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こんにちは。Wind Band Press編集長の梅本です。

日頃のご愛顧、心より感謝申し上げます。

 

さて、2016年7月にスタートしたこのサイト、

「吹奏楽・管打楽器の情報サイト Wind Band Press」

ですが、

なぜこれをやろうと思ったのか?

何をやろうとしているのか?

なぜ1年以上も赤字事業なのに続けるのか?

というようなことについて、お話したいと思います。

その前に、まずは原点となる僕の学生時代からお話を始めます。

 

■高校編

僕が管楽器を始めたのは高校生の時、吹奏楽部に入部したのがきっかけです。

それまでは小学校から剣道一筋の剣道少年でした。

名古屋から東京に引っ越した際に中学校に剣道部がなく、

警察の道場に通いながら剣道を続けましたが、

同学年の友人もおらず、初段を取ったのをきっかけに剣道を辞めてしまいました。

その後は親が持っていたローリング・ストーンズのカセットを聴いたのをきっかけにロックの道にずぶりとはまってしまい、

「よし高校に入ったらドラムをやろう」

と思っていました。ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが叩きだすビートにシビれたからです。

高校に入ると、各部活動が体育館のステージで新入生にアピールを行う

「新入生勧誘ステージ」のような催しがあって、

例えば剣道部であれば打ち合いをしていたりしたのですが、

吹奏楽部はポップスを演奏していました。

(何を演奏していたかはもう覚えていませんが)

その時、ドラムセットを叩く女子部員の姿があり、

僕はそれを見ながら、

「吹奏楽部に入ればドラムセットを買ったりスタジオに行ったりしなくてもドラムの練習ができる」

と考えました。

 

実家は特に裕福な家でもないですし、

小さなマンションで防音もしっかりしていなかったので、(しかも賃貸)

「これだ!」

とひらめいたのを覚えています。

 

そのため、剣道を再開するかと思いきや吹奏楽部に入部し、

パーカッションパートを希望しました。

 

ですが、ドラムを叩かせてもらえませんし、

誰も教えてくれません。

これはしまった、何か間違えたな、とすぐに入部を撤回しようと思いました。

 

ですが何の因果か、結構な人数の体験入部者がいたはずなのですが、

チューバの希望者が誰もおらず、

頼まれたら断れない性格も手伝ってか、

結局チューバパートの1年生として正式に入部してしまいます。

 

その当時の僕のいた部活は、

吹奏楽コンクールは万年地区予選銅賞、

アンコンには出ない、

そんな感じの部活でした。

 

雰囲気はとてもゆるく、

特にコンクールに青春をかけることもなく、

思うがままにダラダラと楽器を吹いて楽しんでいました。

 

ただ、3年生が引退する定期演奏会にだけは照準を合わせていて、

それだけは頑張っていた印象です。

(定期演奏会は4月頃に行われ、新3年生がそこで引退となるので、高校生として部活動で吹奏楽を出来るのは実質2年間でした)

コンクールなどのコンペティションに熱を入れていないというのはそれなりに心地がよいもので、

教室の窓からボーッと空を見ていたり、

宝島のアルトサックスのソロをチューバで吹けるかチャレンジしたり、

時にはろくにチューバの練習もしないで部室でドラムを叩いたりギターを弾いたり、

トロンボーンを借りて演奏予定のないクロマティック・プリズムの練習をしたり、

自由に楽しめる環境があったのは今の僕にも大きな影響を残しています。

 

ただ、そういう環境だったからかどうかは知りませんが、

一度も演奏会にも行かず、チューバのCDを買ったのはジム・セルフ氏のCD1枚だけという高校時代でした。

目の前に用意された楽譜だけが吹奏楽に関する世界のすべてでした。

 

■大学編

そのように自由な環境で、もう1枚だけ買ったCDが、

商店街などで外で売られている謎のメーカーのCDで、

ジャズ・クラリネットのベニー・グッドマンのCDでした。

高校2年の頃にはもうチューバはそれなりに吹けるようになったと勘違いしていた僕は

(なんといっても世界が狭いのでそうなってしまうのです)

クラリネットの音が好きになり、ヤマハの一番安いクラリネットを買いました。

今さら運動系に戻る気もなく音楽を続けたいとは思っていましたが、

元々個人競技出身のためか、大人数の吹奏楽に飽きてしまっていたので、

(これも世界が狭すぎたためにそう思ってしまうわけですが)

もう少し小さい編成で、ということで、

大学ではジャズ研に入ろうと思っていました。

 

ですがまた何の因果か、

広大なキャンパスでジャズ研の出店を探してさまよっていたところ、

吹奏楽部のキャッチに捕まってしまいます。

「自分の楽器持ってるんかいな、ほな決定やで」

的なノリで強制入部です。恐ろしいです。

 

まあでも、クラリネット教えてもらえるし、

吹けるようになったらやめればいっかー

というようなこちらも軽いノリで入部してしまいました。

 

大学は高校とは対照的に、

コンクール全国大会の常連校、伝統校、なんじゃこりゃ超厳しい。

コンクールに命をかけるような感じで、

4年間で心身ともにズタボロになりましたが、

それでもクラリネットのCDを買って研究するだとか、

そんなことは一切していませんでした。

吹奏楽のCDも買いません。演奏会にも行きません。

全国各地の高校から、

「大学で全国に!」

と息巻く連中が集まる中、

ちょっと変人的なポジションになってしまうのは仕方がないことなのでありました。

 

