2019年に世界的なリード・クインテット「カレファックス・リード・クインテット」が来日し、その演奏に酔いしれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。実は日本にもリード・クインテットが存在しています。それが陸上自衛隊中央音楽隊のメンバーで構成された日本初のリード・クインテット「東京リード・クインテット(Tokyo reed quintet)」。
まだ日本ではなじみの薄い編成ですが、そのリード・クインテットについて、また東京リード・クインテットについて、はたまたアンサンブルの練習方法まで、メンバーでありサクソフォーン奏者の大西智氏さんにお話を伺いました。
-「東京リード・クインテット」結成のきっかけについて教えて頂けますでしょうか。
大西:フランス留学中に師事していたのがハバネラサクソフォンカルテットのソプラノ奏者のクリスチャン・ヴィルトゥ先生でした。ヴィルトゥ先生はオーボエのように遠くまで通る、なおかつ響きが豊かな音を出されるかたでしたので、そういった音が出るような奏法を一から教えてくださいました。
ご自身もカルテットでの活動をメインにされているので室内楽の授業には力をいれていらっしゃいました。音楽院で組んでいたサクソフォンカルテットでも沢山の演奏の機会を与えてくださりハバネラカルテットと8重奏のコンサートなどもさせていただきました。
留学二年目にその年に私がどんな活動をしていくかという事を先生と話あっていく中で、メインとなるプロジェクトが、サクシアーナ国際サクソフォンコンクールを受けるということになりました。
その年のコンクールは面白いもので、サクソフォンを含む室内楽の課題曲を演奏するものでした。カテゴリーがたしか10以上ありました。サクソフォンとピアノのデュオ、サクソフォンとハープのデュオ、サクソフォン2重奏、3重奏、4重奏、リード・クインテット、リード・カルテット、サクソフォンとパーカッション、サクソフォンとチェロ、サクソフォンとフルート、サクソフォンとヴァイオリンとピアノの3重奏等様々でした。それぞれに課題曲、選択曲があるという。それのコンクール要綱を見つけた時にとても興奮したことを覚えています。ここで初めてリード・クインテットという形態があることを知りました。そして調べてみるとカレファックス・リード・クインテットにたどり着いたとういうわけです。しかし、ここでは人を集める事が難しいためこの編成を選択することはありませんでした。
私は東京芸術大学附属高校出身だったということもあり、同級生には弦楽器の友人が多くいました。その為いつか室内楽でヴァイオリンとやってみたいと密かな思いがありました。その頃はネット時代が始まった頃だったので今のように世界中の楽譜屋さんから楽譜を買ったり検索したりという時代ではありませんでしたので、出来るかぎりサクソフォンとその他の楽器の為の室内楽作品を探していましたが、なかなか思うようにはいきませんでした。
そんな時に、そのコンクールに出会い本当に自分が探していたものが沢山リストとして並んでいるのを見て、これだと感じました。
そのリストの中から私は念願だったサクソフォン、ヴァイオリン、ピアノの三重奏を選択し、ヴァイオリンは芸高からの同級生で同じようにパリに留学している友人にお願いしました。ヴィルトゥ先生も賛成してくださり、何度もレッスンをしていただき、大きなコンクールでしたが結果も3位をいただけたのがとても良い思い出です。
サクソフォンという楽器は特別扱いされる事が多いですが、私は他の楽器と同様に様々な楽器と室内楽をしたり、クラシカルな楽器だと楽器を始めた時からずっと思ってきました。良い音だったらどんな楽器とも色々な新しい音を生み出せるはずと頭の中で想像をしていました。
そのためヴァイオリンとの室内楽の経験が私自身の活動に大きな影響を及ぼしました。
帰国後のリサイタルでもヴァイオリンとピアノとの作品を日本に紹介することが出来ました。
その後陸上自衛隊に入隊しました。最初の3か月は基礎的な訓練があるわけですが、そこで初めて出会ったのがオーボエの恒松勇希でした。土日は休みでしたので二人で楽器を練習していました。私はオーボエ、クラリネット、ファゴットが大好きでしたので、一つの部屋で練習をしたり楽器の話をすることが唯一の楽しみでした。その頃からとても素晴らしいオーボエだったので一緒になにかやりたいと密かに思っていました。
