コロナ禍を私たちはどう生きたか~未来に残すそれぞれの記憶~:アンサンブル太陽さん(吹奏楽団)へのインタビュー






2020年、世界的に感染が拡大した新型コロナウイルス。この影響で世界中の多くの人の生活がそれまでと変わりました。日本では2020年4月7日から5月25日まで国全体が「緊急事態宣言」の下にあり、行動がかなり制限されました。特に音楽に関しては、学校が再開されないから部活動が出来ない、集まって演奏が出来ない、演奏会が出来ない、ということが起きました。その危機的状況の中でも、なんとかしなければいけない。何かをしなければいけない。そうして変化に対応する人も多くいました。

Wind Band Pressでは、2020年10月以降、特に音楽に関係する様々な立場の人にスポットを当てて、「コロナ禍を私たちはどう生きたか~未来に残すそれぞれの記憶~」という簡易的なインタビューシリーズを始めることにしました。

この難しい時期をサバイブした人の事例を残すことで、将来的にまた経済活動が停滞したり、音楽が思うようにできなくなった時に、何かしらのヒントになるのではないかと考えました。この記事は今を語っていますが未来に残すための記事です。

この記事が公開された時期はまだコロナ禍の真っ只中であり、日本は比較的落ち着きを取り戻しつつも各地での感染数が増えていたり、ヨーロッパでは感染の再拡大が起こり、毎年冬に流行するインフルエンザとも相まって不安が続く状況です。

今回は作編曲家の正門研一さんに、大分県の吹奏楽団「アンサンブル太陽」さんに取材をしていただき、原稿も執筆していただきました。


皆さんは、1964年の東京パラリンピック開催に尽力し、「日本の障がい者スポーツの父」とも称される故中村裕(ゆたか)博士をご存知でしょうか? 2018年にNHKでドラマ化(向井理さん主演)されましたし、この10月にも「奇跡体験!アンビリバボー」(フジテレビ系)で紹介されましたので、ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。身体障がい者の社会参加、特に仕事を通じての自立とスポーツに情熱を注いだ中村博士は、1965年、「No Charity, but a Chance! 保護より機会を!」、「世に身心(しんしん)障害者はあっても仕事に障害はあり得ない」という理念の下、生まれ故郷の大分県別府市に「太陽の家」(http://www.taiyonoie.or.jp/)を創設します。

「太陽の家」は創設以来、障がい者の働く場づくりに取り組み、障がい者が施設に閉じこもるのではなく一市民として地域と積極的に関わることを目指してきました。オムロン、ソニー、ホンダ、三菱商事、デンソー、富士通エフサス等の企業と提携して共同出資会社をつくり、多くの重度障がい者を雇用するとともに、作業環境の改善等にも取り組み大きな成果を上げています。

今回取材した「アンサンブル太陽」は、「音楽活動を通し障がい者の社会参加のきっかけを作ること」、「文化活動を通じて、太陽の家創設者のDNAを発展させること」などを目的に2012年10月、太陽の家と関連企業で働く障がい者や職員の皆さんを中心に結成されました。地域の各種イベント(子ども会、自治会、敬老会等)への出演、教育施設、福祉施設等への訪問など年間20回ほどの演奏活動を行なっています(県外からの依頼もあるとのこと)。地道な活動が評価され、今年度は「ソニー音楽財団 子ども音楽基金」から助成を受けていらっしゃいます。

キャプション:(2019年の活動より)

取材に伺ったのは11月4日の夜、別府市の隣、日出(ひじ)町にある太陽の家の施設で、地域交流の場「サンプラザ」。新型コロナの影響で3月から活動がストップしていましたが、9月の2週目からから徐々に練習を再開してきているそうです。この日参加のメンバーは8名。バンドマスターの宮崎元明さんによると、「現在は、ソニー・太陽所属の方が中心です。太陽の家関連のメンバーだけではなく、地域の方々も参加しているのですが、今は様子を見ている状況」とのこと。また、楽団代表の中村幸子さん(トロンボーン)は、「10月からは別府で勤務する者も参加するようにはなりましたが、福祉施設もあり、障がい者が多いため、どうしても慎重にならざるを得ないのです。参加できないメンバーに対する気持ちもあるのですが、しかし始めないことには・・・」と苦しい胸の内を語ってくださいました。

