管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第6回は「記譜法の変遷と五線譜の原型」。「合奏するためのスコアの読み方(その1)」です。いよいよスコアの読み方へ・・・しかしそこは岡田さん、楽譜の成り立ちからしっかり教えてくれています!
さっそく読んでみましょう!
第6回・合奏するためのスコアの読み方(その1)
いよいよみなさんに「スコアの読み方」についてのお話を始めていきます。今までは音楽の知識(必要最低限の音楽理論のことを「楽典」といいます)が必要ではなかったと思いますが、今回からは音楽の約束事も学びながら合奏やスコアを勉強するためのスコアの読み方をじっくりと学んでいきましょう!前回までと同様、一見簡単な事に感じることでも疎かにせずにひとつひとつ組み立てていきます。「急がば回れ」ということわざがあります。そして「全ての道はローマに通じる」ということわざもあります。あなたが思い描く「永遠の都」を目指して、その道中の色々な素晴らしい場所を旅するような気持ちで読んで欲しいと思っています。
§1.スコアの1ページ目から音楽の基礎を学ぶ
まずはこのスコアをご覧ください。モートン・グールドというアメリカの作曲家の《アメリカン・サリュート》です。さまざまな吹奏楽の曲のなかからこの曲を選んだのには理由があります。この次回以降に詳しく触れる「調号と移調楽器」についてお話しする際にわかりやすくするためにこの曲にしました。余談ですが今から四半世紀前に大学吹奏楽団の副学生指揮として初めて定期演奏会で指揮をした思い出深い曲です。この曲でスコアと音楽の基本を学んでいきましょう。
グールド作曲、P.J.ラング編曲《アメリカン・サリュート》(アルフレッド社)スコアより引用
この画像の緑色で色付けされた一帯が、指揮者が音楽やスコアを読むための必要最低限の情報があるエリアになります。それでは順番にチェックしていきましょう!まずその前に、今僕たちが親しんでいる音楽と楽譜の成り立ちについて、少し勉強しましょう。
§2.「音楽」を記号化するための「五線」
音の高さや長さを表すために、音楽は「五線」という5本の線を使ってそれを「記号化」しています。
その五線をある一定の時間、もしくは作曲者の指定に基づき区切った一単位を「小節」と呼びます。その小節が数小節で一つのメロディを作り、そしてそのいくつかのメロディが様々な形式を持って組み立てられて一つの楽曲が完成するというわけです。それらの基本となっているのが「五線譜」なのです。その五線が1ページに何段にも渡って構成されているのがフルスコアです。
§3.音楽の始まりと発達
人類が文明を持つようになると、人々は神々への祈りや祝祭の儀式、農作業などの労働の時などに独特のリズムや音程を使用して普段の会話とは異なる伝達の手段をするようになります。それが音楽の起源の一つとなりました。それがやがて日常の暮らしの様々な場面においてもそのような「音楽」が誕生します。恋愛の歌なども生まれました。それらの労働歌が舞曲という形で発展することになります。文明の発展とともに発達したそれらの音楽ですが、相当の年月を経てもそれは「リズム」が「旋律」に比べて支配的な役割をしていました。とはいえ、古代文明において「音楽」という分野は「科学」の一分野として研究され、相当の理論や法則が高度に発展していたことがわかっています。
音楽自体が他の自然科学分野(代表的な分野としては天文学)との関連性が強く、音階や音列の原則や楽器の作り方(弦の本数など)に当時の宇宙論との関係を見ることができます。その当時から(現代に至るまで)それらの影響が見られることは例えば音階を構成する音の数としての「5」と「7」という数字です。「5」は当時の発見されていた惑星の数であり、「7」は天上の完全性を表す数字でした。特に高度な文明を持った中国やメソポタミアやギリシャにおいて、それらは私たちの親しんでいる今の音楽においても旋律構造の根本となる「5音音階」と「7音音階」を生み出しました。また古代エジプトでも神の神殿儀式で奏された音楽は「半音階のない5音音階」でした。また古代インドでは7音音階が一般的な音階でした。中国も最初は5音音階でしたが、のちに半音が導入されて7音音階となり、さらに12音音階に拡大しました。
ユダヤ教をはじめとした宗教の発祥地域であるヘブライ(現在のイスラエル付近)ではその宗教の発展とともに高度な宗教音楽が発達しました。それはのちにグレゴリオ聖歌に発展していくのに重要な意味を持っていました。西洋音楽に宗教的な楽曲やテーマが多いのは音楽の成り立ちの一つの大きな要因であるということが影響しています。それらもまたもともとは純粋な「5音音階」でした。
その中でもギリシャの古代文明において、最も優れた音楽理論を見ることができます。何故そのように音楽理論が発展したのかといえば、古代ギリシャにおいての音楽は「高い倫理観」を持ち「深い洞察力」を持つものが修得できる高度なものとして重要視されていたからなのです。もちろん科学者や哲学者は社会において尊敬されていましたが、それと同様に詩人や音楽家も当時の社会では高く評価され、尊敬される存在だったのです。
§4.記譜法の変遷と「音名」
