人気連載「僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法」も第6回を迎えました。
2014年に日本人として初めて世界で最も有名なブラスバンド「ブラック・ダイク・バンド」の正式メンバーとなりパーカッション・ソロイストとして活躍。帰国後は僧侶としての修行を積み、現在は僧侶兼打楽器奏者として幅広く活躍している福原泰明さん。最近ではTwitterの「僧衣でできるもん」で演奏動画がバズってテレビでも映像が流れましたね。
そんな福原さんが、「心」をテーマに、仏教の教えを元に、演奏家(音楽家)の悩みや心のモヤモヤを晴らし、どう生きていくか、をライトに語る連載です。
第6回となる今回はのタイトルは「庭前の柏樹子」。今日も澄んだ心で(?)お話を聞いてみましょう。
唐突ではありますが、娘が無事産まれました。2090gと少し小さめに産まれてきましたが、普通の子よりもよく飲むらしく体重もどんどん増えていってるので一安心。
子供のことで一万字以上は書けそうなのですが、そうなるとコラムではなく育児エッセイになってしまうのでさっさと本題に入ろうと思います。
「庭前の柏樹子(ていぜんのはくじゅし)」。中国南宋時代に編纂された禅書「無門関」に出てくる言葉です。意味はただ単純に「庭先に植えてあるビャクシンの樹」、つまりただの一本の樹。
「無門関」の中で、一人の僧と、その師匠である趙州(じょうしゅう)和尚のこんなやりとりがあります。
僧「達磨大師(禅宗の祖)は何のためにインドから中国に渡ってきたんですか?」
つまり、僧は師匠に「禅の真髄とは何ですか」と聞きました。だったら回りくどい聞き方じゃなくてそのまま質問すればいいのに、というツッコミは今は無しでいきましょう。
趙州和尚は、庭にある一本の樹を指差してこう答えました。「庭前の柏樹子」。
僧「・・・???いやいや和尚、禅とは何かを聞いているんですよ。心の外の物で表現しないでください」
趙州「心の外の物で答えてるわけじゃないよ」
僧「・・・とりあえずもう一度聞きますね、達磨大師は何のためにインドから中国に渡ってきたんですか?」
趙州「庭前の柏樹子」
僧「」
私はこのやりとりを初めて読んだ時、「まともな会話になってねぇじゃん!!」とブック○フのCMの寺田心ばりにツッコミたくなりました。
要は趙州和尚は「禅とか仏とか悟りとか理屈はさっさと捨てて、目の前にある現実をキチンと見なさい。その現実を離れて仏法という理想を探し求めても無駄だ」と示したのでしょう。手厳しい。
さて、音楽における「目の前」とは何になるでしょうか?色々なシチュエーションがあるとは思いますが、ここでは「練習中に自分が演奏している時に聴こえてくる音」とします。
練習中、一人で演奏している時は自分の音、アンサンブルの中の演奏では自分と周りの音が聴こえてきます。
私たちはその「目の前の音」をキチンと聴けているでしょうか?そもそも「演奏中に音を聴く」というのはどういう状態なのでしょうか?
「演奏中に音を聴く」ということは、同時に二つのことを脳が行なっています。「演奏する」と「音を聴く」の二つです。
脳が情報を処理する上でには短期記憶と長期記憶があり、「学習が行われる場所は短期記憶が多い」と認知科学者のジョン・スウェラーは証明しています。
この短期記憶は一度に大量の情報は処理できないので、新しい知識やスキルを身につける場合は一つずつ学習しなければいけません。
例えば「もっと効率の良いストロークの習得」と「新しいリズムの習得」は同時平行で行うことはできません。新しいことを身につける場合、どれか一つに絞ることが必須です。
先述のジョン・スウェラーも、二つ以上のことを平行して行うと認知の容量をオーバーしてしまうと提唱しています。
・・・なんかコラムじゃなくて大学生のレポートみたいになってきた。
はい、話を戻して、じゃあ「演奏中に音を聴く」ということは脳の構造上不可能なのでしょうか?
