グランドフィナーレ直前!「形式学」をどのように実際の曲に活かすのか?ホルスト《軍楽隊のための組曲第1番》を例題に(前編):プロの指揮者・ 岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第52回






 

管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

シーズン2はよりわかりやすくするため、「オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ」と題した対話形式となっています。

今回は第10回。「グランドフィナーレ直前!「形式学」をどのように実際の曲に活かすのか?ホルスト《軍楽隊のための組曲第1番》を例題に(前編)」です。

さっそく読んでみましょう!


グランドフィナーレ直前!オカヤン先生の「スーパー学指揮ラボ」(第52回)「形式学」をどのように実際の曲に活かすのか?ホルスト《軍楽隊のための組曲第1番》を例題に・・・吹奏楽の「古典」は音楽を表現する上で大切なことの宝庫だ!(前編)『オカヤン先生のスーパー学指揮ラボ』(第10講)

ここは東京郊外、自然豊かな丘陵にある私立総合大学。その一角にあるオカヤン先生の研究室では、オカヤン先生と2人の学生によるゼミ形式の講座が開かれている。学指揮に必要な音楽のことを中心に学んでいくのが、この研究室の目的である。

【登場人物紹介】

・オカヤン先生(男性)・・・このラボ(研究室)の教授。プロの指揮者としてオーケストラや吹奏楽の指揮をしながら、悩める学生指揮者のためのゼミを開講している。

・野々花(ののか・女性)・・この4月から大学4年生(文学部)。大学吹奏楽部で学生指揮を担当している。作曲などにも関心を持っていて、音楽理論にも詳しい。音楽への情熱も人一倍強い。音楽に没頭するあまり、周りが見えなくなることも。彼女の所属している吹奏楽部は通常、4年生が正学生指揮を務めるが、ひとつ上の学生指揮者の先輩が退部したため、3年生から正学生指揮者を務めている。担当楽器は打楽器だが、必要に応じてピアノも担当する。部員には知られていないのだが、実はハープを演奏できる。

・隆(たかし・男性)・・・この4月から大学3年生(法学部)。野々花の後輩で、大学吹奏楽部では副学生指揮者として野々花と協力しながら活動している。音楽がとにかく大好きで、指揮することの魅力に取り憑かれている。野々花ほど音楽に詳しくはないが、人望が厚くみんなから慕われている。若い頃はサッカーを本格的にやっていたようなスポーツマンでもある。担当楽器は大柄な体格であることと、実は幼少期にヴァイオリンを習っていたという理由だけで、同じ弦楽器であるコントラバスを担当している。

・真優(まゆう・女性)・・・この4月から大学2年生(総合政策学部)。野々花、隆の後輩で最近次期学生副指揮者となった。小学校まではイギリスやアメリカで暮らしており、中学進学を機に日本へ帰ってきた。幼い頃からピアノやフルートなどを学んでいる、期待の新人である。担当パートはフルート、最近はピアノやチェレスタなどこれまで野々花が担当していたパートを担当している。性格は明るく、海外生活が長いこともあり自分の意見はしっかり主張するタイプ。

彼らが所属している吹奏楽部は、演奏会やコンクールといった本番も学生が指揮を担当しており、オカヤン先生は直接彼らの吹奏楽部の活動には関わっていない。学生指揮者としての音楽作りや指揮法などについてのレッスンを受けようと、専門家であるオカヤン先生が開講するラボに参加することにした。

***

あっという間に年末である。

先日遂に定期演奏会も終わり、やっと部活から解放されて一息。吹奏楽部を「引退」した大学四年生の野々花は、心晴れやかに部屋の掃除などをしている。しかしまだ演奏会の余韻が残っている。

メインではさすがに難曲に挑みすぎた感があり満足行く演奏にはならなかったが、ホルストの「第一組曲」は自分がこれまでに指揮した中でも会心の出来だったと思っている。

コンクール後、定期演奏会前に受けたオカヤン先生のラボがかなり効いたらしい。もう野々花がラボに通うことはないが、部屋中に積まれた参考書やスコアを動かすたび舞うホコリと戦いながら「あれは面白かったな・・・」とラボのことを想い出す。

あれは定期演奏会1ヶ月くらい前の11月下旬だったか・・・そのあたりの記憶はすでにあやふやではあるが・・・

***

3人;オカヤン先生、今回もよろしくお願いします!

