石原勇太郎の「Aus einem Winkel der Musikwissenschaft」第2回:曲の解釈は自由なの?

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工事中の清水寺…日本音楽学会の全国大会のために京都へ行きました(全国大会についてのお話はまた別の機会に)

 

――この曲の内容について皆で考えてみよう!

合奏などの場で、そう言われたことありませんか?
私はあります。吹奏楽での演奏歴がそんなに長くはない私でも、経験があるということは、きっと皆さんも同じようなことを言われた覚えがあるのではないでしょうか。

私がそんなことを言われたのは、確か中学生の頃。その頃は、他の人と一緒に、言われるがまま音楽の物語を自分たちなりに作っていったように覚えています。

でもよく考えてみると…
はて、それって本当に良いことなのでしょうか…?

作曲家の方々は、一生懸命考えて、それこそ時には締め切りの足音に脅かされながら、人によっては生命を削って(それは言い過ぎ?いやいや、そんなことはないですよ!)曲を作っていることは、皆さんも良くご存知でしょう。

なのに!それなのにです!
そんな風に色々と複雑なプロセスを経て完成した音楽作品を、私たちが「自由に」解釈することは本当に良いことなのでしょうか。

――それは良くない!作曲家の意図がいちばん!

おお、確かにそうだよなあ…

――いやいや、演奏する人が色々考えて演奏することが真の音楽だよ!

ああ、そう言われるとそうかもなあ…

何だか連載第2回目にしてテーマ設定間違えたかな、なんて思えてきます。
いや、でもこの連載は音楽学を学んでいる私の視点から、それこそ自由に音楽について徒然と話してゆくスタイルなのだから、なにも問題なし!
ということで、今回は曲を解釈することについて書いてみようと思います。

さて、最初に書いた「この曲の内容について皆で考えてみよう」という言葉の「曲の内容」とは、そもそもなんなのだろう。この場合の「曲の内容」とは、「プログラム」のことで間違いないでしょう!
演奏会の曲目をオシャレに(?)プログラムなんて言ったりしますが、プログラムとはつまり「筋書き・物語」のことです(標題音楽という言葉をご存知の方は、その英訳がProgram musicであることを思い起こせばわかりやすいかもしれません)。

吹奏楽の有名な作品、例えば樽屋雅徳さんや、八木澤教司さんの作品は、明確なプログラムを持っていることが多いです。
しかし、例えばA.リードの《エル・カミーノ・レアル》のように、何かプログラムは感じるけどそれがぼやけている場合や、J.バーンズの《交響曲第3番》のように作者自身の経験とプログラムが密接に関係する場合(個人的には、この作品にはA.ベルクの有名な《ヴァイオリン協奏曲》との関係も感じます。おっと、こういう話はまた別の機会に…)、さらにはA.シェーンベルクの《主題と変奏》のような、プログラムが一瞬では理解できない場合など、曲の内容、つまりプログラムの在り方は実に多様なようです。そんな風に様々な形で曲に内在するプログラムを、私たちは自由に解釈して良いのか…

ここで唐突に、ベートーヴェン先生にご登場いただきましょう!
ベートーヴェンの晩年の弦楽四重奏曲は難解な作品として有名です。つまり《交響曲第5番》のように、苦悩を越えた歓喜というような明確なプログラムが、晩年の弦楽四重奏曲にはないということです。Wind Band Press読者の皆さんは、おそらく吹奏楽に関係する方々なので、もしかするとベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴いたことがないかもしれませんが、この機会に聴いてみてくださいね。どんなジャンルでも良いものは良いのです!

そんな難解な弦楽四重奏曲のプログラムをどうにかわかりやすい形で表そうとした人々がいます。まずは、ドイツの音楽学者A.シェーリング!