余談ですが、あまりにも周りが上手で

自分は初心者で下手くそだったため、

1年間授業にもろくに出ずに練習を続けた結果、留年しました。氷河期なのに。アホです。

 

■もっと楽しく、もっと深く音楽と向き合えたかもしれない

 

大学を卒業し、就職をし、

しばらくしてからまた吹奏楽団でクラリネットを吹く機会がありました。

 

今度は沢山のCDを買いました。

 

また仕事柄、クラリネット以外の多くのCDを聴きましたし、

多くの演奏会にも足を運びました。

(さらに何の因果か、転職して吹奏楽関係のお仕事をしていました)

 

そんな経験をしてみると、今になって思えばですが、

学生当時にもっと色々なプロのCDを聴いたり演奏会に行っていれば、

もっと音楽の奥深さを知ることが出来たでしょうし、

もっとトライが出来たと思います。

 

練習をするにもただ目の前の楽譜がすべてではなく、

多くの引き出しの中から何をどう表現すべきか考えたり、

表現のための手段としてどんな技術が足りないのかを考えたり、

そんなアプローチが出来たのではないかと思います。

これはコンクールも含めてです。

 

それが出来ていれば、

演奏会でも、コンクールでも、もっと高次の音楽世界にたどり着けたのではないかと、

もっと音楽の楽しい部分に触れられたのではないかと、

そんな風に思います。

そうはいってももう過ぎた時間は戻ってきません。

 

そのため、仕事を通じて、

老いも若きも、もっと広い世界を知って欲しい、

多くの音楽に触れてほしいと願っていました。

 

その後、吹奏楽の仕事から離れたり、また戻ったりしていましたが、

そうこうしているうちにも、時代はどんどん流れていきます。

 

■世界は変えられる

気づけば、日本のマーケットから「海外の作品や情報」

がだいぶ弾かれているようになっていました。

 

かつて「若手邦人作曲家」としてブームになった方々も

すでに若手ではなくなりましたが、

出版社は新たな「若手」をどんどん取り上げます。

 

全日本吹奏楽コンクールがマーケットの中心となり久しいですが、

各社から「コンクール自由曲集」が発売され、

コンクールの自由曲は過去のコンクール自由曲や

出版社が提案する「コンクール自由曲集」から選ばれる。

 

多くの情報が手に入れられる時代になり選択肢が増えると、

逆に消費者は何も選択しなくなります。

なので狭い世界に自分を絞り込まないと、選択できない。

 

これは行動経済学の観点からも当然の行動ですし、

コンクールが主要なマーケットであり、

コンクールを通じて日本の吹奏楽が発展してきた経緯を見ても、

これそのものを悪いとは思いません。

 

ただ、コンクールや邦人作曲家のマーケットに特化しすぎている、

需要があるにせよ供給過多ではないか、

そう考えています。

 

繰り返しになりますが別に自国の作曲家をもっと知ることは悪いことではないし、

コンクールに集中することも悪いことではありません。

 

ただ情報や商品の供給が偏っているのは僕の願いとは異なります。

 

コンクールだけでなく広く多くの情報に興味を持ち、

日本を含め世界中の多くのクオリティの高い作品や演奏を聴き、

自分の引き出しを増やし、

自分の音楽人生を豊かにしていく。

そうあってほしいと願っています。

(もちろんコンクールに出場される方には濃厚な時間を楽しんで頂きたいと思っていますよ)

 

SNSやブログなどで、個人が自分の考えを手軽に発信できるようになりました。

また、インターネットで発信はしていないけれど、

様々な問題意識を持っている方々にもお会いしてきました。

 

問題意識を持つことは簡単で、

発信することも簡単です。

 

ですが、言ってるだけではなかなか変わらない。

 

まずは動いてみることが重要です。

動いてみないと分からないことが沢山あります。

 

僕の場合はたまたま家庭の事情などもあり、

外で働くのが難しい時期だったので、

良い機会だろうと思い自宅で開業しました。

 

そして、

より多くの情報に興味を持ってもらうきっかけになればいい、

日本にあまり入ってこなくなった海外の情報や作品にも興味を持ってほしい、

狭い世界から飛び出して、制約のない世界を自由に楽しんでほしい、

そんな想いを込めてWind Band Pressをスタートさせました。

 

一人が動けば、世界を変えるきっかけになることができます。

ですが一人では変えられません。

「一人から」変えていくのです。

 

まだまだやりたいことは山積みで、

なのに1年間も赤字が続いていて、

たまに「何で続けてるんだろう」と絶望的な気分になることもありますが、

 

高校時代の自由に楽しんでいた自分が語りかけてきます。

「音楽の楽しみ方は自由なのになあ」と。

 

大学時代のコンクールに翻弄された自分が語りかけてきます。

「もっと多くのことを知っていたら、もっと良い音楽が出来たのに」と。

 

だから止められません。

 

一人が動けば、世界を変えようとすることは出来ます。

ですが一人だけでは世界を変えるには力不足です。

世界は一人だけで成り立っているわけではありません。

多くの方々の協力が必要です。

 

もし広告を出稿できるのであれば、出稿していただければ非常に助かります。

もし他の人にも知らせたい記事があれば、シェアしていただければ非常に助かります。

サイトを気に入っていただけたら、ご友人に「こんなサイトがあるよ」と伝えていただければ非常に助かります。

 

そしてもし、

「自分も何かやってみよう、動いてみよう」

と思ったら、ぜひ動いてください。

そして、動き出したことを僕に教えて下さい。

 

一緒に、今よりももっとこの世界を、ワクワクする、楽しい世界にしましょう。

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