そういうわけではありません。二つのうち一つを自動で行うようにすれば良いのです。
教育心理学者のリチャード・クラークは、スポーツ選手やベテラン看護師などの専門家達を集めて、専門分野での動作に関する質問をしていきました。「その段階の時、何を考えていますか?」「その手順を追っている時に自分の右手はどこにありますか?」「順番にやり方を説明してください」などなど。
その結果、専門家達は動作に必要な情報の3割ほどしか説明をしなかったのです。つまり、残りの7割は「無意識のうちに体が動いている」状態でした。
長い間使われ続けた情報はその人の長期記憶になり、無意識化します。クラークによると「無意識化のプロセスのおかげで 『思考に使うスペース』が空くので、短期記憶を容量オーバーさせずに新しい学びを受け入れる」状態になるとのこと。
なので、この「無意識化」に到達するのが練習の目的になります。特に基礎練習本というのは短期記憶の容量オーバーを起こさないように極限まで無駄が削がれたものなので、自分自身で何か一つ学習することを決めて練習できる、これ以上無い教材となります。打楽器では「スティック・コントロール」などそれに当たりますね。
「演奏する」事に余裕ができて初めて、「音を聴くこと」ができます。逆に言えば、演奏に意識を割かれている状態だと音はあまり聴けていない、つまり庭先の樹一本も見れていないということですね。
目の前のことをキチンと見ることができるように、毎日学習です。
私も将来、妻と娘から「まともな父親になってねぇじゃん!!」と言われないように、日々精進していきたいと思います。
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今回も面白いお話が聞けましたね!
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これまでのWind Band Pressでの連載記事はこちらから読むことが出来ますので、合わせてどうぞ。
※この記事の著作権は福原泰明氏に帰属します。
【福原泰明 プロフィール】
東京都出身。15歳より打楽器を始める。日本大学文理学部心理学科卒業。英国王立北音楽院修士課程修了。
在学中に学内奨学金を授与される。打楽器全般を大里みどり、シモン・レベッロ、エリザベス・ギリバー、ポール・パトリック、ティンパニをイアン・ライト、ラテンパーカッション及びセットドラムをデイヴ・ハッセルの各氏に師事。第11回イタリア国際打楽器コンクール(ヴァイブラフォンの部)ファイナリスト。
2011年7月、渡英と同時に、世界で最も名高いブラスバンド(金管バンド)の一つ、フェアリー・バンドに入団。同年10月より首席打楽器奏者を務める。同年12月にはブラスバンド専門ウェブサイトの4barsrest.comにて「2011年打楽器奏者ベスト5」の一人として取り上げられる。2012年には有名ブラスバンド専門雑誌「British Bandsman」にて表紙を飾り、ロング・インタビューが掲載されるのを始め、複数の音楽雑誌に取り上げらるなど、英国ブラスバンド界ではまだ数少なかった”打楽器ソリスト”として活動。その存在は、普段ブラスバンドの中ではスポットが当たりにくかった”打楽器”を”ソロ楽器”として認識させることとなる。2013年1月、「RNCM Festival of Brass」にて自身が委嘱したロドニー・ニュートン作曲の打楽器協奏曲「ザ・ゴールデン・アップルズ・オブ・ザ・サン」をフェアリー・バンドと共に世界初演し、満員の観客からスタンディング・オベーションを受け、ブラスバンド界の演奏者、指揮者、作曲家、編集者の各方面からも絶賛される。
同年10月よりレイランド・バンドに入団。打楽器ソロ曲のレパートリーを更に広げていく。同年11月、三大ブラスバンド・コンテストの一つ「Brass In Concert Championships」にてマリンバとフリューゲル・ホルンのデュオを演奏し、「本日の最高の演奏の一つ」(4barsrest.com)と評される。
2014年、世界で最も有名なブラスバンドと言われるブラック・ダイク・バンドに史上初の日本人正式メンバーとして入団。マリンバ・ソロイストとしてコンサートでソロを務める。
オランダの打楽器メーカー”マジェスティック・パーカッション”エンドーサー。
協賛
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