「作品に対して謙虚であることがより良い演奏の基礎になる」 インタビュー:指揮者 中原朋哉さん




国内外で活動する楽団員によって構成され、静岡県内全域を主な活動地域としているオーケストラ、シンフォニエッタ静岡。フランスの地方オーケストラのような音色を持ち、プロオーケストラとしては国内で唯一バソン(フランス式ファゴット)の定席があります。

熱狂的な吹奏楽ファンの間では、「メキシコの祭」の管弦楽版・日本初演を行ったオーケストラとしても認知されているのではないでしょうか。その他、これまでにヴァイル、モーツァルトなどの管楽合奏曲も取り上げており、2017-2018シーズンの定期公演ではほとんどの公演で管楽器をフィーチャーした作品や管楽器のソリストやアンサンブルとの共演が控えています。

吹奏楽ファン、管打楽器ファンも是非チェックしておきたいオーケストラのひとつです。

今回は焼津市出身でヨーロッパでの経験も長い芸術監督・指揮者の中原朋哉さんにメールインタビューをさせていただきました。


―中原さんが芸術監督および指揮者を務めるオーケストラ「シンフォニエッタ静岡」では、クルト・ヴァイルの「ヴァイオリンと管楽合奏のための協奏曲」、モーツァルトの「セレナード10~12番」といった管楽合奏作品も取り上げるほか、吹奏楽の名曲、ハーバート・オーウェン・リードの「メキシコの祭」管弦楽版・日本初演を含め、多くの作品の世界初演や日本初演も行っています。吹奏楽の、特に邦人作品の場合は作曲者自身を呼んでレッスンをすることもあるようですが、そういったことが出来ない場合、参考となる演奏が少ない「初演」を行うにあたって、指揮者が心がけるべきこと、準備しなければいけないことはどのようなことだと思われますでしょうか。

まず、興味本意で手を出さないこと。
基本的なことですが、「初演」ということだけに価値観を求めるようなことがないようにしてほしい。演奏団体(または団体内の一部の人達)の自己中心的な考えに陥らないことが基本です。
なぜ自分たちがその作曲家の作品を初演しなくてはならないのか?

演奏にあたって、作曲者とコンタクトがとれるのであれば、作品に対する考えを聞いておくと良い場合もある。ただ、作曲者が生きているからといって、必ずしも作曲者とコンタクトをとる必要はないとも思う。というのは、作曲者の言うことが必ずしも「演奏する」、「聴衆に対して作品を通訳して提供する」という点で正しいとはいえないことがあるからです。

例えば、大音響の中でソロが書かれているようなことがあります。このような明らかにバランスの悪い箇所を調整しなくてはならないことがあります。でも作曲者が目の前にいると、そのような妥協を認めない人がいたりする。こうなると、まず作曲者の基本的な能力を疑うのだけど、本人が目の前でそういっているのだから書いてある通りに演奏せざるを得なくなる。すると色々ギクシャクして演奏がおかしなことになることもある。

作曲家の意図が重要か、聴衆に対して良い状況で(上記の例で言えば、きちんとソロが聞こえるような状況で)音楽を届けることが重要かという判断を、指揮者がきちんと出来なくてはならない。

作曲者が既にこの世にいない、コンタクトがとれない場合は、この作曲者の他の作品を研究しておくと良いこともあります。ただし、作風が一貫されていない場合もあるので必要というわけでもない。

初演に限ったことではないけれど、作曲家は作品を世に出した以上、本人が演奏についてあとからとやかく言うのはどうなのかな?と思うことがある。
「自分の作品がもうすぐ演奏されますよ。」という告知はいいけれど、聴きに行ってSNSを使ってコメントすることは、その感想が演奏した団体にとって良いものであっても、どうなのかな?と思う。才能のある作曲家であればあちらこちらで自分の作品が演奏されているのだから、特定の団体だけを評価することには、作曲家自身が気を配るべきではないかと思う。

演奏団体にとって、楽譜が世に出ている以上、生きている作曲家に「お墨付き」をもらうことを目的にしてはいけない。作曲者に助言をもらうために呼ぶのであれば、本人に指揮させる方が良いんじゃないかな。