オカヤン;前回のラボから随分間隔が開いてしまったね。みんなの部活での活動はどうだったかな?

野々花;9月に吹奏楽コンクールの東京都大会があり、結果は銀賞でした。指揮者も学生で出場した団体にも関わらず、高い評価をしてくださった審査員もおり、これまで部員と音楽を作り上げてきたことが少しは報われたような気持ちです。

オカヤン;そうか、金賞を取ることだけがコンクールの価値ではないよね。こうやって成長を実感できたというのはとても素晴らしいことだと思うよ。とはいえ、一部のファンの中には「金賞」であることだけにしか興味のないような人もいるよね。そして逆に結果が芳しくないと、その印象がずっとついて回るのもまたコンクールだよ。良いも悪いも指揮者のせいってね・・・おっと、僕の憎まれ口は今は関係ないことだね。

隆;結果だけで人や団体を判断するのはあまり好きではありません。それぞれがそれぞれのやり方で頑張ったのですし。

真優;私もそう思います。実際、コンクールに向けての練習は大変でしたが楽しい時間でしたし、仲間との絆も深まりました!何より音楽が楽しいと思えるようになりました。

オカヤン;二人の話を聞くと、コンクールの練習はとても充実したものだったようだね。僕も安心したよ。指揮者の手腕が良かった!ということだね。

野々花;いえ・・・私は自分のやれることをしただけで、部員全員が支えてくれました。学指揮の二人も色々フォローしてくれましたので、気持ちも楽に過ごせたと思います。

オカヤン;そのような言葉が自然に出てくること自体が、全てを物語っているね。良いチームに成長したことを嬉しく思うよ。

その素晴らしいチームの活動の集大成となる定期演奏会がいよいよ間近に迫ってきたわけだけど・・・今回はどんな曲を取り上げるのかな?

野々花;メインにはコンクールで取り上げた、ラフマニノフの「交響的舞曲」を全3楽章、ノーカットで演奏します!正直、合奏も指揮も難しいです・・・。

オカヤン;それはまた難曲に挑戦するね!僕だって難しいと思う曲の中でもトップランクに位置する曲だよ。その他には?

野々花;演奏会の前半のメインとして、ホルストの「第一組曲」を取り上げます。ずっと自分がやりたかった曲で・・・みんなにわがままを言ってプログラムに入れてもらいました。

隆;野々花先輩への感謝と敬意を込めて!(笑)

オカヤン;野々花ちゃんは本当に人望が厚いね!良い指揮者の条件を見事に兼ね備えている証拠だよ。指揮者にとって大事なのは「音楽性」「技術」「人間性」だけど、その中で「人間性」だけは教えられて身につくものではないからね。

メインのラフマニノフについては、僕の指揮法教室で取り上げるとして・・・今回のラボはホルストの作品について「形式学」を中心として、合奏や指揮のヒントを話していこうと思う。隆くんと真優ちゃんも今後の参考になることだから、一緒に勉強していこう!

3人;はい!


第1章「音楽を分析していく」ということ

オカヤン;音楽を分析することを「アナリーゼ」というけれど、なんだかカッコいい言葉だよね!でもこの言葉は「分析」または「分析する」を意味するフランス語で、英語だと「アナライズ」という言葉になる。「楽曲分析」のフランス語が「アナリーゼ」ということで、何もアナリーゼが音楽分析の特別な何かということではないよ。それでは「楽曲の分析」とはどんなことをするものだと思う?