シェーリングは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に対して、なんとシェイクスピアの『ロメオとジュリエット』や『オセロ』などの有名な戯曲を当てはめて、難解な曲のプログラムを説明しています。
ちなみに、ベートーヴェンはそのような戯曲との関係については具体的には語っていません。なので、シェーリング自身が、音楽を分析して解釈した結果、その内容をシェイクスピアの戯曲で説明することにしたわけです【注1】。

――ええ!?そんなことしていいの!?

実際、このシェーリングの解釈は賛否両論様々ですが、音楽を解釈する可能性が様々にあることも同時に明らかにしてくれているのが、とてもおもしろいです。ただし、シェーリングは本当に丁寧に曲を見て、解釈を組み立てているので、私たちが簡単に真似できるようなものではありません。ちなみに、そんなことをしてよいのかどうかは、人によるでしょう。私はおもしろい試みだと思いますが…

シェーリングだけではなく、皆さんもよくご存知の作曲家R.ワーグナーもベートーヴェンの《弦楽四重奏曲第14番》に物語を付けています【注2】。

――へえ、作曲家のワーグナーがベートーヴェンの曲のプログラムを自由に解釈しているのか…なら、曲を自由に解釈するのは問題ないのかな?

確かにそんな気もするのですが、だからといって「問題ない!」と言えるほど簡単ではないのが、曲を解釈することなのですよね。ワーグナーの性格的な問題もありますし、理論的な問題もあります。

作曲家によっては、自分の曲を勝手に解釈されるのを嫌う人もいるでしょうし、そうではなくて、自由に解釈されるべきだと考える人もいるでしょう。ちなみに、私は完全に後者の立場です(え?そんなことは知らないって?そんなこと言わず、私の作品を演奏していただける際には、色々と解釈してあげてください)。

曲の解釈については、正しい答えの出ることのない問題です。そういう曖昧な状態であるからこそ、そこにシェーリングやワーグナー、そして私たち音楽に関わる全ての人を魅力する力があるのかもしれません。そして何より「きっとこういう音楽だ!」と直感的に感じさせてくれるような音楽との出会いは素敵なものです。

このような答えのない問題に、正面から、また時には距離を取ってアプローチしてゆけるのも、音楽学のおもしろさのひとつです。

皆さんも「曲を解釈する」という事象自体について、一度考えてみてはいかがでしょう。何か新しい発想に繋がるかもしれませんよ!

【注1】
A.シェーリングのベートーヴェン解釈については、中村孝義『ベートーヴェン:器楽・室内楽の宇宙』(春秋社, 2015)や、三重野清顕『アルノルト・シェーリングのベートーヴェン解釈:「古楽」運動の一源泉をめぐる考察』(『ニュクス』03 pp.264-280, 堀之内出版, 2016)などに詳しいです。

【注2】
R.ワーグナーはベートーヴェンについての著作も残しています。R.ワーグナー(高木卓・訳)『ベートーヴェン:評論小説集』(音楽之友社, 1970)で読める他、池上純一『R・ワーグナーの論文『ベートーヴェン』:抄訳と注解』(『ワーグナーシュンポシオン2012』 pp.16-32, 東海大学出版, 2012)、池上純一『思索する音楽:ベートーヴェンとドイツ思想』(『ニュクス』03 pp.246-263, 堀之内出版, 2016)、注1の中村孝義さんの著書などに詳しいです。

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※この記事の著作権は石原勇太郎氏に帰属します。


石原勇太郎氏 プロフィール

ある時は言葉を紡ぎ、またある時は音を紡ぐ音楽家見習い。東京音楽大学大学院修士課程音楽学研究領域修了。同大大学院博士後期課程(音楽学)在学中。専門はオーストリアの作曲家アントン・ブルックナーと、その音楽の分析。論文『A.ブルックナーの交響曲第9番の全体構造――未完の第4楽章と、その知られざる機能――』(2016:東京音楽大学修士論文)『A.ブルックナーの交響曲第8 番の調計画――1887 年稿と1890 年稿の比較と分析を通して――』など。
公式サイト:https://www.yutaro-ishihara.info/
Twitter ID:@y_ishihara06


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