その作品が初演であってもそうでなくても、作品に誠実に向き合い、演奏することが何よりも大事なはずです。

参考音源なんていうものは全く聞く必要はないし、そんなものを楽譜に付けている出版社もよくわからない。何のための楽譜なのだろうか?
楽譜をカラオケの画面の下に出る歌詞のガイドと同じように考えていないだろうか。

どこかの団体がどう演奏しているかということは全く関係ない。とにかく楽譜に書かれていることを読むこと。まわりが何をしているのか聴いて、自分の役割を判断すること。まわりが何をしているか理解するために、出来る限り全員がスコアに目を通すことの方が重要です。

―シンフォニエッタ静岡はプロオーケストラとしては国内で唯一バソン(フランス式ファゴット)の定席があるほか、他の国内オーケストラにはない独特のプログラミングも特徴的で、毎回ファンをワクワクさせるような企画になっている思います。吹奏楽においても、他のバンドとの差別化、というのはそれぞれ意識しているとは思いますが、傍から見ている限りさほどバラエティーに富んだ公演が並んでいるようにも見えません。公演の企画・プロデュースや選曲における差別化の秘訣やアイディアの出し方のポイントなどはございますでしょうか。

これは担当者のセンス(主観的、客観的)、持っている情報量の多さとしか言えないと思います。

もう少し踏み込めば、どこかの団体の真似をしない、「常識」が「本当にそれは常識か?」と疑うことがオリジナリティのあるプログラミングに繋がるのではないかな。

また、お客様の気持ちや演奏のクオリティを考え、演奏会当日でも演奏曲順を変更する決断力があると良い結果に繋がると思います。ただしここにもセンスと指揮者の決断力、オーケストラやスタッフの対応能力が必要です。

参考になるかわからないけれど、私自身の経験では、高校生の時、吹奏楽コンクールでA.リードの「オセロ」といえば1,3(たくさんカット),4楽章というのが定番だった(今思えばカットすら邪道だけれど)。そんな中で私は「1,2,3楽章」で「静かに終わる」という構成にするよう、顧問の(指揮をした)先生に強力に要求した。吹奏楽マニアの友人達からも、また部活内部でも「吹奏楽コンクールで静かに終わるなんてあり得ない」と散々言われたけれど、結果として、評判もコンクールの結果もなかなか良かった。

もう一つ、その翌年、吹奏楽部の定期演奏会をはじめるにあたって、近隣の高校や市民バンドは、どこも3部形式で2時間半とか3時間やるところを「前後半の2部形式、アンコール込みで2時間以内」と決めてクラシックとポップスの比率を半々にした。後輩にもこれを受け継いでいくようにしてもらった。演奏する側主体のうんざりする長さより、聴き手が十分だと感じる長さにするという構成がなかなかウケたということもある。オーケストラなど大半のクラシックコンサートでは普通の長さにしただけのことなんですけどね。

色々試して聴き手がどういう反応をしているのか、客観的に見極める能力が求められると思う。

―シンフォニエッタ静岡は特に地域(本拠地は静岡県焼津市)を大事にし、音楽鑑賞教室などはもちろんのこと、ふるさと納税にCDセットを提供するなど、地域に根差した活動も目立ちます。「地域密着」を大事にしたいけれども、具体的に何をしたらよいのかわからない、というバンドへアドバイスをいただけますでしょうか。

「根差そう」と思わないことかな。

プロの団体とアマチュアの団体に求められていることは違うということを認識すべきだと考えます。

これはそれぞれの地域で活動する、いわゆる「市民吹奏楽団」に関する質問だと理解するのですが、アマチュアの団体なら吹奏楽に限らず、地域密着とか考える必要はないと思います。本来その地域だけでしか活動しないはずなのだから。常に「趣味」でやっていることを自覚していればいい。そこが肝心。ご自分の住んでいる地域の人々が「趣味」として集まっている団体であるということを忘れないことです。

地域貢献するのはプロに求められていることであって、いわゆる市民吹奏楽団というのは原則として社会教育団体(生涯学習のための団体)。その地域に住む「演奏をしたい」と思う人を受け入れることがアマチュアの団体(市民吹奏楽団)には求められています。