練習会場には、写真(上)のように飛沫の拡散を防ぐ目的でパーテーションが。指揮をとる宮崎さんはフェイスシールド、感染防止対策はしっかりなさっています。もちろん。参加者には事前の検温を義務付けているそうです。

「アンサンブル太陽」は3月に定期演奏会を予定していたそうですが、その直前で全ての活動がストップ。

「定期演奏会は、楽団として(創設以来)100回目のステージになるはずでした。ポスターも準備して、実行委員会も立ち上げ、飲み会もして、さあ本番を迎えよう!というタイミングだったので、メンバーのショックは計り知れないものがありました。」(宮崎さん)

メンバーの皆さんがどのような気持ちで過ごされていたかを伺ってみました。

「もともとブランクが長くて楽団に入ってから楽器を再開、やっと「楽しいな」と思えるようになってきていたところでした。家で練習しようとケースを開けるものの、出して吹こうという気になかなかなれませんでした。」(上杉嘉恵さん/アルトサックス)

「突然のことだったので気分が滅入ってしまいました。生活のパターンが突然崩れたので、抜け殻のようになってしまって・・・」(河野薫さん/キーボード)

「家でも楽器は弾いていたのですが、やはりバンドの中でやるのとみんなで合わせるのは全然違いますよね。」(富山康明さん/ベース)

皆さん、楽団での活動が生活の一部になっているようですね。

夏以降、全国的にもさまざまな団体が徐々に活動を再開してきた中、焦りのようなものはなかったのでしょうか?そのあたりも尋ねてみました。

「そもそも重度障がい者のための施設があるので敷地内に入れない状態でした。」(宮崎さん)

「病院や福祉施設の方もいらっしゃるし、「太陽の家」という名前もあるので何かあった時のことを考えると・・・」(上杉さん)

「焦りはありませんでした。むしろ、他の団体が早くから活動を再開しているのを聞いて、「大丈夫?」と思いました。何かあったら活動自体がなくなってしまう、という恐怖感がありました。」(中村さん)

8月や9月には演奏の依頼があったそうですが、「団体で動くとなるとリスクが大きい。仕事や家庭の状況もひとりひとり違うので、メンバーに参加を強制できない。課外活動なので、何かあった時、職場への影響が大きすぎる。」(中村さん)と考えお断りしたそうです。

こういうこともあったそうです。

「毎年イベントに呼んでいただく団体、3つか4つくらいだったと思いますが、「今年は開催できない、ごめんなさい」と連絡が入りました。毎年呼んでいただくのが当たり前とは全く思ってはいないのですが、連絡が入った時はある意味嬉しかったです。」(宮崎さん)

それだけ楽団の活動が地域に根付いているのでしょうね。また、楽団の活動に参加されている地域の皆さんからは、「まだですか?」と尋ねられることが多いといいます。状況を慎重に見極めながら活動の幅を徐々に広げていきたいそうです。

これほど地域に根付いた楽団の魅力はどんなところにあるのでしょうか?

皆さん口々に、「暖かい」(中村さん)、「やりがいがある」(富山さん)、「楽しい」(谷口伸治さん/パーカッション)と言います。

皆さんのお話を伺っている間、笑いが絶えません。少々重い話になっても皆さんは前向きで明るい。本当に音楽を、楽団を愛しているのだな、と感じます。

楽団に入ってから楽器を始めたという方にお話を伺いました。

「もともと音楽が好きだったので、楽団ができると聞いて軽い気持ちで入りました。やめようと思ったこともあったのですが、みんなの音の中に入れたと思う瞬間があって、それは少しのフレーズでしたけれど嬉しくて。太陽の家の納涼大会で一曲できた時は感動して、あの時やめなくてよかった、と。」(竹下侑希さん/フルート)