野々花;ハーモニーの分析とか、メロディーが何小節単位でできているかとか、曲の調性は何かとか・・・。

オカヤン;実際そのようなことは分析の中心となるものだね。しかし「楽曲分析」というと、それらのことばかりに注意が向けられる。もちろん「和声」は音楽を表現する上で大事なものであることに異論はないし、それを中心軸に据えた作品もある。それがさまざまな表情を見せることもまた音楽の魅力だ。「楽曲分析」においてそのようなことと同じくらい、いやそれ以上に重要な点がある。それは「音楽の形式」「作品の形式」を把握すること。それを把握することで、これから取り組む音楽の「方向性」が見えてくるんだよ。和声だけを見ることを「木」と言うつもりはないけど「木を見て森を見ず」では全体像は掴めない。形式を把握していくということは「その森全体を俯瞰する」ということなんだ。

その「森」はさまざまな植物で形成されている。その中でも多く生息している種類の木が場所によって群生している森もあるよね?このホルストの組曲の場合もそれと同じことが言える。楽曲全体が「森」で、それぞれの植物が群生している場所が「楽章」ということになる。そしてその植物が持つ「特徴」が各楽章のキャラクターということになるね。

僕が音楽を分析する(譜読み)するときにはその「森」からどんどん範囲を狭めていくという読み方をしているんだ。森から植物の群生地、そしてその木1本1本、そしてその木の幹、枝、葉・・・そして根。最終的にはその木の実や種とどんどんと小さな単位を見ていく。「マクロからミクロへ」が僕の分析の方法だよ。

それではこの方法で「第一組曲」を見ていくことにしようか。

第2章・「森」全体の構成を見てみよう

オカヤン;それではこの曲の全体的な構成を見てみよう。この曲は約10分程度の演奏時間を要する曲で、ホルストの自筆譜の編成は当時のイギリスの軍楽隊の楽器編成になっている。当時の軍楽隊の編成は厳密には現代の吹奏楽編成異なる部分もあるので、これまでに数名の手により現代の吹奏楽編成に合うように「校訂」つまりエディットされたものが出版されて演奏されている。この「校訂」という作業は「編曲」や「改変」とは異なり、あくまで作曲者の意図を汲み取り、現状に合うように編集されたものだ。この曲はさまざまな校訂楽譜が複数の出版社から出ているんだけど、吹奏楽の楽譜としては珍しいことだよ。オーケストラの楽譜では同じ曲で複数の版が存在することはよくあることで、オーケストラがどの版を採用して演奏するかを決めるのも指揮者の大事な役割の一つとなっている。吹奏楽団体でも複数の版がある楽譜に取り組むときは、指揮者はどの版がいいかをしっかり吟味するようにしよう。

この曲はスタディースコアと言って、小さなサイズのミニチュアスコアが販売されている。指揮者や演奏者はそれを購入して、自分が使っている楽譜との違いや、記譜上の間違いなどを積極的に見つけるようにしよう。それをすることにより、合奏の中でそのことに割く時間が格段に少なくなる。つまり「音楽」に取り組む時間が増えるということ。指揮者だけでなく、演奏する人もそれを大切に考えてほしい。

それでは全体の曲の仕組みを見ていくことにしよう。

この曲は「組曲」といって、キャラクターの異なる数曲によって構成されている楽曲だ。この曲の場合は3曲からなっている。第1楽章が「シャコンヌ」、第2楽章「インテルメッツォ」、そして第3楽章「マーチ」だ。音楽の雰囲気でいうと、1楽章は「ゆったりとした3拍子」で2楽章は「速い2拍子」、そして3楽章は「一般的な行進曲のテンポの2拍子」とそれぞれが違った個性を持っている。その個性の「描き分け」をできるかは「指揮者の勉強と手腕」次第だよ。

この作品が一般的な組曲と異なる点、というか後の作品に影響を与えたであろう点が、楽章間の関連性が密であるということ。特に第1楽章である「シャコンヌ」が全曲にわたり重要な位置を占めるということだ。この曲を演奏するにあたって、そのことを見逃してはいけない。

この曲の分析は・・・「シャコンヌ」に集約されていると言っても言い過ぎではないんだ。ホルストの作曲した「シャコンヌ」は吹奏楽の歴史のみならず、音楽史においてもとても重要かつ、素晴らしい作品だと思うよ。この曲に大学生の吹奏楽団が触れるということにはものすごく大きな意義があると思う。僕の大学の大先輩で、とある交響楽団の偉い人がいるんだけど・・・その先輩がかつて「ホルストの2曲の組曲とヴォーン・ウィリアムズのイギリス民謡組曲は、ベートーヴェンの9つの交響曲のようなものだ」と言っていたけど、僕もその意見に同意するね。吹奏楽にとって、そして音楽にとって大切なエッセンスがたくさん詰まっている「宝箱」だよ!