その後それぞれの部隊に配属され、私は中部方面音楽隊に配属されました。そこでクラリネットの村瀬和也とファゴットの石田知史に出会いました。村瀬さんとは私が国立音大に一年通っていた時の同級生でしたのでそれが久しぶりの再会でした。
石田さんには音楽しかやって来なかった私に自衛官として必要な事を一からすべて叩き込んでいただきました。
4人がそれぞれ違うタイミングで陸上自衛隊中央音楽隊に異動となり再び一緒に勤務することになりました。そこで、やっと今こそリード・クインテットが出来る!!!ということになり、残るはバスクラリネット奏者探し!となりました。バスクラリネットは聴いたことがありませんでしたが、クラリネットが素晴らしかったので出来るだろうということでお願いしたのが奥田和希でした。
-この編成の魅力や、大西様が特に気に入っているところなどを教えて頂けますでしょうか。
大西:この編成の魅力はなんといっても全員で奏でたハーモニーがオルガンのような重厚な響きがすることです。そして音色の変化が多様なことです。5重奏ですが、クラリネットのデュオになったり、オーボエとファゴットの2重奏、ソプラノサクソフォン、イングリッシュホルンとファゴットの3重奏など様々な瞬間があり組み合わせも多様です。曲によってオーボエ奏者はイングリッシュホルン、サクソフォン奏者はアルト、ソプラノを持ち替えます。そして様々な時代の音楽に合うということが最も大きな魅力ですね。そしてそれぞれのパートがソリストとしての役割も兼ねていますので音楽的に大変やりがいがあります。大きな可能性がある編成と言えると思います。
-大西様から見た、各メンバーの皆様の魅力や特徴などをお聞かせ頂けますでしょうか。
大西:オーボエの恒松勇希の魅力は音ですね。現代的なアメリカンスタイルのリードを使っていますので、滑らかな音の出だしや独特な素晴らしい音を持っています。そして自分の歌を持っている所が素晴らしいと思います。
クラリネットの村瀬和也の魅力は緻密な演奏をいつでもブレずに出来る所だと思います。自分にしか出せない音を確信をもって出している所が素晴らしいと思っています。ジャックランスロコンクールにも出場されています。
どんなに忙しい業務の僅かな時間でもスケールなど基礎的な事をしている姿が印象的です。
バスクラリネットの奥田和希は一番若いという事もありとても現代的です。楽器を吹いている時もそうでないと時も飄々としていますが、見えないところで努力を絶やさない人です。
演奏はスイッチが入るとびっくりするように変貌します。
ファゴットの石田知史の魅力は何にも動じない意志の強さだと思います。舞台度胸が大変強くメンバーを引っ張っていく男気がある人です。肺活量7000ccから出る音はダイナミックスレンジが大きく繊細な音から力強い音まで柔軟でこのアンサンブルに必要不可欠な音です。
-特にこの編成でアンサンブルを行うにあたって、練習の際に心がけていること、気をつけていること、重点を置いていることなどを教えて頂けますでしょうか。
大西:この編成に限らないですが、人の音、意見を注意深く聴くということです。そして音で主張するようにして伝わらない場合は言葉で伝えるようにしています。アンサンブルは一人では出来ませんから、雰囲気や、言葉の選び方が重要だと思います。幸い東京リード・クインテットは全員がこのような事が出来るメンバーなのでスムーズにリハーサルが出来ています。
この編成で気を付けている事といえば音量のバランスです。特にソプラノサクソフォンとイングリッシュホルンを使うときのバランスが難しいです。ソプラノが旋律を奏でている時はさほど気になりませんが、ハーモニーをや対旋律の時に出すぎてしまうので、サクソフォンはPPPからmpくらいの音量を柔軟に吹くことを心がけています。
サクソフォンは音量が豊かなのでそういった問題がありますが、その他の楽器のダイナミックスも広げてもらってお互い歩み寄って、さらに全体のサウンドが幅広くなったきがします。
重点をおいている事は音楽の流れです。コンパクトな5重奏だからこそ出来る柔軟な音楽の流れを常に考えています。
耳でじっくりと聴くための練習として円になって外側をそれぞれが向いて、誰の姿も視界に入らないようにして 呼吸だけで合わせます。こうすることによって耳が鍛えられ、音のみで相手に伝える力がつき、それぞれがどう演奏するかをより意識するようになります。
この練習は定期的に行っています。
この練習のあと普通の向きに戻すと驚くほど合うようになります。