今では、竹下さんの息子さん(中学生)も活動に参加することがあるそうです。

「最初は楽団のサポーター、裏方としてお手伝いをしていました。みんなに助けてもらいながら、楽しくやっています。初めて一曲通して合わせられた時の達成感は人生でなかったかもしれません。仕事は団体行動が多いのですが、仕事にも通じるような気がしています。新鮮です。」(佐藤義和さん/テナーサックス)

お話を伺って、音楽が「社会の縮図」であることを改めて知らされたような思いがします。さまざまな楽器、個性があって、皆で助け合う。そして一定のルールのもと。

そこには、「太陽の家」の理念にも重なる部分が多くあるように思います。

活動を休止している間、「普段恵まれた環境にあることに感謝している」(河野さん)と感じることが何度もあったそうです。

「(施設などを)使うな、と言うのは簡単ですが、「何とか使えるように考えてみよう」と言ってくださる方もいらっしゃいました。」(中村さん)

「職場内にも応援してくださる方がいらっしゃいます。「どうやったら再開できるか考えてやるよ」と言ってくださる方もいてありがたかったです。」(河野さん)

練習の際に使用しているパーテーションも、ソニー・太陽が貸し出してくださるとのこと。練習場所の提供や楽器・備品等の保管なども併せて、太陽の家やソニー・太陽が「アンサンブル太陽」の活動を支えているようです。

全国的にも、企業スポーツや文化活動(いわゆる「職場バンド」なども)を取り巻く環境は厳しくなってきています。そのような中、職場をあげて活動を支援しているという点は非常に羨ましくも思います。これは、支える企業側がこうした文化活動の「社会的意義」を十分に理解しているからに他なりません。そして、「アンサンブル太陽」の活動目的、ポリシーがはっきりしているから、また、地道な、筋の通った活動を積み重ねてこられたからです。最早、団員の皆さん自身も、自らの「楽しみ」だけではなく、楽団の「社会的意義」を十分に自覚して活動していらっしゃるように感じます。「他の一般バンドよりはいろいろな意味で恵まれているかもしれない」と言う団員の皆さんが本格的な活動の再開に慎重になっているのには、そうした背景があるように思いました。一般(職場)バンドの活動は、年数を重ねるとその目的や活動の意義が曖昧になってしまうことがあり、場合によっては活動の継続が難しくなることもあります(私も経験したことがあります)。取材を通して、これからの一般(職場)バンドのあり方、企業によるスポーツ・文化支援のあり方を改めて考えさせられる思いがしました。

さて、まだまだ先の見えないこの状況の中、今後の計画について伺いました。

「毎年9月から11月にかけての時期が一番忙しいのですが、これから何ができるか模索しています」(宮崎さん)とのことですが、(時期は明確ではないものの)ビジョンははっきりしていらっしゃいます。

「まずは、どうやったら現在参加できていないメンバーが参加できるようになるか。次のステップは、みんなで演奏できるように。そして、大々的でなくとも、普段生の音楽に触れる機会の少ない施設の方を対象とした演奏を再開すること。アンサンブル太陽の活動を支えてくださっている皆さん、応援してくれる家族にも演奏を見てもらいたいです。」と中村さんは語ってくださいました。

キャプション:(今回取材に応じていただいたメンバーの皆さん)

「活動が休止になったことで、音楽が自分の中で大きかったんだな、と気づいた。」という竹下さんの言葉は、団員の皆さんに共通する気持ちであるだけではなく、「アンサンブル太陽」の演奏を待ち望んでいらっしゃる地域の皆さんに、あるいは職場の皆さんの気持ちでもあるのかもしれません。現状を無理して乗り越えようとする必要はないと思いますが、これまで通り「誇り」を持って活動を続けて欲しい、そう感じました。

今回、貴重な練習時間を割いて取材に応じてくださった「アンサンブル太陽」の皆さんには心より感謝申し上げます。

「アンサンブル太陽」は定期的に活動の状況をブログやSNS等で発信していらっしゃいますので、ぜひご覧ください。

ブログ

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取材・文:正門研一


アンサンブル太陽の皆さん、正門研一さん、ありがとうございました!

上述の通り、Wind Band Pressは、今後も様々な立場で音楽に関わる方がコロナ禍をどう過ごしたかの記録を未来に向けて残していきたいと考えています。




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