「ナポリの和音」プロの指揮者・岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第33回

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管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

コラムを通じて色々なことを学べるはずです!

第33回は「ナポリの和音」。

前半はタイトルどおり「ナポリの和音」という和音のお話です。

後半のエッセイ的な部分は「本番までの合奏の組み立て方~後期段階編(その2)」です。

さっそく読んでみましょう!


合奏するためのスコアの読み方(27)

合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(14)

今回からは「個性豊かで性格的な和音」をいくつか紹介します。一回ではその全貌を網羅することができないので、数回に分けてお話することになります。

特徴的な和音は数多くありますが、今回は3種の性格的な和音についてお話します。楽典の教科書などでは、これらの和音のことを「変化和音」と表記しています。

1・ナポリの和音
2・ドリアの和音
3・増6の和音

なんだかレストランのメニューのような感じもしますね!

カトリックの総本山であるバチカンがあるイタリア半島周辺や、古くから文化が発展していたギリシャ周辺は当然音楽の研究や文化も発展し、最先端をゆく地域でした。

そのため、音楽の用語や和声の用語、音階の用語にはラテン語圏、イタリア語圏に関係したものが多いのです。

これらの和音は音楽作品にも多く登場するのですが、理屈や定義を理解するよりも実際にその和音の響きを自分の耳で確かめるのが最も理解が早いです。機会があったらピアノなどでそれらの響きを確かめてみてください。

今回は「ナポリの和音」についてです。

ナポリとは皆さんの想像通り、イタリアのナポリが名前の由来とされています。

先ほども触れましたが、イタリア半島周辺は音楽の「先進地域」でした。そのため多くの優れた作曲家を輩出しています。ナポリ地域もそのような作曲家が多くいて、彼らのことを「ナポリ楽派」と音楽史では位置付けられています。

ナポリは「ヨーロッパ音楽の首都」と言われるほど音楽文化が盛んな地域だったのです。現代最高の指揮者のひとりであるリッカルド・ムーティもナポリの出身です。

ナポリ楽派の中でもっとも有名な作曲家がスカルラッティ(1660-1725)です。ピアノを習ったことがある人はスカルラッティのピアノ曲を弾いたことがあるかもしれませんね。そのスカルラッティを始祖とするナポリ楽派の作曲家が好んで使用した「新しい和音」、それが「ナポリの和音」なのです。とはいえ、現代においてこの名称は「明らかに根拠のないもの」(ラルース音楽事典)、「この和音がなぜナポリなのかはわからない」(ピストン「和声法」)などと説明されている専門書もあります。

その「ナポリの和音」は、どんな特徴を持った和音なのでしょうか?

ナポリの和音には大きく5つの特徴があります。

1・短調である

2・ii度の和音である。(ii度の和音=音階固有音の2番目の音の上にできる和音)

3・根音(音階の中では2番目の音に当たる)が半音下げられている半音下げられた根音は、必ず下行する。下行して進む音は「主音」か「導音」になる

4・ほとんどの場合、バス音は和音の第3音で「6の和音=第1転回形」で用いられている

本来短調のii度上の和音は短3和音ですので短調の響きになりますが、根音が半音下がることにより増3和音(根音と5音の音程が増5度の3和音=オーグメント)になり、響きが変化します。

このナポリの和音の原形を「ナポリIIの和音」と呼ぶこともあります。本来のIIの和音の根音が半音下がっていますね!

ほとんどの場合は6の和音(バス音が第3音になり、バス音と根音の音程差が6度の和音=和音の第1転回形)として使用されるため「ナポリの6の和音」と呼ばれます。

この譜例のような形(第1転回形=6の和音)として登場することが多いです。

つまり、ある短調の短下属和音(ある調の下属音(4度上=5度下)上にできる短3和音の第5音が6度上に変化して置かれ(掛留6度)、さらにその掛留6度が半音下がった3和音のことを「ナポリ6の和音」と呼ぶのです。この音の積み重ねは、バス音が第3音となる「6の和音=第1転回形」と同じ形になり、主音から数えて4度音上、例えば「C音」が主音ならば「F音」から積み重なる「6の和音」の一番上の音が半音低くなったものでもあります。

この和音について「ラルース音楽事典」では「常に強調的な表現のために用いられる(嘆きや陰鬱の表現)」と解説されています、

また、人によっては根音が音階固有音のvi度上の音なので、vi度の和音であるかのように混同してしまう人もいたようです。

実際にはどのように使われているのでしょうか?

