧巌録(へきがんろく)」に記されている言葉です。中国宋代の禅僧、圜悟克勤(えんごこくごん)が編纂したこの碧眼録は、臨済宗でかなり重要視されている本です。
さて、いきなりの質問ですが、楽器というのはどのように音を発しているでしょう?
弦楽器、管楽器と種類が変われば音の出し方も変わりますが、私は打楽器奏者なので打楽器にフォーカスして話していきます。
私の扱う楽器は非常にシンプルで、「膜や鍵盤を圧力を加え、振動させて音を出す」というものになります。つまり、膜や鍵盤への圧力の掛け方によって出てくる音が変わります。
よってスティックや手のひらがどう当たったかで音が決まり、速く当たった際には鋭い音が出て、ゆっくり当たった際には柔らかい音が出ます。
では、もう一つ質問です。
「音が決まる瞬間」とはどこになるでしょうか?
物理学、音響学などの分野では「物が当たった瞬間」になるかもしれませんが、演奏者としての音が決まる瞬間とは、「“こういう音を出そう”として動き出した瞬間」だと思っています。
ボールを宙に投げたら、投げた時のエネルギー量と方向によってボールが落ちる地点とタイミングが決まります。つまり、手から離れた瞬間にはもうボールがどこにどう落ちるかが決まっているわけです。離れた後に何をしようと、ボールの着地点は変わりません。
打楽器も一緒です。音を叩こうとして腕を上げた後は、どこにどう着地するかが決まっているわけです。
確かにボールと違ってスティックが手から離れているわけではないので無理に着地方法を変えることができますが、変えたところで使い物にならない音が出るだけか、最悪腕を痛める結果になるでしょう。
要するに、「動き出した瞬間」に音が決まっているわけです。音を外す、思った音が出ない、こういう時は「当たった瞬間」に原因があるのでは無く「動き出した瞬間」にあるのです。
そして更に、音というのは出した後も「次」がすぐに待っています。16部音符の連符はもちろん一つ叩いてもすぐに次を叩かなければいけないし、たとえ次が休符でも曲は次に進んでいきます。
なので、
[1]の音を出すために叩く→[1]の音を聴いて、この音が適切だったかを判断する→[2]の音を出すために叩く→[2]の音を聴いて判断する
というやり方だと「常に過去を振り返っている」状態なので、特に連符の時はうまくいきません。
「次の音を出すために動き出した瞬間に音は決まっている」という事は先ほど書きました。なのでそれを使って、
[1]の音を出そうと“動き出す”→[2]の音はどの音を出すか“考える”→[1]の音が叩かれ音が出る→[2]の音を出すために“動き出す”→[3]の音はどの音を出すか”考える”
という順序で演奏してみると、「常に次を見ている状態」になりますので、連符の途中で躓きにくくなります。
この状態では、「[1]の音を出す瞬間にはもう[1]の音の事を考えていない」のです。
出した音の事をいくら考えても、その音が変わることはありません。放った矢は、とうの彼方へ飛んでいってしまったのです。
「箭新羅を過ぐ」は、演奏以外でも応用できます。
例えば本番の演奏中に「聴いている人は自分の演奏をどう思っているだろうか」などの事は、考えても意味はありません。
なぜなら「考えたところで聴いている人の感想、受け止め方が変わるわけではないから」です。本番のステージ上でそんな事を考えても、自分の演奏に良い変化が現れるわけではありません。
他にも、練習中に「LINEを送ったけど返信来てないかな」とか「あ、資格試験の申し込みまだしてなかった」とか考えることは無駄です。練習中にそういう事を考えたところで返信が来るわけでもないし、申し込みも完了するわけでは無いからです。
他者をコントロールする事はできません。自分が今出来ることをするだけなのです。
また、マルチタスクを強いることで、物事の優先順位を見失い、注意散漫になってしまっては本末転倒です。
ですので私がここで言いたいのは、「今考えている事は、本当に“今”必要な思考なのか」と、自分自身をレビューしてみて、思考の取捨選択をするのが重要だということです。
放たれた矢は、何をしようが止まってくれません。
自分が何を考えようが、「次」は待ってくれません。
もちろん後悔などしている暇はありません。
ちなみに私は、先日イタリアに国際コンクールを受けに行く予定でした。年齢制限のため、最後のチャンス。全てを掛けて挑むつもりでしたが、結局日本から出発することすらできずに終わりました。飛行機が飛ばなかったのです。詳しくはこちら→http://yasuakifukuhara.com/archives/1219
行けなくなったのが確定した時はさすがにショックでしたが、次の日にはもうほぼ回復していました。だって「飛行機が飛んでいれば今頃向こうで…」とか考えてたところで意味無いじゃん。
というのは強がりで、本当は密かにやりたかった「イタリアの海辺でサングラスを掛けてベンチでゆったり」が出来なくなったことに関しては未だに引きずっています。
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今回も面白いお話が聞けましたね!
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※この記事の著作権は福原泰明氏に帰属します。
【福原泰明 プロフィール】
東京都出身。15歳より打楽器を始める。日本大学文理学部心理学科卒業。英国王立北音楽院修士課程修了。
在学中に学内奨学金を授与される。打楽器全般を大里みどり、シモン・レベッロ、エリザベス・ギリバー、ポール・パトリック、ティンパニをイアン・ライト、ラテンパーカッション及びセットドラムをデイヴ・ハッセルの各氏に師事。第11回イタリア国際打楽器コンクール(ヴァイブラフォンの部)ファイナリスト。
2011年7月、渡英と同時に、世界で最も名高いブラスバンド(金管バンド)の一つ、フェアリー・バンドに入団。同年10月より首席打楽器奏者を務める。同年12月にはブラスバンド専門ウェブサイトの4barsrest.comにて「2011年打楽器奏者ベスト5」の一人として取り上げられる。2012年には有名ブラスバンド専門雑誌「British Bandsman」にて表紙を飾り、ロング・インタビューが掲載されるのを始め、複数の音楽雑誌に取り上げらるなど、英国ブラスバンド界ではまだ数少なかった”打楽器ソリスト”として活動。その存在は、普段ブラスバンドの中ではスポットが当たりにくかった”打楽器”を”ソロ楽器”として認識させることとなる。2013年1月、「RNCM Festival of Brass」にて自身が委嘱したロドニー・ニュートン作曲の打楽器協奏曲「ザ・ゴールデン・アップルズ・オブ・ザ・サン」をフェアリー・バンドと共に世界初演し、満員の観客からスタンディング・オベーションを受け、ブラスバンド界の演奏者、指揮者、作曲家、編集者の各方面からも絶賛される。
同年10月よりレイランド・バンドに入団。打楽器ソロ曲のレパートリーを更に広げていく。同年11月、三大ブラスバンド・コンテストの一つ「Brass In Concert Championships」にてマリンバとフリューゲル・ホルンのデュオを演奏し、「本日の最高の演奏の一つ」(4barsrest.com)と評される。
2014年、世界で最も有名なブラスバンドと言われるブラック・ダイク・バンドに史上初の日本人正式メンバーとして入団。マリンバ・ソロイストとしてコンサートでソロを務める。
オランダの打楽器メーカー”マジェスティック・パーカッション”エンドーサー。
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