「音の生き物としての面白さ、響きというものの素晴らしさ」を伝えたい:作曲家 北爪道夫さんインタビュー




吹奏楽以外にも、管弦楽、室内楽、合唱のための音楽など幅広くクラシック音楽の分野で活躍されている作曲家、北爪道夫さん。

吹奏楽では「風の国」「フェスタ」、全日本吹奏楽コンクール課題曲「祈りの旅」、そしてバンド維新などで演奏された作品などで、どの世代の方もどこかしらで北爪さんの作品に触れているのではないでしょうか。

どれも入魂の作品ばかりで、聴いていると息をするのも忘れるくらいに惹き込まれてしまう音楽が魅力的な、日本を代表する作曲家の一人だと思います。

今回はそんな北爪道夫さんにメールインタビューをすることが出来ました。どのようにしてあの音楽が生まれるのか、どんなことを考えていらっしゃるのか、全力でご回答を頂きましたので、ぜひ気合を入れてお読み下さい!


-まず初めに、作曲家を志したきっかけを教えて下さい。

父が戦後から平成初期まで活躍したクラリネット奏者だったので、幼少の頃から日常的にクラシック音楽のある環境にいました。また、何かにつけ作るのが好きで、抽象画を描かれる先生のところで一緒に油絵を書いていましたので、新しい表現の面白さについては免疫ができたのかもしれません。音楽の方でも近現代作品を抵抗なく受け入れていました。漠然と色々やっていましたが、作曲を仕事にしようと決めたのは高校入学後の将来の進路決定の時期でした。

-作曲家として人生のターニングポイントとなった作品があれば、その作品についてのエピソードを教えて下さい。

そうした意味での特定の作品はありません。

-作品それぞれにテーマなどがある場合もあるかと思いますが、これまでの作品全体を通じて伝えたいことや、ご自身ならではのこだわりなどについて教えて下さい。

それぞれにテーマとコンセプト(概念)があるわけですが、それらを包み込む更に上位の条件、こだわりとして伝えたいことは、「音の生き物としての面白さ、響きというものの素晴らしさ」に尽きます。それらが自ずと音楽を産んできたのだと思います。音、響きといった素材を充分に磨くことによって色々なことに気付くでしょう?それが音楽なのです。

一方、素材が良質でも、幕の内弁当のような「何でもありますよ」的な音楽は好まない。また、辞書や百科事典にあるような「行き届いた解答や予定調和」を求める音楽には魅力を感じません。つまり、過度に説明的で先が読める音楽体験より、例え予想外であっても、色々な音楽が有り得るという体験の方が、より重要で、受け止める快感があります。そして、理屈が通っていても魅力のない音楽は受け付けません。

-これまでの活動の中で、様々なことがあったかと思いますが、作曲家として「これは最高の瞬間だった」というエピソードを教えて下さい。

下野竜也さん指揮による広島ウインドオーケストラが東京オペラシティ・タケミツメモリアルで上演してくださった私の《風の国》では全ての面で忘れがたい至福の体験をしました。信じ難い名演でした。下野さんが語る吹奏楽についての見解は大いに共感することばかり、おまけに1991年鹿児島ウインドアンサンブル結成20周年記念委嘱作品《フェスタ》を長瀬義人先生の指揮で初演した際、下野さんはTpを吹いて下さっていたとのことでもう一度びっくりでした。
次に、オーケストラのための《映照》のヨーロッパ初演です。11月の嵐の晩にレイキャビックに到着し、雪崩で多数の死者が出たことを聞き、翌日リハーサルはしたのですが、国中喪に服するので演奏会は延期、それが再度変更され、予定の翌日に開催されました。日本では不可能です。アイスランド交響楽団で、指揮はオラ・ルドゥナーさん。柔らかく透明感のある良いオーケストラで、日本から持参した4個の木柾を皆さんが大変気に入って下さったので寄付してきました!

