「下振りに求められる役割」プロの指揮者・岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第2回






管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

コラムを通じて色々なことを学べるはずです!

第2回は下振りに求められる役割についての内容です。さっそく読んでみましょう!


第2回・下振りに求められる役割について

 今回からは実際に学生指揮者(練習指揮者)に求められる役割について考えていくことにしましょう。本番の演奏会で指揮を担当する先生があなた以外の誰かである場合がほとんどだと思います。もちろん定期演奏会など他の演奏機会ではあなたが本番を指揮することもあると思いますが、基本的にはある程度の段階までは同じ行程となりますので、本番まで自分が指揮をするときにも応用してみてください。それでは下振り(練習指揮)の仕事について考えていきましょう。

 ドイツの作曲家でリヒャルト・シュトラウスという人がいます。吹奏楽にも作品が編曲されかつてはよく演奏されていた作曲家ですから名前を聞いたことがある人もいるかもしれません。その彼が若い指揮者に向けた「若いオペラ指揮者のための十の黄金律」という十のアドヴァイスが残っています。主にオペラを指揮する際の注意点を書いたものですが、その中の二つの項目はオペラの指揮者だけでなく全ての若い指揮者に対してとても良い教訓です。本題に入る前にそれを紹介します。

1・自分自身が楽しむのではなく、聴衆を喜ばせるために音楽をすることを心がけよ。

2・指揮するとき、君が汗をかくべきではない。ただ聴衆だけが暖かくなるべきだ。

(リヒャルト・シュトラウス『指揮者十箇条(十箇条の黄金律)』 若い指揮者の記念帳のために より引用)

 この言葉は練習指揮者のみならず、本番を指揮する指揮者に対しても今でも大切にしておかなければいけない言葉です。心の片隅に置いて欲しいと思います。この言葉はこれからお話しすることにも関係があるのです。文中の「聴衆」を「メンバー」や「部員」に当てはめて考えることもできると思います。それが大きな意味でのあなたの「役割」なのです。

 下振りの役目は「本番の指揮者が音楽の解釈ややりたいことを、合奏で多くの時間を割いて練習ができるようにお膳立てをする、下ごしらえをして渡す」ということです。同時に演奏するメンバーが曲の基本的な仕組み(音の高さ、長さ、大きさ、速さなど)を理解し、自分の練習にも活かせるような合奏練習をすることで、個人→パート→セクション(グループ)→合奏という練習サイクルを意味のあるものとして機能させていくこともできます。個人やパート練習にも活用できるような練習の仕方や内容をたくさん考えられるといいですね。

練習指揮者の最大の役割は「お膳立て」や「準備」ですから、絶対にあなたの合奏でやってはいけないことがあります。それはあなたが勝手に感じた(もしくは音源ではそうなっていた)ことを自由に自分の裁量で合奏中にやってはいけないということです。スコアに書かれている記号の情報(音符、休符、強弱、発想、テンポなどの記号や言葉)に忠実に練習することが大原則です。それをしっかりできた上に音楽の「解釈」や「個性」を表現するので、それがアベコベになってはいけません。あくまで「黒子に徹する」ことが求められます。本番の指揮者がやりやすいようにアンサンブルを整えておくこと、楽譜に書かれていることを可能な限りしっかりと再現し演奏できるようにメンバーが練習できるようにすることが最大のミッションです。

そのために単発の練習の内容だけでなく、本番の指揮者の練習までにどのような練習を進めていくかというロードマップを作るのも下振りの大切な仕事です。もしかしたらそのようなことは顧問の指揮者の先生が全てやっているかもしれませんが、可能であればあなたもその計画づくりをするようにできるといいと思います。また、練習指揮者の練習の段階で本番の指揮者が「このような感じで作りたい」というものがあり、それを練習にも反映させて欲しいということでしたら、本番の指揮者と緊密に連絡をとってどのような音楽にしたいのか?という情報を共有して練習に生かし、メンバーに合奏を通じて伝えるということも大切なことです。「楽譜の情報を足したり引いたりせずに忠実に」「本番の指揮者とのコミュニケーションを緊密に」この2点を大切な両輪として練習を進めていきましょう。