それでは「シャコンヌ」をじっくりと見ていくことにしよう

第3章・「シャコンヌ」のこと、ホルストの「シャコンヌ」の形式や分析、表現のポイント・・・「動機」に注目!

では、はじめに「シャコンヌ」という音楽の形式について。

「シャコンヌ」という形式の歴史はかなり古い。もともとは舞曲の形式の一部であったのだけど、それが時代を経て「変奏曲」の一種として確立された。この曲の形式はバロック時代より以前からあったが、特に有名な作品として知られているのは、バロック時代の作曲家で「音楽の父」といわれるヨハン・セバスチャン・バッハの「無伴奏ヴァイオリンパルティータ」という作品だ。その中の「シャコンヌ」は、名曲揃いのバッハ作品の中でも特に評価が高い曲なんだよ。最近は吹奏楽に編曲されて演奏されることも多いけど、大変素晴らしい作品だよ。機会があったら一度聴いてみてほしい。

「シャコンヌ」は基本的に3拍子の曲。同じようなタイプの形式に「パッサカリア」という形式がある。バッハも多くの「パッサカリア」を作曲している。以前はこの2つの形式は別のものとして存在していたのだけど、今ではその区別は曖昧で、どちらの名前を使っても同じ形式である曲も多い。つまりどちらも「3拍子で書かれた変奏曲」、これが「シャコンヌ(パッサカリア)」の端的な説明だ。

「シャコンヌ」は変奏曲、つまり「テーマ」が提示されて、それが手を替え品を替え展開していく形式。だから「シャコンヌ」をはじめとした「変奏曲」を指揮、演奏する時には、その曲の「シャコンヌ主題」と「その変奏」について分析し、表現することが「魅力的な演奏」をするための第一歩になる。

さぁ、このことに注目しながらホルストの作曲した「シャコンヌ」を見ていくことにしよう。

元々「シャコンヌ」は、バス(低音)の主題や和声をもとにした変奏曲だ。ホルストの作品もその「定石」通りのシャコンヌになっている。つまり「低音楽器」が「シャコンヌ」の主題をまずは演奏する。このテーマが曲の終わりまで一貫して登場し、一つの「基本ライン」を作っている。まずはその基本ラインが常に「聴こえるように」バランスをとっていくことが大事になるよ。そのテーマの上で、どのような「飾り」や「変化」をしているかを意識して表現をしていくと、演奏が立体的に魅力あふれる演奏になるはずだ。

では「第1組曲」のシャコンヌ主題を見てみよう。

ホルスト「軍楽隊のための第1組曲」コンデンススコア(ブージー&ホークス社)より引用


この主題・・・特に「動機」つまり、旋律を構成する最小単位は全曲を支配する重要なものなんだ。

画像の中で赤く囲んだ「動機a」を見てほしい。この動機のリズムと音程が全楽章に頻繁に登場する。そのことによって全曲の統一性が保たれているんだよ。これこそまさに「形式美」といえるね。ホルストの作曲技法は見事だよ!このことがわかっていて指揮するのとしないのとでは雲泥の差が出てくる。このようなことを理解し表現できることが、指揮者の立場での「分析」であり「表現」だよ。