-逆に作曲家として「もっとも落ち込んだ瞬間」もしくは「もっとも悩んだ時期」と、そこからどのように立ち直ったか、またはそれとどのように向き合ったか、について教えて下さい。

「もっとも」との自覚はなく、ほぼ毎度悩んでいます。誰でも、困難に向き合ったりそこから立ち直るためにやることは「体力の回復」でしょう。人間としてごく普通の事として疲労回復に美味しいもの食べたり、何処かへ出掛けたりしながら、とにかく続けることに粉骨砕身する、次の作品の成功に向けて集中するしか方法はありません。

-作曲にあたって心がけていること、気をつけていること、重点を置いていることなどを教えて下さい。

体力、集中力、粘り強さ。一瞬一瞬を楽しめるように意識して、気にいるまで続ける、または待つ。

-現在ご自身以外で注目している作曲家や特に気になった作品はありますか?

特に思い当たりません。

-私(梅本)の世代だと北爪先生の吹奏楽作品を知ったきっかけが吹奏楽コンクール課題曲の《祈りの旅》であったり「響宴」で演奏された《Secret Song》であったりします。上の世代だと《フェスタ》など、下の世代になると「バンド維新」での一連の作品などがきっかけになったかもしれません。そういった意味で広い世代にお名前が知られているかと思いますが、近年の吹奏楽関係の活動といえばやはりバンド維新かと思います。いまのところ次回開催については情報が出ていないようですが、バンド維新は今後どうなっていくのか、現状お答えいただける範囲で教えていただけますでしょうか。

私の最初の吹奏楽作品は1985年の《風の国》です。前出の広島ウインドオーケストラと下野竜也さんによる広島定期演奏会の素晴らしいCD(2013年)がありますのでぜひ聴いて下さい。
「バンド維新」は来年3月15日にアクトシティ浜松で開催します。今まで同様、浜松市文化振興財団が深いご理解のもと主催して下さいます。中学生高校生の方々との交流を、より深めたいと思っています。

-吹奏楽に限らず、現在取り組んでいらっしゃる作品や活動がございましたら、それらについて教えていただけますでしょうか。

来年3月の「バンド維新2020」のために、《ピアノとウインドアンサンブルのための小協奏曲》(仮題)を書いています。
また、日本合唱協会の委嘱で《万葉の歌III》を書いています。万葉集を素材にした混声合唱曲集で、これまで同合唱団により初演された第1集、第2集と共に、6月15日に室内合唱団日唱 第28回定期演奏会で初演されます。小編成の声楽アンサンブルは大いに魅力的であり、とても素敵なグループとの再会が楽しみです。

-これまでのご経験を通じて、ご自身が感じていらっしゃる「吹奏楽編成の魅力や可能性」また「管楽器や打楽器を用いた室内楽の魅力や可能性」について、それぞれ教えて下さい。

「編成」という言葉が提示されたので申し上げますと、私と吹奏楽の出会いは1961年のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の初来日です。今でも覚えているその大編成でのPPは、中学生の私でもゾッとするほどの美しさでした。日本の吹奏楽における(所謂?)標準編成には魅力や可能性よりもまず、戸惑いを感じたものです。管弦楽における管楽器は、個々の音色的特徴が非常に重んじられ、ソロ楽器として大切にされる。その同じ楽器たちが、吹奏楽においては鬩ぎ合い、いつしかモノクロームで距離感の乏しい表現へと変質してしまう恐怖との戦い。勿論これを逆手にとればTutti/Unis.を基本とする作曲も成り立つわけです。しかし私は《風の国》《フェスタ》《祈りの旅》と、「重ね」を極力減らしてきました。吹奏楽が陥る、あの濁った響きから解放された耳を獲得したかったのです。そして、本当は必要な楽器だけで書くのが道理であることはご理解いただけるでしょう。11年前に始まった「バンド維新」は小編成ウインドアンサンブルを推奨してきましたが、大編成に比べ明らかに響きに透明感があることは皆様ご経験と思います。最近はあちこちで小編成で活動するグループが増え、喜ばしいことです。そして室内楽は一人一人の自主的な充実度が非常に高く、上達も見えやすく、他人への依存度は低く、音楽のスタイルも様々で自由に楽しめるのでオススメです。