 スコアに書かれている記号の情報(音符、休符、強弱、発想、テンポなどの記号や言葉)に忠実に練習することが練習指揮の大切な仕事だということは前段でも書きましたが、そのためには下振りをするあなたが合奏をする前に「下準備」をしっかりすることが大事です。その「下準備」をどれだけ入念にできるかがあなたの合奏の内容や成果を大きく左右することになってきます。合奏練習の時間になってみんなの前に立っているのに、常にスコア(の一部分)に頭を突っ込んで手を振り回していたとしたら・・・きっと今自分の目の前で起きていることをちゃんと聴いて課題を見つけ出し指摘する余裕はないでしょう。勉強不足で指揮台に立つことほど見苦しいものはありません。そしてその見苦しい姿で何の罪もないメンバーを罵倒する資格はあなたにはありません。ですから指揮台に立つ前にあなたができる限りの準備をして臨むということが必要です。以前プロのオーケストラと仕事をしたときに、その時のオーケストラのコンサートマスター(オーケストラのリーダーで第一ヴァイオリン奏者)と二人で話をしたときのことです。指揮や合奏についていろいろな話をしている中でコンマス氏が言った言葉を今でも忘れることができません。

 「岡田さんがちゃんと聴けているときの演奏は良いんですよ。」

 これにはいろいろな意味があります。指揮者がしっかり勉強し、曲を把握しているところは問題がない。大振りして格好をつけて外見的に派手に動いて指揮しているときよりも、必要最小限の動きで周りの状況を冷静に見ている時が良い。そして何よりもちゃんと聴けている時には音楽も良くなる。これを聞いた時に僕は何か今までモヤモヤしていたものが鮮明になった思いがしたものです。そうです、指揮者というのは「聴く係」なのです。大勢の人の中で自分も演奏している人たちは自分や周りの音を聴いていると言っても限界があります。それを助けるために、今楽譜と比較してどのような状態なのか?合奏は今どのような状態になっているのかを聴いて、その状況を伝え、共有し、修正することが指揮者の唯一の役割なのです。ですから合奏で「聴く係」に集中することができるように、合奏前に楽譜を読んでいるか?本番の指揮者とのコミュニケーションをしっかり図っているか?この二つが大切なのです。「聴く」ために準備をしなくてはいけないことは分かったでしょうか。その方が気持ちに余裕ができて合奏にもっと集中できますよね?

 これまでのことから楽譜(スコア)を読む準備がとても大切なことがわかったと思います。たくさんの必要な情報が記号となって記されているのが楽譜(スコア)です。それはまさに地図のようなもので、地図を読むことでその土地のいろいろなことを知ることができるのと同じです。正しく地図を読むことができたら、正しく詳しく情報を知り伝えることができます。しかし地図記号の意味や等高線のこと、縮尺や方位のことに理解がなければその地図を正しく知ることができません。

指揮者は山岳ガイドのような役割もあります。山の頂上(ゴール)を目指すメンバーのためにその道のりをガイドし、危険な部分や見所の景色などを伝えながら一緒に登山するというのと同じです。優秀なガイドとして頂上をアタックする知識と経験を得るために、次回は「吹奏楽のスコア」についてのいろいろをお話ししていきます。最初は難しいこともあるかもしれませんが、少しずつ理解できるようにしたいと思います。

フルスコアは宝の地図です。知れば知るほどたくさんの発見があります。そしてスコアに書かれていることは作曲家(編曲家)からあなたに向けて書かれた「手紙」なのです。言い換えれば「台本」でもあるでしょう。しっかりとそのメッセージを読み、正しい読み方をして正しく伝える。そして正しく再現できることが大事です。勝手に言葉を変えたり、切り取ったり、追加したりすることは指揮者がしてはいけないことです。再現芸術である音楽は、作曲家の創造物であるスコアを再現するためにそれを読んでいかなくてはいけないのです。それができてから音楽の「解釈」という次の段階に進むことができるのです。

 最近引退したオランダ人の指揮者ベルナルト・ハイティンクがよく言っていた言葉の中に「作曲家やその作品に対して、指揮者は二流の存在であることを忘れてはいけない。」というものがありました。指揮者が一番なのではなく、一番は作曲家であり指揮者は作曲家(作品)と演奏家、聴衆を繋ぐ「仲介者」もしくは「代弁者」であるということをことあるごとに話していました。僕は常にこの言葉を大事にしていますが、是非あなたもこのことを大事に考えて欲しいと思います。それに関連して冒頭でお話ししたリヒャルト・シュトラウスの言葉を最後にもう一つ引用したいと思います。彼は指揮者としても非常に有能な人でした。もちろん作曲家としても超一流の人ですが、そんな彼がこのような言葉を残していることに、僕たちは謙虚な気持ちを忘れてはならないと思うのです。

 「私は音楽家として二流だが、二流の中の一流でありたい。」(リヒャルト・シュトラウス)

 さぁ、みんなも一緒に「二流の中の一流」を目指して、楽しく成長していきましょう!

→次回の記事はこちら


文:岡田友弘

※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!

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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

 1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

 これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

 彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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