-長い準備期間を経て、表立って活動を始められたのは最近かなという印象ですが(2018年12月8日に最初のコンサート)、準備期間中に苦労されたことなどがあればお聞かせ頂けますでしょうか。
大西:同じ中央音楽隊に勤務はしていますが何しろ大所帯ですし、演奏会の乗り番下り番も違ったりそれぞれが演奏業務の他に係業務もありますので、5人全員での練習がなかなか出来ないことが大変でした。 途中で5人で練習することにこだわることをやめてその日いる人で練習する事にしました。2人だったり3人だったりと。
この練習は大変良い結果を生みました。5重奏ですが、その時いる2人で出来る練習って沢山あるんです。細かいハーモニーを合わせたり5人いる時には5人でやるべき練習があるので。
あとは苦労したのは練習場所ですね。私たちだけではなく室内楽演奏会の時期になると他の団体も練習をするので場所を確保するのが大変でしたが、それも諦めて、AC室-空調室みたいな場所で全く響かない場所で練習をしていました。悪い環境で練習をしておけばどんなホールにいっても素晴らしいと思えるかなという発想で思いつきました。
こちらも良い結果がでましたね。
オリジナルの作品もいくつかはありますが、ほとんどが編曲作品です。カレファックスの出版している作品を購入して演奏していましたが、自分たちだけの編曲作品も少しずつ増やしています。最初のコンサートではアルベニスのスペイン組曲のグラナダを私が編曲をしました。アラゴンは中央音楽隊の打楽器奏者の山口浩志さんにお願いをしました。
今では自分たちオリジナル編曲のレパートリーが10曲ほど出来上がりました。
-これまでの活動の中で様々なことがあったかと思いますが、最も印象的だった瞬間があれば頂けますでしょうか。
大西:最も印象的だった瞬間は初めてのコンサートの一音目が鳴った瞬間ですね。
カレファックス・リード・クインテットのサクソフォンのヘッケマさんの編曲したラモーの凱旋組曲でしたが、最初の音が鳴って音に全員の強い意思が感じられた時にこれは上手くいくなと感じました。
そして今年3月に東京文化会館で行われたカレファックスのコンサートに5人で聴きに行きました。あらかじめコンタクトをとって東京リード・クインテットのYouTubeを聴いていただいていました。実際に本家本元のカレファックスの方々にお会いし楽譜をプレゼント出来たことも印象的です。
日本にリード・クインテットが誕生した事を大変喜んで下さり、沢山のアドバイスをいただきました。
そしてカレファックスのホームページに世界のリード・クインテットのネットワークというページがあるのですがそこに載せていただけることになりました。
-日本で最初のリード・クインテットということもあり、これから「東京リード・クインテット」の活動をきっかけに日本でも注目が集まっていく編成かと思います。今後、同じようにリード・クインテット、リード・アンサンブルを始めたいという愛好家の方々に向けて、いくつか「こうするとうまくいく」「こうするとうまくいかない」といったような、アドバイスを頂けますでしょうか。
大西:私たちも試行錯誤の日々ですが、この編成の最大の魅力はサウンドだと思いますので、細かいことは気にせず、とにかくそれぞれが気持ちよく吹いてください。そして楽しんでください。そこからすべてが始まると思います。 だんだんとこうしてみたらバランスは良くなるかな?とかアンサンブルとしての要求が生まれてくると思います。そこを少しずつ良くしていこうという気持ちで続けることが上手くいく秘訣ではないでしょうか。
私たちも日本で初めてのリード・クインテットとしてこの編成を広めていけるように私たちのペースではありますが活動をしていきたいと思っています。
インタビュー:梅本周平(Wind Band Press)
以上、大西智氏さんへのインタビューでした。新しい音楽への探究心、興味、挑戦、そういったことがいかに大切なことか、ということが伝わってくるインタビューになったかと思います。
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■東京リード・クインテット(Tokyo reed quintet):メンバー
オーボエ:恒松勇希(つねまつゆうき)
サクソフォン:大西智氏(おおにしさとし)
ファゴット:石田知史(いしだともふみ)
バスクラリネット:奥田和希(おくだかずき)
クラリネット:村瀬和也(むらせかずや)
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