今まで述べてきた古代に発展してきた音楽ですが、残念なことに古代遺跡の壁画や古い文書などで楽器を演奏している姿が描かれていることで、その時代に「音楽」があったことはわかっているのですが、実際にどのようなリズムやメロディであったかという記録がありません。理論的には発達していたのですが、その発達した理論のもとに作られていたであろう多くの「作品」は今私たちが手にしているような「楽譜」の形では残っていないのです。古代人たちはどのようなリズムで、どのような歌を歌っていたのでしょうね。想像を巡らすとワクワクしますが、同時に楽譜として残っていないのは非常に残念です。
その中で、ギリシャでは個々の音をギリシャ語のアルファベットで示しました。この記号はその後ビザンツ帝国から西洋に受け入れられ、10世紀になって初めてラテン語のアルファベットに置き換えられました。この表記は現在でもイギリスやアメリカで使用されています。
A B C D E F G
これがドイツ語圏の国においてはB(ベー)の代わりにH(ハー)が登場します。時間があったらドイツ語のアルファベットを調べてもらうと、今後の役に立つと思います(音名に関係あるのはHまでなので、とりあえずはHまでで良いです)。
A H C D E F G
何故「H」が登場したのか?という素朴で深い理由は、また筆を改めてお話しできたらと思いますが、実音(じつおん・実際の音)を指揮者と奏者が共有するときにはドイツ音名が日本ではいろいろ都合が良いと思いますので、少しずつ慣れていきましょう。これもこの後の回で詳しくお話しする「調号」や「移調楽器」について知っていく際にも実音「シ」を「H(ハー)」と読むことで、その半音下の「シのフラット」を「B(ベー)」呼ぶ方が色々都合がいいことが多いので、今のうちにドイツ語のアルファベットに親しんでください。
§5.「ネウマ譜」の発展と五線記譜法
このアルファベット音名が西洋に導入される前に、西洋では別の音の表示法がありました。それは教皇グレゴリウスI世によって収集された古代キリスト教の聖歌の使われていた記譜法で「ネウマ譜」といわれています。ネウマは言葉のアクセントに由来したもので、当初は旋律を不完全に暗示的に示すことしかできず、音高を示すことはできませんでした。
「グレゴリウスI世」が収集した「聖歌」・・・皆さん、少し前の文章に「グレゴリオ聖歌」という名前がでできましたね。音楽史においてグレゴリオ聖歌が重要な位置を占めているのは、記譜法の歴史も大きな理由の一つなのです。グレゴリオ聖歌、興味があったら是非聴いてみてください。
西暦1000年頃になってついに線によって音高を規定する方法が考案されました。このことにより記譜法が飛躍的に発展します。今から1000年前、日本では平安時代ですね。「源氏物語」や「枕草子」の時代がそれにあたります。
1000年代後半、複数の線にネウマ譜を当てはめることで今までの記譜法の問題を解決する道が切り開かれました。それを成し遂げたのがベネディクト会(キリスト教カトリック最古の信徒組織)の修道士であるグィード・ダレッツォという人物です。それ以降の楽譜はこのような楽譜です。今の楽譜と似ているところもあれば、違うところもありますね。
国立西洋美術館蔵 内藤コレクションの中の一つ
現在僕たちが見ているのは線が5本ですが、このネウマ譜は4本しかありませんね。この4本線が時代が進むと5本線になります。
国立西洋美術館蔵 内藤コレクションの中の一つ
現在の楽譜とはまだ違うところが多いですが、随分と現在僕たちが見ている楽譜に近づいてきました。この五線ネウマ譜が現在の五線譜の原型といってもいいと思います。
ここで紹介したネウマ譜、とても美しい装飾と綺麗な文字で書かれていますね!これは「装飾写本」と言われるもので、現代においては美術品としての価値も高いものです。1400年代にドイツのグーテンベルクが金属活字による活版印刷を発明するまでは、印刷は木版に彫って印刷する方法か手書きによる「書き写し」のみでした。紙は非常に高価なものでした。、また字を読むことができるのはキリスト教の聖職者をはじめとした知識層や支配層に限られていたので、本というものは非常に貴重な贅沢品でした。またキリスト教の教会では、その知の伝達と布教に関わる聖書や聖歌、宗教法令を書き記した本が必要とされていたので、修道士たちの手によって様々な美しい写本が作られたのです。その中で製本技術や装飾の技術、絵画的な技法や文字の発展をもたらしました。その文字の書き方は現在「カリグラフィー(西洋書道)」という形で今も残っており、愛好家も多い趣味となっています。
これらの写本は東京・上野の国立西洋美術館に「内藤コレクション」として所蔵されています。現在「内藤コレクション展III「写本装飾の精華 天に捧ぐ歌、神の理」が開催中です。ここで紹介した作品以外にもたくさんの美しい聖歌集の装飾写本がありますので、お近くの方は是非一度見に行ってみるのも良いと思います。音楽以外のものから刺激をたくさん受けることも、指揮者や音楽家にはとても大事な栄養になりますよ。なお、内藤コレクション展の開催期間は2020年10月18日までになっております。詳しくは国立西洋美術館のホームページでご覧ください。
五線譜における大功労者であるダレッツォさんに感謝しつつ、次回は五線譜の読み方と、音部記号についての色々なお話をする予定です。
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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