なので、「地域密着」とか言って、プロ気取りになっている(プロの事業の真似をする)アマチュア団体を見ることがありますが、プロが行政から求められているような地域貢献と同じような行動をアマチュア団体が取ることは、技術や能力の観点から別のものだと考えたほうがいいですね。

自治体によっては、社会教育団体であるアマチュア団体にプロのような活動を求めたりと、勘違いしている行政がありますので注意が必要です。

繰り返しますが、市民による演奏団体の基本は、「その地域で演奏したいと思う人を受け入れること」です(これはプロには出来ないことです)。それが市民吹奏楽といった団体に求められている正しい地域貢献活動、地域密着ということです。

もしも、本当に活動している地域の芸術振興に貢献したいと思うなら、地域の住民や自治体、何よりも作品、作曲家に対し謙虚な態度であることが大事です。

―少しライトな質問に移ります。最初にお伺いした「初演」について、チラシやポスターに「初演」と記載するのは集客的にもインパクトがあると思うのですが、特に海外の作品の場合、それが日本初演かどうかを調べるにはどうしたら良いのでしょうか。特に販売譜の場合は作曲家自身も把握していないことも多いので・・・。

いや、マニア以外には何もインパクトはないと思いますよ。初演だからってチケットが飛ぶように売れたりしないですから。

初演かどうかは出版社に尋ねること。

以前はJASRACに問い合わせたこともあるけど、彼らの活動の目的は違うところにあるので、ほとんどあてにならない。

売り譜が日本初演かどうかは、ここ20年くらいの作品はインターネットでどこかの団体が演奏していないか検索するしかないですね。

レンタル譜でも管理する出版社が変わったことで、日本初演だと言われていたのに、実際には何回も演奏されていたなんてことが昨年にもあったばかり。

信頼性が高いのは、レンタル譜で「初演加算」を請求してくる出版社のものですね。割増料金とるのだから、初演を保証しているわけですから。この加算システムについては何の意味があるのかさっぱりわからないですが。

―少しシンフォニエッタ静岡のお話からは外れて、一人の指揮者として、哲学やこだわりなどを教えてください。

特にないですが、常に作品に敬意を払うことくらいかな。(「作曲者に」ではないか?と問われると、ちょっと違う。)哲学とかこだわりではなくて、演奏家として基本を守るということだと思います。

―中原さんは吹奏楽にも造詣が深いとお伺いしていますが、吹奏楽の現状について何か思うところはございますでしょうか。

吹奏楽の現場から離れて随分と経つので、現状はよく知らないですが、時々見かける演奏会情報には、歌謡曲みたいな流行り廃りがあるみたいで、私が学生のころに演奏していたような作品があまり演奏されませんね。

アルフレッド・リード先生の作品にしても、先生が亡くなってから演奏される数が大幅に減った気がするけど、実際のところはどうなっているのだろう?

ヒンデミットの交響曲とか、パーシケティの交響曲第6番、ミヨーのフランス組曲、グレインジャーのリンカーンシャーの花束なんていう名曲ももっと、何度でも演奏されて良いと思う。オーケストラがベートヴェンやブラームスの交響曲を何度も演奏するように。

フレデリック・フェネル先生が紹介してくださった膨大な数の作品も忘れられてしまっている気がするな。あれだけの数の録音をTKWOと共に日本で遺してくださったのは、吹奏楽界における重要な財産のはずなのだけど。

小編成の吹奏楽団体には、モーツァルトのセレナーデやR.シュトラウスといった作品にも目を向けて欲しい。シンフォニエッタ 静岡としてはそういうアプローチもしているので参考にして欲しいな。著作権が切れて編曲しても問題ない作品は、団体の編成に合わせて手を加えても良いと思う。著作権が切れているかどうかは、JASRACのホームページで検索出来ます。

―最後になりますが、特にアマチュアバンドの指揮者(教員やトレーナーなど)にメッセージをお願いします。

聴き手の気持ちになってください。
演奏者に対して謙虚であってください。(例え教員が学生に対してであっても)
作品に対して謙虚であってください。
それがより良い演奏の基礎になると思います。