ナポリの和音を使用した作品は多くありますが、最も有名なのはベートーヴェンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調「月光」の第1楽章冒頭でしょうか。みなさんも一度は耳にしたことがあるでしょう。

3小節目の3、4拍目がナポリの6の和音です。

この曲の主調(全編を支配している調性)は「嬰ハ短調(cis-moll)です。

cis-mollのii度音上、Disの音から積み重なる3和音は本来であれは「Dis-Fis-A」のはずですが、根音であるDisが「D」に変化しています。そして、最低音のバス音にその3和音の「第3音」である「Fis」が配置され、和音の形は基本形ではなく「第1転回形」になっています。

そして、バス音Fisと根音の関係は、バス音から上に数えると6度になっています。積み重なり方としては「Fis-A-Dis 」という重なり方です。このバス音Fisと一番上にくるDisとの音程関係が「6の和音」の名称の由来です。

この曲は小学生の頃に何故か家に楽譜があり弾いていました。

その時は特に何も思わないで「いい曲だな?」というだけでした。ただ、このナポリの部分は突然違う響きになるので「なんだかカッコいい!」と感じたことを思い出します。ナポリの和音にはこのような「意外性」や「インパクト」があるのです。

皆さんも是非ナポリの和音を意識して体感してみてください。

余談ですが、ナポリタンスパゲティはイタリアにはなく、日本が発祥だという話を聞いたことがあると思います。諸説ありますが、ナポリタン発祥は僕の住んでいる横浜の「ホテルニューグランド」だと言われています。ニューグランドは山下公園に面した海がよく見えるホテルで、近くには中華街や元町など横浜を代表するスポットがあります。

以前ニューグランドでナポリタンを食べたことがありますが、皆さんはナポリタンといえば1000円以内のリーズナブルな価格のイメージがあると思います。なんとニューグランドでは約2000円でした。しかし、発祥地の名に恥じない美味しさに感動した記憶があります。横浜に足を運ぶ機会がありましたら、ニューグランドでナポリタンを食べてみてください。ちなみにニューグランド発祥と言われているものには「シーフードドリア」や「プリンアラモード」があります。

参考文献;「和声法 分析と実習」(W・ピストン/M・デヴォート)音楽之友社、「和声と楽式のアナリーゼ」(島岡譲)音楽之友社、「絶対!わかる 和声法 100のコツ」(土田京子)ヤマハミュージックエンターテインメントホールディングスミュージックメディア部、「コンパクト 楽譜の構造と読み方 音楽の基礎知識」(H=C・シャーパー/越部倫子訳)シンフォニア、「全てがわかる音楽理論」(グラーブナー/竹内ふみ子訳)シンフォニア、「究極の楽典」(青島広志)全音楽譜出版社、「総合和声」(島岡譲責任執筆)音楽之友社、「ラルース音楽事典」(遠山一行、海老澤敏)福武書店

→次の記事はこちら

 

 

 


【ミニコーナー】合奏の時に気にして欲しいこと(第15回)

本番までの合奏の組み立て方~後期段階編(その2)

演奏会直前の練習について、競馬の調教に例えてお話ししたいと思います。

学生・生徒は競馬の勝ち馬投票券を買うことができませんので、競馬には馴染みがないでしょうか。「ダービースタリオン」など競馬を題材にしたゲームもありますから、そのようなゲームで楽しんでいる人もいるかもしれませんね。

演奏会本番を出走するレースに例えると、直前の練習はレース前の最後の調教「追い切り」に例えられると思います。

競走馬のレース調教にはいろいろな種類があり、調教師がその馬にあった調教をしてレースで最高の状態を迎えるようにします。ここで主な種類を紹介します。

大きく分けて「コースの種類」で分けられます。

・芝コース=競馬場のようなコースで本番の競馬場のように速く走る事ができる。スピードを鍛えるものとして使用される事が多い。脚の負担が多いので、あまり普段の調教から使用されているケースは少ない。