この「動機a」のリズムと音程を覚えておこう。音程とは・・・Eb~F~C~Bbのそれぞれ隣り合う音程の間隔のことで、次のようになっている。


Eb~F・・・長2度


F~C・・・完全5度


C~Bb・・・長2度


という音程になっている。

この「長2度」上行して「完全5度」上行し「長2度」下行するという音程をよく覚えておこう。

それでは「シャコンヌ」の構成を紐解いていこう。


ホルスト「軍楽隊のための第1組曲」コンデンススコア(ブージー&ホークス社)より引用

これは「第1組曲」のコンデンススコア(凝縮されたスコア)だ。楽譜内に赤線が引かれている部分は曲の変奏部分になる。全部で16の部分に分かれている。そして二重線が引かれている部分がその主題と変奏が「大きなグループ」を形成している部分で全3部構成となっている。

赤い星印の部分が「第2の部分」になっているけど、この部分はシャコンヌの主題とは異なるメロディーになっているね。だからここで部分が分かれるんだけど・・・この第2部のテーマも実は冒頭のシャコンヌ主題と関係性があるんだよ。それをこれから説明していくね。

最初にシャコンヌ動機の音程について学んだね。その音程間隔は・・・「長2度上がる」「完全5度上がる」「長2度下がる」というものだったけど、ここの部分のテーマを見てみると・・・なんと!「長2度下がる」「完全5度下がる」「長2度上がる」音程になっている。シャコンヌの動機の全く逆の動きをしていることがわかるかな?

このような状況のことを「動機の反行(はんこう)」というんだけど、主題をより幅広い可能性を持って展開させるために作曲家がよく使う技法だよ。響き的には「犯行の動機」みたいに聞こえるね・・・こちらは「反行の動機」と覚えよう。

この「動機の反行」を真ん中に置いて、シャコンヌ主題が再び冒頭と同じ「変ホ長調(Eb)」に戻ってきた部分が「第3部」となり、盛り上がって曲が終わるんだけど、動機や旋律だけでなく「調性」にも注目することで音楽の形式を実際の作品の中で確認することができるよ。このように今まで学んできた楽典は、全てが実際の作品演奏に役に立つということをわかってもらえたかな?

今度はテーマと各変奏の特徴を見ていこう。演奏するときはそれぞれの「個性」を十分に引き出せるような演奏を目指していけたらいいね!

【第1部】

1・バス楽器による主題の提示(変ホ長調)

2・金管アンサンブルによる変奏

3・木管楽器による変奏

4・16分音符のリズムが登場する変奏、少しリズミックになる

5・前の変奏の雰囲気を維持しながら、初めて全体合奏で演奏される

6・主題が金管の8分音符で変奏される。この部分が初めてのフォルテッシモ

7・金管のアンサンブル。低音金管楽器の8分音符の動きが特徴的

8・ホルンのソロが主題を演奏し、それにクラリネットが絡み合うアンサンブル

9・木管の小アンサンブル。3声の動きが素晴らしい対位旋律になっている。

【第2部】

10・主題の反行型での変奏。調性は調号の数が同じ「平行調」であるハ短調(c)。9の部分と楽器の構成はほとんど変わらないにも関わらず、色彩が大きく変改している

11・引き続き反行型。低音がヘミオラ(3拍子のなかに2拍子が現れる)になっている

12・シャコンヌ主題が元の形に戻る。しかし音高が異なる

【第3部】

13・変ホ長調に戻る。低音が「オルゲルプンクト」と呼ばれる、オルガンの足鍵盤をイメージさせる持続低音を伸ばし続けている。伸ばし続けている音は曲の主調である「変ホ長調」の「属音」つまり、主音から数えて5度上の音なので「属音ペダル」と呼ばれている

14・属音ペダルが持続する中で、木管楽器の8分音符のスケールが上行下行する音形が特徴的

15・「マエストーソ=荘厳に」という発想記号があり、クライマックスに向けて盛り上がる。主題が最後に原型として登場する

16・曲の終結部。テーマが5度上に高められる

以上が形式的に見た「シャコンヌ」の全容になる。指揮者はこれをもとに、奏者や聴衆が聴いてわかるように「表現」をしていくわけだ。


シャコンヌという「変奏曲」を表現するために大事なのは、各変奏曲の「個性」をしっかり描き出すこと。そして「主題」を浮き出させることで全体の「統一感」を図るということの二つだ。