インタビュー・文:梅本周平(Wind Band Press)
取材協力:シンフォニエッタ静岡


まとめ:

お忙しい中、真摯にお答えくださった中原さん。

お読みになった皆様にも色々と「なるほど」と思うところがあったのではないでしょうか。

思い当たる節がある方は改善してみてくださいね。

そんな中原さんが指揮するシンフォニエッタ静岡の今シーズンの公演については下記の記事をご参照ください。

▼第48回定期公演「~知られざる木管五重奏作品~」(2017/5/21:江崎ホール)
https://windbandpress.net/1847

▼第49回定期公演(第3回東京定期公演)「~フランス音楽の現在~」(2017/6/8:横浜みなとみらい 小ホール)
https://windbandpress.net/1850

▼第50回記念定期公演はトルヴェール・クヮルテットとコラボ!(2017/7/22:グランシップ中ホール)
https://windbandpress.net/1853

▼第51回定期公演「We love Mozart」(2017/10/29:グランシップ中ホール)
https://windbandpress.net/1856

▼第52回定期公演(第4回東京定期)「~室内オーケストラとは~」(2018/1/21:サントリーホール)
https://windbandpress.net/1859


中原朋哉氏 プロフィール

1973年愛知県小牧市生まれ、静岡県焼津市に育つ。

作曲を長谷川勉、伊藤康英、後藤洋の各氏に学んだ後、フランス・ディジョン音楽院指揮科にてジャン=セバスチャン・ベロー氏に師事。1993年からはフランスおよび日本においてパスカル・ヴェロ氏のアシスタントを務める。

1996年23歳という若さで名門フランス国立リヨン管弦楽団定期演奏会、グルノーブル音楽祭に同管弦楽団史上最年少指揮者としてデビュー。その演奏は、全国紙フィガロの 「柔軟で完璧な演奏をする、奇跡とも思えるほど驚くべき才能を持った指揮者である。」との評をはじめ、高い評価を得た。

後にフランス国立ペイ・ドゥ・ラ・ロワール管弦楽団、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団(モーツァルトの未亡人が創設したオーケストラ)においてユベール・スーダン音楽監督のアシスタントを務めた。

フランスの近・現代作品の紹介に力をいれており、中でも2005年7月、グランシップ大ホールにおいて、20世紀を代表する作曲界の巨匠、アンリ・デュティユーのヴァイオリンと管弦楽のための夜想曲”Sur le même accord”の日本初演をフランスの名ヴァイオリニスト、オリヴィエ・シャルリエと行い、その演奏は作曲者からも高く評価された。また、知られざるフランスの作曲家ポール・ラドミローの遺族とも親交があり、多くの作品を紹介している。

更に、ウィーン古典派(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)の演奏、特にモーツァルトにおいては、「日本人とは思えないほど、モーツァルトの血を受け継いでいる。」「日本人だということを忘れさせる程、私たちの音楽を深く理解している。」と、現地の音楽家からも厚い信頼を得ている。

2002年に帰国。静岡県内を中心に、ヨーロッパのアーティストの招聘事業をはじめ、2005年には、国内外のトップアーティストを中心に構成されるプロの室内オーケストラ「シンフォニエッタ 静岡」を創設。創設時より芸術監督・指揮者を務めている。群を抜いた企画力、選曲・プログラミングには定評がある。

演奏活動のほかに、5年間に渡りラジオのクラシック音楽番組のパーソナリティを務めたほか、オペラ・音楽劇の演出、学校・公民館・企業での講演、市民大学講座の講師など、あらゆる世代に向けた、クラシック音楽の啓蒙活動も行っている。更に、第24回国民文化祭しずおか2009 静岡県企画委員、公共文化施設の設計にも携わるなど、多彩な活動を展開している。

2015年4月より静岡文化芸術大学大学院文化政策研究科において、芸術団体がより良い環境で活動を展開することが出来るよう研究を行っている。日本公共政策学会、音楽芸術マネジメント学会会員。




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