・ダートコース=芝コースに比べて脚を取られ走りにくい為、走るのに力が必要。筋力やスタミナをアップさせる効果が高い。

・ウッドチップコース=木材をチップ状に細かくしたものを敷き詰めたコースで調教もしやすい。馬の脚にも優しく、適度な負荷もかけられるので、一番多く利用されているコース。非力な馬などの調教にも適している。

・坂路=登り坂になっているコース。後脚のトレーニングになり、負荷をかけられて、脚への負担が少ない。

・プール=馬専用プールで泳がして心肺機能を鍛える目的がある。コースを走らせるのに比べると能力アップの効果は期待できないが、脚への負担が少なく心肺機能の向上効果もある。プールが好きな馬も多く、リフレッシュ効果につながって本番で思わぬ力を発揮することがある。

これらのコースで調教を行うのですが、代表的なものを3つ紹介します。

単走=文字通り、一頭だけで走ります。決められたラップ通りに走る事により、ペース配分を覚えるのに適している。

併せ馬=他の馬と競わせる事で競争心を芽生えさせたり、本番のレースで上手にペース配分ができない馬はあえて調教の中で併せ馬で抑えて走らせて折り合いを覚えさせたりする。

15-15=1ハロン(日本では1ハロン=200メートル)を15秒ペースで走らせる調教方法。本格的な調教を行う前の体慣らしやウォーミングアップの意味で行う事が多く、ペース配分や折り合いを覚えさせる。

これらの方法をそれぞれに適している調教コースで行います。組み合わされたコースと方法で調教を行うのですが。その際「調教の強さ」を変えて、その馬の状態やレースに向けての調整をします。

強さの種類は大きく3種類あります。

一杯=目一杯の一杯という意味もあり、ムチを入れたり手綱をしごいたりして、本気で走らせる。強制的に目一杯走らせるので、効果は高いが疲労も大きい。入れ込みがちになるリスクもある。

強め=馬なりと一杯の真ん中くらい、多少手綱をしごいて、馬なりよりかは強めに走らせる。一杯ほど馬を追い込まない。

馬なり=馬の行く気に任せて走らせる。比較的軽めの調教で使用される。

以上のような方法を組み合わせて、調教師は本番のレースで馬がベストコンディションで走ることができるように調整するのです。このような競走馬の調教のヴァリエーションが全てオーケストラの合奏に当てはめることはできませんが、ある程度は参考になることもあるのではないかと思います。

現在のコンディションを把握して「馬なり」に練習したり、「強め」や「一杯」で練習したりして本番までの調整に変化をつけることは大切なことだと考えています。

本番の会場、または似たような環境での曲合奏と普段の合奏環境での曲合奏では、練習の目的や方法も大きく変わってきます。

直前に「強め」「一杯」の練習をすることは一般的には本番でペースダウンしてしまうか、入れ込んでしまって逆に空回りしてしまうことも考えられますし、逆に軽めの調整ばかりでも緊張感やコンディションの維持が難しくなってくる場合もあります。

指揮者はその辺りもしっかりモニターして本番で最高のパフォーマンスができるようにしていきたいものです。

これについては「これが答えだ!」と言ったものはなく、それぞれの楽団のレベルなどによって異なります。ベテランの吹奏楽指導者や顧問指揮者の先生は長年の経験でそれを自分の中で確立しているのです。

だからと言って悲観する必要はありません!経験の浅い人でも、本番に向けた調整を無計画に考えるより、このように系統立てて考えることにより効果が出てくるはずです。

指揮者は決して調教師ではありませんし、そして楽団のメンバーは馬ではありません。そこには人間的な繋がりや敬意、一人一人の思いがあるのです。決して相手に対する感謝と敬意を忘れないようにしましょう。

次回は競走馬の調教を応用した直前合奏のアイデアについてお話しします。

次回もお楽しみに!


文:岡田友弘

※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!

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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)


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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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