「主題」を浮き立たせることに関しては、指揮者の「耳」つまり「バランス調整」が全てだから、指揮者は腕を振り回して、合奏で奏者に言葉で指示するだけでなく、しっかりと今聴こえている音を「モニター」しなくてはいけない。指揮者の最も大事な役目は「聴くこと」だということを忘れてはいけないよ。

次に「各変奏の個性」を出していくために必要なことを考えていこう。

僕が変奏曲を指揮するときに特に気にしている点は次の2つだよ。それは・・・


1・「組み合わせ」


2・「対比」

の2点だ。では、それぞれの点についてもう少し詳しく話していこう。


1・「組み合わせ」

これは「楽器の組み合わせ」のヴァリエーションのこと。フルスコアを読んで、この変奏はどのような楽器で構成されているかを見る。

木管主体か、金管主体か、小アンサンブルか、中アンサンブルか、大アンサンブル(全奏、テュッティ)か・・・。打楽器が入っているか否か。高音楽器中心か、低音楽器中心か、などなど。

これらをしっかりと意識しながら分析して、各変奏の「音」をイメージし決めていく。これは指揮者の役割だよ。「鳴っている、鳴っていない」とか「楽器間のバランスが悪い」とか・・・客席で聴いている人がコメントする場面や、指揮者がまるで「お題目」のように繰り返している場面によく遭遇するけど、それだけではない「音決め」を最終決定するのは指揮者の仕事。第3者のアドバイスや感想も参考にしながら、自分がスコアから見てイメージしている「音のデザイン」「音の風景」を具現化することは全体に対する「指揮者の責任」だ。その責任を果たすために「スコアを読むこと」や「スコアを読んで分析し合奏するために最低限必要な音楽理論」を身につけることは、全員に対するマナーでもある。


2・「対比」

これは「各変奏の個性」を明確に表現するために大切にしたいポイントだよ。その対比をしっかりとつけることで、楽曲の「奥行き」や「立体感」を感じることができる。「対比」といっても、さまざまな「対比」の可能性がある。いくつか列挙してみよう。


「強と弱」「陰と陽(明と暗)」「温と冷」「新と旧」「硬と軟」「加速と減速」「木管と金管」「低音と高音」「長と短」「重いと軽い」「老と若」「男と女」「都会と田舎」「西洋と東洋」「声楽的と器楽的」「ユニゾンと和音」・・・。

他にももっとあるはずだ。それらの要素が、今見ている部分ではどのようになっていて、他の変奏はどのような性格を持っているかを指揮者は楽譜から読み取り、感じたものをイメージして、それを演奏者に伝えてそれを納得してもらって具体化する。これにはもちろん「想像力」は必要なんだけど、それよりも「すべてのことはスコアが教えてくれる」ということを肝に銘じてほしい。「大事なことは楽譜に書かれていない」とある作曲家が語ったとされているが、その人は同時に「必要なことは楽譜にすべて書かれている」とも言っている。一見矛盾しているようにも思えるけど、その意味するところは「楽譜の向こう側にある大切なものを表現するためには、楽譜に書かれていることをちゃんと読み取る必要がある」ということだ。

これらのことを気にしながら、本番で指揮をする野々花ちゃんだけでなく、別の曲を指揮する隆くんも真優ちゃんも自分の指揮する今日のスコアでそれを早速実践してみよう!


みんなの協力と理解が大前提だけど、その楽曲、そして演奏会全体の趨勢を決するのは指揮者のマインドセットと行動次第、演奏会に向けてもうひと頑張りしよう!

休憩後のラボでは後半、2楽章と3楽章について学んでいこう。集中して学ぶには「十分なリラックス」「十分な休憩」が必要だ、しっかり頭と体を休ませておくように。

3人;はい!

隆;しっかり休憩してきまーす!

(後編に続く)

***


文:岡田友弘

ストーリーパート:梅本周平(Wind Band Press)

※この記事の著作権は岡田友弘氏およびWind Band Pressに帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!(これまでの連載はこちらから)

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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)


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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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