-今後の目標について教えてください。

死ぬまで作曲の仕事を続けていられることです。

-北爪先生の作品を今後演奏される演奏者の方に今一番伝えたいメッセージをお願いします。

自分がどのように演奏したいかを見定められるようになること。表現の種類と、それぞれの幅(段階)をなるべくたくさん用意できる演奏家になって下さい。

-最後に、作編曲家志望の方に向けて今一番伝えたいメッセージをお願いします。

演奏と同じように、作曲も全身でやる仕事です。まず、「気に入った響き」と「話の通じる友人」が必要ですね。経験から言うと「話す」ことで思考が促進されます。


インタビュー・文:梅本周平(Wind Band Press)


以上、北爪道夫さんへのインタビューでした。

後進の指導もされている北爪さんならではのありがたいお言葉も多かったですね。肝に銘じて生きていきましょう・・・。

個人的には何度か作品を実演で(ライヴで)聴く機会があったのですが、東京佼成ウインドオーケストラの第100回定期演奏会で演奏された委嘱作品の「雲の変容」、あれを聴いた時には「もうこのまま客席で死んでもいいな」と思いましたね。吹奏楽作品を聴きながらそんなことを思ったのは後にも先にもあの時だけです。もちろん死ななくて良かったですけど。

なかなかご縁がないのか私自身は北爪さんの作品を演奏したことはないのですが、おそらく凄く頭を使うと思いますし、それこそが演奏するということの醍醐味なのかもしれません。

この機会に是非多くの方に北爪さんの作品に触れて欲しいと思います。

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北爪道夫さんの公式サイトはこちらです。
http://michiokitazume.com/

■北爪道夫氏プロフィール:

1948年東京生まれ。

1966年から74年まで東京芸術大学および同大学院で、作曲を池内友次郎、矢代秋雄、松村禎三に、ピアノを坪田昭三に、また、指揮を斎藤秀雄、高階正光に師事した。

77年、演奏家と作曲家の協業によるグループ「アンサンブル・ヴァン・ドリアン」結成に参画、作曲・企画・指揮を担当、内外の現代作品紹介に努め、85年まで活動。 同グループは83年、第1回中島健蔵音楽賞を受賞した。

79年より1年間、文化庁派遣芸術家としてフランスで研修。

「日本・ハンガリーフェスティバル」(84年ブダペスト、86年東京)に日本代表として参加。

87年オーケストラ・プロジェクト’87で打楽器とオーケストラのための《サイド・バイ・サイド》を発表。

その後のオーケストラ作品には《昇華》(京都市委嘱1990)、《映照》(日本交響楽振興財団委嘱1993)、《彩られた地形第1番》(しらかわホール委嘱1995)、《空と樹の儀式》(横浜市文化財団委嘱1997)、《始まりの海から》(新星日本交響楽団委嘱1999)、《地の風景》(仙台フィルハーモニー管弦楽団委嘱2000)などがあり、内外で再演。

94年《映照》で尾高賞を受賞、同作品は95年ユネスコ国際作曲家審議会(IRC)最優秀作品に選出され、IRC50周年記念CDに主な作品として収められた(CD : QDisc 7418242, International Rostrum of Composers 1955-1999)。

01年《地の風景》で尾高賞を受賞。

04年《管弦楽のための協奏曲》など長年にわたる作曲活動に対して第22回中島健蔵音楽賞を受賞。

しばしば演奏されるオーケストラ作品群のほか、《悠遠―鳥によせて》など2曲の国立劇場委嘱作を含む邦楽器のための作品群、さまざまな楽器や声のための作曲は多岐にわたり、自然との対話から紡ぎ出された音響によるそれらの作品は、内外のコンサート、放送、CDで紹介されている。

CD:「北爪道夫オーケストラ作品集」(FOCD2514)、「北爪道夫・作曲家の個展」(FOCD3505)他。

東京音楽大学客員教授。愛知県立芸術大学名誉教授。日本現代音楽協会理事。日本作編曲家協会理事。




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